正解を選び取る直観、蛮勇の対価と気まぐれな審判者
2036年6月7日午後1時32分
「さて、状況の説明の前に、何かわっちらに言っておくことがあるのではないか、《荊の》?」
「ないわね。私は悪くないもの」
「……こやつッ」
状況の説明を求める緋澄に対し、英莉は、言外に先程の緋澄の行動に対する謝罪を求めたが、緋澄はその意図を理解しつつも、堂々と自分に非はないと言い返す。
「うぬ、主殿が絡まん状況じゃと比較的常識あるくせに、落差酷過ぎんか?」
「なんと云われようと、私は謝らないわ」
「はぁ。うぬと主殿の間に何があったかは知らんが、こうなるくらいなら話くらい訊いておくべきじゃったか」
「……私が話すとでも?」
英莉の独り言のような呟きに応える緋澄の口元は笑っていたが、その目は冷え切っており、全身から隠しきれない殺気が漏れ出していた。
「主殿に、じゃよ。
まぁ、主殿は、話すべきと判断したなら話しとったはずじゃし、もう過ぎたことじゃから、悔やんでも仕方ないんじゃがな」
その殺気を受けても、英莉は態度を変えることなく、軽く受け流す。
なお、横にいた遊上は緋澄の奥底にある怒りの感情を正確に感じ取っており、完全に委縮してしまっていた。
「まぁ、よかろう。もう少しなら時間はあるじゃろうし、状況を話しておこうかの」
「横から失礼します、英莉様。先程もまだ時間があるとおっしゃっていましたが、それはどういうことなのでしょうか?」
英莉が折れ、緋澄に状況を説明しようとしたとき、天空から質問が飛ぶ。
「いいわ、先に天空の質問に答えて」
緋澄も、焦燥感に包まれている天空の内心を慮り、英莉に天空の質問に先に答えるように促す。
英莉は、首肯すると、目線を緋澄から天空に移し、口を開く。
「それは、うぬの主である狗飼の娘御が攫われた理由とも関係することじゃ。
辰上の御子の固有魔導《王の法》の特性については説明したとおり、対ニンゲン特効の拠点構築型魔術じゃ」
「拠点構築型?」
英莉が口にした耳慣れない言葉に天乃が反応する。
「そうじゃとも。
範囲指定型魔術の一種で、供給されている魔力源が断たれるか、魔術が解除されるまで半永久的に機能するタイプの術式のことじゃな。
これらを総称して《結界》などと呼ぶこともある。
《王の法》は非常に強力な術式じゃが、その『国を築く』という特性上、防衛は得意でも、攻めには全く向いてないのじゃよ」
「特定の範囲を『国』にして、その範囲内に効果を齎す魔術か。
――つまり、人質は予め設置した拠点への誘導が目的ってこと?」
「そのとおりじゃ」
「ですが、お嬢様がどこにいるかわからないのでは、救出に向かうことができませんが?」
天乃が、狗飼が攫われた理由を導き出すが、天空が根本的な問題を口にする。
それに対し、英莉は待っていましたとばかりに答えを口にする。
「実は、それはもうわかっておる」
「っ!? それは、どこでしょうか」
「お、落ち着かんか。ほれ、そこで深呼吸じゃ」
掴みかからん勢いで冷静に詰め寄ってくる天空に対し、英莉は深呼吸を促す。
「この天空は呼吸などしていません。
いえ、正確には、似たようなことはしていますが、そういう機能が備わっているというだけで、その必要性は本来的にはありません」
「お、おう。さようか」
「この天空は極めて冷静です。ですので、早くお答えください、英莉様」
「わかった。云う、云うから。ちょっと待つのじゃ」
「はい、待ちました。お答えを」
「せっかちか、うぬ。
その前に、1人では行かんと誓え。
ぶっちゃけ、うぬは戦力としてカウントしておる。
戦力の逐次投入は愚策でしかない。
故に、向かうなら足並みを揃えてもらうぞ」
「……わかりました。誓いましょう。
この天空は、単騎で敵陣に向かうことは致しません」
「よかろう、うぬの《天眼》じゃ。
あれが導いてくれるじゃろう」
《天眼》とは、天空の扱う監視術式のことで、設定した監視対象の位置情報を取得し、その地点の光景を見ることができるという魔術である。
現在、天空が指定している対象は狗飼であるが、何らかの方法でその対象をすり替えられ、天空は狗飼を見失ってしまっていた。
