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Replica  作者: 根岸重玄
登校騒乱編
44/286

魔力放出

2036年6月7日午後1時12分


 唐突に現れた緋澄(ひずみ)の問いに,誰もが硬直(こうちょく)する中,真っ先に口を開いたのは天空(てんくう)であった。


緋澄(ひずみ)様」

「なに?」

「少々確認を。天乃(あまの)様とは以前からお知り合いだったのですか?」

「知り合い? これと? 私が?」


 緋澄(ひずみ)は,嫌悪感(けんおかん)を示すような表情で天乃(あまの)を指さしながら,冗談(じょうだん)じゃないと首を横に振る。


「違うわ,天空(てんくう)

 これは,端的(たんてき)に言うなら,『敵』よ,『敵』」

「『敵』?」


 緋澄(ひずみ)のあまりにもざっくりとしつつも誤解(ごかい)の余地を生じさせないシンプルな回答に,天空(てんくう)困惑(こんわく)気味(ぎみ)に言葉を返すことしかできなかった。


「そう。『(ほろ)ぼすべき害悪(がいあく)』ね」

「……緋澄(ひずみ)様がそこまでおっしゃるほどですか」

「うん,まあね。でも,天空(てんくう)も似たような意見なんでしょう?」

「はて? この天空(てんくう)は,『自分の意志』なるものが公式には認められていないしがない一召喚体(いちしょうかんたい)にすぎませんので。

 意見などという高尚(こうしょう)なものは,持ち合わせてはおりません」


 緋澄(ひずみ)の言葉に,天空(てんくう)建前(たてまえ)をもって返答する。


「あのね。あなたが自分の意志がないなんて回答をして,それを額面通(がくめんどお)りに受け取る人間がいるわけがないでしょうが。

 そうね。私の見立てによると,『積極的(せっきょくてき)に殺そうとまでは思わないけど,どこか遠くでのたれ死んでくれるなら諸手(もろて)を挙げて歓迎する』って感じくらいには思ってるでしょ,違う?」

「……確かに。仮にそうなればこの天空(てんくう)懸案(けんあん)事項も減りますので,(あなが)ち否定もできませんが」


 ()()めてくる緋澄(ひずみ)に対し,天空(てんくう)はもともとあまり隠すつもりもなかったのか胸中(きょうちゅう)吐露(とろ)するかのように苦笑(まじ)じりに言葉を(こぼ)す。


「ただ,そうですね。

 もう少し正確に()べるなら,『目の前で死にかけていたら手を伸ばすのを躊躇(ためら)う』という感じでしょうか。

 なお,最終的に手を伸ばすかは状況によります」


 そして,しれっと慇懃無礼(いんぎんぶれい)辛辣(しんらつ)な評価を付け足すところが,まさにこの召喚体に強烈(きょうれつ)個性(パーソナリティ)が存在することを示していた。


「私は,機会があるのなら,自分の手を汚すことも(いと)わないけどね。

 ただ,困ったことに一向に機が(じゅく)さないの。残念な話だけど」

「なるほど。緋澄(ひずみ)様も大変なご様子ですね」

「あのぉ……」


 緋澄(ひずみ)天空(てんくう)物騒(ぶっそう)な会話におずおずと手を挙げて口を(はさ)んだのは,当の緋澄(ひずみ)の妹である遊上(ゆがみ)であった。


「一応,本人が目の前にいるので,そういった話は,ちょっと……」

「ちょっと? なに?」


 遊上(ゆがみ)の言葉に不機嫌(ふきげん)に返す緋澄(ひずみ)威圧的(いあつてき)な態度に,遊上(ゆがみ)(ひる)みそうになったが,何とか続きを発する。


「よくないかなって」

「……へぇ」


 緋澄(ひずみ)は少し(おどろ)いたように,一拍(いっぱく)間をおいてから言葉を()き出す。

 実際,遊上(ゆがみ)人前(ひとまえ)緋澄(ひずみ)相手に自分の意見をはっきりと口にするのは非常に(めずら)しいことなのである。

 特に,物心(ものごごろ)がつき,分別(ふんべつ)(わきま)える年齢(ねんれい)になったころからは,遊上(ゆがみ)がこのように緋澄(ひずみ)口答(くちごた)えをした回数は,数えるほどしかない。


