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Replica  作者: 根岸重玄
登校騒乱編
43/286

《無貌》

2036年6月7日午後12時51分


 警備隊(けいびたい)の本庁を足早に出てきた間森(まもり)は,さっそく私用のスマートフォンを取り出し,コミュニケーションアプリを立ち上げる。

 そして,3人目の行方不明者――()案山子(スケアクロウ)》こと藤咲(ふじさき)夏南(かな)への通話を試みる。


「……………………」


 間森(まもり)が何度か呼び出しを行うが,応答はない。


(……出ないか)


 次に,仕事用の端末を取り出し,藤咲(ふじさき)に貸した自分のセーフハウスに仕掛けた隠しカメラの映像を表示する。

 間森(まもり)は,そのまま,動画の下にあるシークバーを(いじ)り,昨日の午後10時までコマ送りで時間を(さかのぼ)っていく。


(映ってもいない。結局,ここは使うつもりがなかったのか)

(――それとも,ここに向かう途中に何かあったかだな)


 間森(まもり)は,一瞬,このまま特務課の自分のデスクに引き返して,街の防犯カメラの映像を精査してやろうかとの衝動(しょうどう)にもかられたが,あのようなやりとりをした後で,仕事でもないことで《形状変化(シェイプシフター)》の前に堂々と戻るためには,面の皮の厚さが少々足りなかった。

 むしろ,間森(まもり)であれば,これが本業であれば,絶対に戻ったであろうし,相手が《形状変化(シェイプシフター)》でさえなければ,仮にあのようなやりとりをした後でも堂々と戻ることもできたのであろうが,そもそも,相手が《形状変化(シェイプシフター)》でさえなければ,あのようなやりとりにはなっていなかったであろうから,それは無意味な仮定である。

 間森(まもり)は,他に何か方法はないかを数秒検討した後,何もないとの結論に至り,そのまま藤咲(ふじさき)のことを()()()()()()()()

 薄情(はくじょう)なようだが,間森(まもり)の認識としては,藤咲(ふじさき)は一人前の工作員である。

 付き合いは短いが,その腕には一定の信頼があるし,仮に何か問題を抱えて不都合に巻き込まれたのだとしても,それはそれまでの素行(そこう)の結果なのだから,過剰に肩入れすべきではないと経験から学んでいるのである。

 なにより,間森(まもり)にとって,藤咲(ふじさき)の件はそこまで優先度の高い案件というわけでない。

 このような事情を総合的に勘案(かんあん)した結果,藤咲(ふじさき)に関しては,これ以上手を尽くすべきではないと判断したのである。

 だから,間森(まもり)は,藤咲(ふじさき)のことは保留とし,当面の懸案(けんあん)事項である天野慎(あまのしん)に関連する仕事を優先することする。


真理(まり)の話では,相庭一臣(あいばかずおみ)は,表向きは4区担当だが,本当は6区の担当って話だったか)

(それにしても,なぜ本来の担当区を秘匿(ひとく)している?)

(《遠隔視(えんかくし)》そのものは,大した難易度の術式ではないし,古来(こらい)より使われてきた普遍的(ふへんてき)な術式のはずだ)

(つまり,警備隊(けいびたい)内でもこれが使えるという者は,そこそこいるはず)

(だが,真理の話では,この区画唯一の使用者とのことだった)

(この時点で(すで)におかしかったんだ)

(もともと6区にいたはずの《遠隔視》使いはどこに行った?)


 間森(まもり)は,手元の端末を弄って,直近の警備隊(けいびたい)における人事異動(いどう)の情報を読み(あさ)りながらも,足は第6学区の方角に向かっていた。


(データ上は大きな異動が行われたという形跡はない)

(ただ,これ自体はあくまで表向きの情報だ)

(実際のところは,――真理に()くのが一番か)

(っていうか,6区にも魔術師(まじゅつし)の隊員は普通にいるな)

(いくら本庁が近いとはいえ,この学区には第3中と第3高があるんだから,これはむしろ当然と言えば当然か)

(やっぱり,このリストの全員が《遠隔視》系統の術式が使えないってのは,不自然すぎる話だ)

(つまり,このリストの隊員は,もう6区にはいないということか?)

(――だったら,とりあえず,6区の駐在所(ちゅうざいしょ)から当たってみるか)


 間森(まもり)が考えを整理し,端末から目を放すと,警備隊員(けいびたいいん)の制服を身にまとった男性が,体操服姿の女生徒を先導するように,連れ立って歩いており,正面の道を横切っていったのが,一瞬,間森(まもり)の視界に入った。


(今のは,うちの学校の生徒か?)