それ以降、天空は《天眼》の位置情報を取得していなかったのだが、英莉の言葉を受け、すぐに《天眼》が指し示す現在地の情報を取得する。
「っ!? ――なるほど、現在地は、第十四学区ですか?」
「どんなところじゃ?」
「十四区ってことは、研究施設が多いところね。
それも、基本特性系統の研究じゃなくて、固有魔導とか複合特殊系統とか、とにかく、珍しい型の術式の研究が中心に行われているところよ。
ただ、そういったところは成果が出にくいから、人員や研究費はあまり出てないって話ね。
まぁ、ここ1、2か月は誰かさんのお掛けでずいぶんと潤ってきてるみたいだけど」
英莉の疑問に、遊上がすらすらと答え、最後の一言を付け加えるとともに、緋澄の方を一瞥する。
視線を向けられた緋澄は、一瞬顔を顰めるが、何事もなかったかのように英莉に声をかける。
「さっきの話で状況は概ね把握したわ。
要は、狗飼を攫った主犯は、辰上とやらで、そいつは十四区で手薬煉引いて待ち構えてるって話ね。
で、知ってる相手なのよね? どんなやつなの?」
「個性の話ではなく、属性だけを要点に沿って述べると、既に途絶えた『支配』を起源とする『原型術師』の家系の末裔じゃ。
使用魔術は、対ニンゲン特効術式――《王の法》。
既に『討伐令』の対象となっておる『超越者』じゃよ」
緋澄は、英莉から、狗飼を攫った相手の情報を聞くと、深く嘆息する。
「だったら、私は協力できそうにないわね」
「そうですね。
同行して頂けるのであれば、非常に心強いのですが。
さすがに緋澄様に協力を申し出るのは、この天空とて心苦しいものがあります」
緋澄のにべもない態度に、天空が同調する。
その様子に首を傾げた天乃は、隣にいた英莉に聞こえるように屈みこみ、声音を下げて耳打ちする。
「(なあ、これってどういう意味だ?)」
「(さあの。ニンゲンのルールなんぞ、わっちの管轄外じゃて)」
英莉からは、このように満足な回答を得られなかったが、さすがに天乃が自分たちの会話内容を疑問に思い、英莉にそれを質問したということに気付いた緋澄は、天乃の方を向いて疑問に回答する。
「つまり、私が出ると、それこそ、怪獣大決戦になっちゃうってこと。
最悪、私にも『討伐令』が懸けられかねないわ」
「怪獣、大決戦?」
「(慎ちゃん、慎ちゃん)」
緋澄の説明に対しても首を捻る天乃に、今度は遊上がちょいちょいと手招きする。
天乃が近寄っていくと、遊上はつま先立ちで天乃の耳元に口を運んでいき、囁き声で耳打ちを開始する。
「(あのね。お姉ちゃんはああ見えてSランク魔術師なの)」
「(……なあ、それってどのくらいすごいんだ?)」
「(えーっとね。例えば、巷で『人外一覧表』とか、『人間辞めましたランキング』とか言われているやつでいうと――)」
天乃は、『何だ、それはっ!』と突っ込みたくなったが、何とか口に出さずに押し込める。
「(今、浅木にいる魔術師の中では最高位で、確か世界ランクで20位とか30位以内くらいだよ)」
「(……えっ、マジ?)」
「(マジマジ。
お姉ちゃんの固有魔導は《荊の女王》っていって、簡単に言うと、植物を生長させる魔術なんだよ)」
「(へぇ。ってか、さっきの順位は何を指標としたランキングなんだ?)」
「(指標はいろいろあるんだけど、一言でいうと魔術師の『格』かな。
お姉ちゃんの場合は、特に、魔術行使が生態系に与える影響を無視しえないってのが、この順位になってる最大の理由みたいよ)」
天乃が遊上側に傾けていた首を戻し、緋澄の方に向き直る。
緋澄は、なんとなく遊上が耳打ちした内容を察したのか、天乃に向けて飛び切りの笑顔を向けて、御淑やかに手を振っていた。
それを見た天乃は、今更になって汗が噴き出るかのような気持ちになった。
「(オレって、さっき結構危ない橋渡った?)」
「(もち。私はとってもひやひやしてました)」
「(今度からは先に言ってくれ)」
「(慎ちゃん、人生に『今度』なんてないんだよ? 一回きりなの。
だから、常に後悔しない選択をするしかないんだよ)」
そういって、遊上は目線を天乃の瞳に会わせる。
「(それとも、慎ちゃんは、事前に知ってたら何か行動を変えたの?)」
「(……それは――)」
「こらっ、そこ。
いつまで顔つき合わせて内緒話してるつもり?