天乃慎(あまのしん)

「え? はい」

「悪かったわね。デリカシーに欠ける言葉を口にした()()()()()()()。さっきのは一片(いっぺん)(くも)りもない私の本心だけど,気にしないように」

「へ? いや,まあ。気にしてないので。はい」


 唐突に緋澄(ひずみ)からフルネームを()げられた天乃(あまの)は,何事かと身構(みがま)えたが,いきなり謝罪され,さらなる混乱(こんらん)(おちい)る。

 その様子を見た緋澄(ひずみ)は,初めて,天乃(あまの)態度(たいど)不信感(ふしんかん)を持ったようである。


「何よ,さっきから。ちょっと態度がおかしいわね。

 悪いものでも(ひろ)()いしたっていうの?」

「いや,そういうわけでは。えーっと,つまり……」

「待て,主殿(あるじどの)。そこからは,わっちが話そう」


 体感的(たいかんてき)には初対面(しょたいめん)緋澄(ひずみ)との距離感(きょりかん)(つか)みかね,しどろもどろになる天乃(あまの)をみかねて,事情を知る英莉(えり)が助け舟を出す。


「あら? 珍しいわね。

 っていうか,なんでここに使(つか)()がいるわけ?

 もう校内では魔術師だってのを隠すのは()めちゃったの?」


 そう言って,緋澄(ひずみ)は,英莉(えり)に目線を合わせるようにしゃがみこみ,無表情のまま(いや)がる英莉(えり)(ほお)をえいえいと指で(つつ)き始める。


「ええい,()めんか。違うぞ,《(いばら)の》。

 今のわっちは,守護霊(ガーディアン)システムの産物ということになっておるから,学校の中でも問題なく行動できるのじゃ」

「へえ,そうなんだ。

 ……なんでそんなややこしいことに?」

「うむ。それは,今の主殿(あるじどの)の状態とも関係あるのじゃが。

 (くわ)しくは説明できんし,している(ひま)もないが,要点(ようてん)だけ述べると,記憶(きおく)がないのじゃ,主殿(あるじどの)は。全部な」

「そ」


 緋澄(ひずみ)は,抵抗(ていこう)せずに()すがままにされている英莉(えり)(ほお)を指で(つつ)き,ぐりぐりと押し()むようにしながら,ただ一言だけの簡素(かんそ)な返答をする。


「《(いばら)の》。

 ……うぬ,心底(しんそこ)興味(きょうみ)なさげじゃな。

 もうちょい(おどろ)いてもええんじゃぞ?」

「え? うん。でも,私には関係ないし,興味(きょうみ)もないし」

「お姉ちゃん……」


 遊上(ゆがみ)残念(ざんねん)な生き物を見るような目で緋澄(ひずみ)を見やると,緋澄(ひずみ)若干(じゃっかん)ばつが悪そうな顔をして,英莉(えり)(ほお)から指を放し,露骨(ろこつ)話題変更(わだいへんこう)(こころ)みる。


「それで? 狗飼(いぬかい)はどうしたのよ?

 本来はその話だったでしょ?」

「うむ。そうじゃったな。これも端的(たんてき)に言うと,(さら)われた。誘拐(ゆうかい)じゃ。カドカワシじゃ」

角川(かどかわ)って(やつ)が犯人ってこと?」

(だれ)じゃ,そやつは?」


 緋澄(ひずみ)英莉(えり)(そろ)って首を(かし)げる。

 なお,正しくは「勾引(かどわ)かし」である。


誘拐(ゆうかい),ねえ。

 確かにぽやぽやしてて()けてる()だから,知らない人にもついて行きそうではあるけど……」


 緋澄(ひずみ)はそこで言葉を切り,天空(てんくう)に目を向ける。


「で? 天空(てんくう)は何してたの?」

「はっ,その,面目次第(めんもくしだい)もございません」

「私は別に()めてはいないのだけど。

 でも,自覚(じかく)があるのは,とてもいいことね。

 ()()()()()()()()()()()()()

 あと,ちゃんと()じているのなら,今後の態度で取り返しなさいな。

 それで? 警備隊(けいびたい)にはもう連絡(れんらく)したんでしょ?