(この時間,体操服姿なのは,1年のはずだが,なぜこんなところに?)

(それに,あの顔――見覚えがあるな)

(確か,狗飼(いぬかい)家の狗飼(いぬかい)朱音(あかね)だったか?)


 間森(まもり)の視界に入ったのはわずかな時間であったため,女生徒が狗飼(いぬかい)であるとの確証を得るには(いた)らなかったが,学生が体操服姿で校外をうろついていることに疑問を持ったため,急いで,2人が消えた先を(のぞ)き込む。


(おかしい。あの警備隊員(けいびたいいん)相方(バディ)が1人もいない?)


 間森(まもり)が周囲を見渡したが,女生徒を先導するように歩く警備隊員(けいびたいいん)は,1人きりであり,その周囲に他の隊員は存在しなかった。

 警備隊(けいびたい)は,魔術(まじゅつ)特区――浅木(あさき)区の治安維持組織であり,魔術(まじゅつ)犯罪者に対抗し,これを取り締まる組織でもある。

 そのような組織であることから,危険と常に(とな)り合わせという状況にある。

 そこで,警備隊(けいびたい)の基本方針として,隊員の単独行動の禁止を(かか)げている。

 常に複数人で対応することで,単体を対象とする魔術(まじゅつ)への対応力を高め,不意打ちで全滅して対応が後手に回るという事態を()(やす)くしているのである。

 したがって,緊急時でないにもかからず,相方が1人もいない警備隊員(けいびたいいん)というのは,組織の内部にいる間森(まもり)からは,特に不自然な存在として映ったのである。


(さて,どうするか)

(一応,狗飼(いぬかい)朱音(あかね)原型術師(げんけいじゅつし)としての立場で行動している可能性ってのがある)

(その場合,ある程度の掟破(おきてやぶ)りや横紙破(よこがみやぶ)りは十分あり得る)

(今回はそのケースだろうか?)

(いな)

原型術師(げんけいじゅつし)がそういったことをするってのは否定しないが,ここまで堂々とはしないはずだ)

(やるとしても秘密裏(ひみつり)に,できなくても,せめて目撃者を減らす努力くらいはするはず)

(いや,待て)

(逆に,なぜここまで堂々としている?)

(もしかして,既に何か対策をしているのか?)


 間森(まもり)(ふところ)から私用のスマートフォンを取り出すと,そこには守護霊(ガーディアン)管理用アプリからの通知が3件きていた。

 間森(まもり)は,急いでアプリを起動する。


 浅木区では,魔術(まじゅつ)を扱えない未成年者を学生として迎え入れるにあたり,彼らを魔術(まじゅつ)から守るためのシステムが導入された。それが守護霊(ガーディアン)システムである。

 これは,学校から配布される端末または私用のスマートフォンに管理用アプリを入れることで,その端末を保有(ほゆう)する者を対象として,守護霊(ガーディアン)と呼ばれる召喚体による保護が働くようになっている。

 具体的には,魔術(まじゅつ)の対象からの離脱(りだつ)魔術(まじゅつ)への抵抗,魔術(まじゅつ)攻撃に対する防御,一定の条件を満たした場合には,反撃も可能となる。

 普段は待機(たいき)状態となっており,魔術(まじゅつ)の対象からの離脱,魔術(まじゅつ)への抵抗,魔術(まじゅつ)攻撃に対する防御が自動で発動するようになっている。

 そして,使用者が『召喚』という肉声を発するか,一定条件がそろったとき,活性(かっせい)状態となり,守護霊(ガーディアン)による反撃が始まるようになっている。

 欠点は,端末と連動しているのに,このアプリのバッテリー消費量が激しいことであろうか。

 一度,活性状態になれば,次に充電するまでの間は,端末の電池が切れた後でも守護霊(ガーディアン)は活動できるが,逆をいえば,待機状態の間に電池が切れてしまえば,基本的な防御機能が失われるうえに,活性状態に切り替えることもできないのである。

 そこで,守護霊(ガーディアン)アプリ専用の端末を持つか,予備のバッテリーをなるべく常に携帯しておくといった対策が推奨(すいしょう)されている。


 間森(まもり)守護霊(ガーディアン)アプリの3件の通知内容を確認すると,現在,魔術(まじゅつ)の対象になっていること,その魔術(まじゅつ)への抵抗に成功していること,既に警備隊(けいびたい)に通報していることが表示されていた。