狗飼の件があるんだから、早いこと方針を固めるわよ」
遊上の言葉に言い淀んだ天乃は、結局、緋澄の声に応じて答えを返すことなく、遊上との会話を打ち切る。
その様子を見た緋澄は、話をまとめるように手を打ち、周囲の注目を促す。
「さて、とにかく、私が方針を決めてあげるわ」
「うぬが仕切るのか……」
英莉がぼそりと呟くが、緋澄はそんなことは意に介さず、話を続ける。
「その前に、1点だけ確認するわ。
敵方の固有魔導術式、《王の法》についてだけど、これは、範囲指定型ってことは、範囲外からの攻撃なら有効ってことよね?」
「そうじゃのう。厳密にいうと、一部有効じゃ。
ミサイルや戦闘機などのあからさまな物量兵器による攻撃に対する迎撃手段はあるのでな。
ちなみに、範囲に入るだけでニンゲンは戦力外になると考えてくれて構わん。
かの術式の抵抗に成功した者がいるという話は聞いたことがないからの」
「あら、なら、天乃慎はどうなの?」
「《王の法》の影響下にあるニンゲンはこちら側の戦力にはならんというだけで、それ自体が直接人体に害が及ぶものではないからの。問題はないと考えとる。
特に、主殿の魔眼は、魔術攻撃への対抗手段としては破格の性能を持っとるからのぉ」
「……そう、わかったわ。
じゃあ、方針を発表するわよ。
今回の件、私が直接出張ることはしないわ。
十四区付近にいる人間を殺し尽してもいいってのなら話は別だけどね。
ついでに、真理もダメ。後方待機よ、いいわね?」
「……うん」
遊上は、緋澄の言葉に素直に頷き、その提案を了承する。
「わかっとるわい。
結局、わっちと狗飼の眷属、ついでに主殿を加えた当初の布陣で征くしかあるまいよ」
「そうね。
けど、私には一人だけ、援軍に心当たりがあるわ。
もちろん、範囲の外側からの援護しかできないから、突入要員は三人に任せるけど。
一応、本人に話してみるわ」
「うむ。
できれば、軍用ロボなどの無人兵器を大量に保有しとるところとかに伝手があるとわっち的には非常に助かるんじゃが」
英莉は、容易に《王の法》の裏をかける解決策を提案してみる。
「この四月に浅木に来たばかりの私にそんな伝手があるわけないでしょ。
真理、警備隊はどう?」
「うーん、あそこは基本的に、対象の殲滅じゃなくて制圧・確保が目的だからなあ。
人間が着用するパワードスーツがメイン装備なの。
これじゃあ、《王の法》の影響を回避できないんじゃない?
あっ、でも、災害救助用に遠隔操作可能なロボットは複数保有しているとは聞いたな。
ちなみに、理事会も、少なくとも、名目上は学校施設と研究施設の集合体である浅木に大量の無人兵器を置いておくことはできないと思う」
英莉の提案を受け、緋澄が案を提示するが、遊上がその可能性を否定する。
「というわけじゃ、《荊の》。
今回、わっちは既にこの件を百目鬼にメールで伝えておるから、関係各所への必要な通達は、あやつがしてくれとるじゃろ」
「あぁ、あの人ね。うちの理事だったのよね」
緋澄は若干遠い目をして、天乃の祖母でもある第三高の理事、百目鬼亜澄に対する感想を述べる。
「んで、その中で、無人兵器の貸し出しも要請してみたんじゃが。
持っとらんとの返事じゃったよ。
まあ、結局、無人兵器があっても、それを保有した状態で《王の法》の影響下に入るニンゲンは必要なのじゃから、完全に楽できるわけでもないんじゃが。
結局は、わっちらが、兵器以上の働きをするしかあるまいよ」
「そう。なら、その方向でいけば?」
英莉の言葉に、緋澄が投げやりに結論を出す。
「大丈夫。失敗したら、私が何もかもを台無しにして終わらせてあげるから、安心なさいな」
「シャレになっとらんぞ。怪獣大決戦」
そして、緋澄がしれっと付け加えた言葉に、英莉が真顔でコメントを述べる。
「あと、ホームルームはもう終わってるでしょうけど。
先に教室に荷物を取りに行った方がいいんじゃない?