 だったら,後はプロにお(まか)せして,我々素人(しろうと)は家に帰って吉報(きっぽう)を待ちましょう。

 ってことで,はい,解散(かいさん)

「い,いや。それがのぉ……――」


 英莉(えり)がここまで言葉を発した瞬間(しゅんかん)緋澄(ひずみ)は唐突に怒気(どき)を込めて全身から魔力(まりょく)周囲(しゅうい)放出(ほうしゅつ)する。


「――――私は,今,『帰ろう』といったわ。この意味,わかるわよね?」


 英莉(えり)ほどでないにしろ,緋澄(ひずみ)も感情が表情に出ないタイプであることから,英莉(えり)はその兆候(ちょうこう)に全く気づいていなかったが,緋澄(ひずみ)はここ最近にないほど激怒(げきど)していた。

 怒髪天(どはつてん)()き,(はらわた)()えくり返っていたといってもいい。

 とはいえ,緋澄(ひずみ)は,別に,天空(てんくう)不甲斐(ふがい)ないだとか,英莉(えり)たちが自分達だけで狗飼(いぬかい)の救出に向けて動こうとしていただとか,校内の警備体制(セキュリティ)(あま)いのではないのかだとか,そのような()()()()()に怒っていたわけではない。

 ただ,緋澄(ひずみ)は,自分でもその原因はよくわからないが,話を聞いているうちに,()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()(),一瞬にして沸点(ふってん)()()ってしまったのである。


 そして,世界に20人といないといわれる戦術級(せんじゅつきゅう)魔術師の魔力(まりょく)放出(ほうしゅつ)をまともに浴びた英莉(えり)は,()こうとした言葉を(のど)()まらせる。


「――――――ッッ!!」

(くっ,こやつッ,ただの威圧(いあつ)だけで!?)


 確かに,魔導書(まどうしょ)魔人(まじん)(かせ)』による拘束(こうそく)()かれておらず,臨戦態勢(りんせんたいせい)ではなかったとはいえ,自他(じた)ともに認める人知(じんち)()えた人外の中の人外であり,全身を最高級(さいこうきゅう)神秘(しんぴ)である魔導書(まどうしょ)で構成している英莉(えり)意識(いしき)間隙(かんげき)を突き,単なる魔力(まりょく)放出(ほうしゅつ)による威圧(いあつ)だけでその動きを(ふう)じるという所業(しょぎょう)は,緋澄(ひずみ)規格外(きかくがい)さを雄弁(ゆうべん)物語(ものがた)っていた。


(しかも,それだけではない!! 体が動かん,じゃとッッッ!?)


 それだけでなく,英莉(えり)の身体は,硬直(こうちょく)し,地面に()い付けられたかのように指1本も動かすことがままならない状態となっていた。

 それは,英莉(えり)と一緒に魔力(まりょく)放出(ほうしゅつ)に巻き込まれた天空(てんくう)も同様である。

 なお,魔力(まりょく)を持たない遊上(ゆがみ)は,緋澄(ひずみ)によって,器用(きよう)にもその魔力(まりょく)放出(ほうしゅつ)(なみ)影響(えいきょう)が出る範囲(はんい)から外されていたが,元来(がんらい)の力関係から本気で激怒(げきど)する緋澄(ひずみ)に意見を言えるはずもなかった。

 だから,この場で声を上げる者がいるとすれば――


「悪いけど,今すぐには帰れない」


 ――事前に魔眼(まがん)緋澄(ひずみ)魔力(まりょく)放出(ほうしゅつ)予兆(よちょう)検知(けんち)し,影響が(およ)ばない範囲(はんい)見切(みき)って,とっさにそこに避難(ひなん)していた天乃(あまの)しかいなかった。


「どうやら,英莉(えり)によると,今回の件の適任(てきにん)はここにしかいないらしいからな」

「…………は?」

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