そろそろ、閉まるわよ」
「あ、それもそうだね。あれ、お姉ちゃんは?」
「私は、ほら。もともと狗飼の捜索に託けてホームルームはフケるつもりだったから」
そういって、緋澄は物陰に置いていた鞄を持ち上げ、ひらひらと振って周囲に示す。
「お姉ちゃん……」「《荊の》……」「緋澄様……」
「なによ、いいじゃない。こんな大事になってるとは思ってなかったんだし、これくらい普通よ。
ねえ、天乃慎ッ!」
「ノーコメントで」
「……ちぃっ」
緋澄は、天乃に話しかけてしまったことを若干後悔するかのような表情をすると、遊上の方を睨みつけ、
「ということで、真理。早く荷物を取ってきなさい」
と、急き立てるように促す。
「はいはい。じゃあ、慎ちゃんと英莉ちーもいくよー」
「あっ、天乃慎はちょっと残りなさい」
「え?」
遊上が英莉の手を掴み、天乃を手招きしていると、緋澄が天乃を呼び止める。
「悪いわね、真理。
最後に混ぜっ返すようで悪いんだけど、天乃慎にはどうしても訊いておきたいことがあるの」
「なんだ?」
緋澄の神妙な雰囲気に、天乃は少し身構える。
「そうね、ちょっとだけ大事なことよ。
荷物の回収はそこの使い魔にでも任せておきなさいな」
「待てい、《荊の》。
これでも、わっちは一応、この校内では主殿の守護霊という立場じゃからな。
おいそれと主殿から離れて護衛を疎かにする訳にはいかんのじゃが」
英莉はなんとなく嫌な予感がするので、緋澄の提案に難色を示し、妨害に回る。
だが、もちろん、その程度の反論は緋澄も予測済みである。
すぐに、再反論をする構えである。
なお、天空はなぜか英莉から飛んできた流れ弾を受けたことにより、胸を押さえて悶絶していた。
「心配無用よ。
僭越ながら、この私が!
天乃慎の護衛を一時的にしておいてあげるのだから」
「あははは。
態度に似合わず、冗談が上手いではないか、《荊の》ぉ。
わっちとしたことが、思わず呵々大笑してしまったぞ。
片腹大激痛じゃあ」
もちろん、そういう英莉の仮面のような無表情な顔には一切の変化もない。
「わっちが現状で最も危惧しておるのは、うぬの動向であるなどということは、わざわざ口にせんでも察して欲しかったのじゃがのぉ」
「あら、それなら、考え方を少し変えなさい?
私も、真理という人質を貴女に差し出しているのよ?」
「……え、私ぃ!?」
急に巻き込まれた遊上が、悲鳴交じりの素っ頓狂な声を上げる。
「ふむ。なるほどな。
うぬが主殿に手を出せば、わっちはこの小娘をどのような目に合わせてもよいということじゃな?」
「え? なんで乗り気なの、英莉ちーッ!?」
「致し方ないわね。
心苦しいけど、フフ、そうなってしまうわ」
「お姉ちゃん!?
ちょっと笑ってるんだけど、本当に心苦しいの!?
私に人質としての価値はちゃんとあるの!?」
「なら、問題はないかのぉ。ほぉれ、行くぞ、小娘」
「帰りはゆっくりでいいわよ」
「お姉ちゃん!? 英莉ちー!?
あれ? 見た目に反して英莉ちーの力がヤバい。
全然振りほどけないどころか振りほどく動作すらできないんですけど。
全然痛くないのが逆にヤバそう。
シャレになってないって。
たすっ、助けてぇぇ」
遊上は、自ら掴んだ手を逆に英莉に利用され、為す術もなく引き摺られていく。
天空は、無言で緋澄を一瞥すると、すぐに目線を切り、英莉達を追うように付いていった。