 魔術(まじゅつ)の原理は,いまだ解明(かいめい)されているとは言い難いが,術者の認識に従って世界を上書きする技術であるという理解が通説とされている。

 そして,個々の魔術師(まじゅつし)が持つ世界を上書きする能力は,事象干渉(じしょうかんしょう)能力と呼ばれており,その強さは個々人によって大きく異なる。

 なお,第3高で行われていた魔力競技のうち,『対戦』と『妨害』は,主に,この事象干渉(じしょうかんしょう)能力が重要な要素(ようそ)なる競技である。

 このような理解に従うと,魔術(まじゅつ)は,複数の魔術師(まじゅつし)の認識が(かさ)なる領域においては,事象干渉(じしょうかんしょう)能力が高い魔術師(まじゅつし)による魔術(まじゅつ)が優先的に発動することとなる。

 そして,他人とはまさに,『異なる認識が支配する領域』そのものなのであるから,他者を対象とした魔術(まじゅつ)(例えば,水無月(みなづき)の《王宮勅令(おうきゅうちょくれい)》などがこれに該当する)が実行された場合には,まずは,その対象となった者を上回る事象干渉(じしょうかんしょう)能力が要求されることになる。

 ただ,この事象干渉(じしょうかんしょう)能力は,数値で示すとするならば,条件次第でその値を変える変数なのであり,常に一定の値を持っているというわけではない。

 要は,認識の問題なのであるから,対象となる者の認識を『そのような現象が起こることは不自然ではない』程度まで落とし込めていれば,ある程度成功率が高まる傾向にあるのである。

 そして,このように自身を対象とした魔術(まじゅつ)事象干渉(じしょうかんしょう)能力のみによって打ち消す現象を『魔術(まじゅつ)抵抗』と呼んでいる。

 なお,この際の事象干渉(じしょうかんしょう)能力を魔術(まじゅつ)抵抗力または抗魔力(こうまりょく)と呼ぶこともある。


 間森(まもり)は,アプリの『抵抗成功』の表記を見て,守護霊(ガーディアン)が何らかの術式を無効化していたことを知る。


(ビンゴ)

(普段は全然実感しねえけど,やっぱ守護霊(ガーディアン)すげぇわ)

(量産できねえってのがつくづく()しいな)

(だが,つまり,これは)

(一応,対策はされているってことか)

(なら,これは狗飼(いぬかい)家としての行動ってことか?)

(いな)

警備隊(けいびたい)への通報がされてるってことは,これは正規(せいき)の活動ではない)


 守護霊(ガーディアン)管理用アプリは,警備隊(けいびたい)の情報管理用サーバーとも連動しており,警備隊員(けいびたいいん)が正規の手続きを踏んで魔術(まじゅつ)を使用した際には,その情報が反映され,流れ弾対策として,魔術(まじゅつ)への回避・抵抗・防御は実施されるものの,警備隊(けいびたい)への通報はされない仕組みとなっているのである。

 もちろん,原型術師(げんけいじゅつし)への協力をするとしても,それは正規の任務なのであるから,魔術(まじゅつ)を使用する際には,警備隊(けいびたい)本部の許可が必要となる。

 許可をとれば,必然的にその情報は入力され,警備隊(けいびたい)の情報管理用サーバーに届く。

 したがって,通報がされている時点で,警備隊員(けいびたいいん)としての服務規程(ふくむきてい)を破り,本部に無許可で魔術(まじゅつ)の使用をしていることになるのである。

 ちなみに,警備隊(けいびたい)に限らず,浅木区内は,使用可能区域を除く場所における魔術(まじゅつ)の使用は原則として禁止されており,それだけで犯罪となりうるほどであるから,この警備隊員(けいびたいいん)の行動は,こちらにも引っかかる行為である。


(少なくとも,これであの警備隊員(けいびたいいん)は黒確定――それと一緒に行動している狗飼(いぬかい)も黒に近い灰色だな)


 ここで,間森(まもり)が「黒に近い」という表現を用いたのは,狗飼(いぬかい)が自由意思で行動を共にしているわけではないという可能性を見込んでのものである。

 思案(しあん)する間森(まもり)が,アプリの『抵抗成功』の表示の右側にある『詳細情報』をタップすると,術式に対する情報が表示される。


 感知時間――2036年6月7日午後12時56分

 術式系統――認識阻害系(にんしきそがいけい)

 術式特性――支配?・収束(しゅうそく)・固定

 術式候補――視線誘導(しせんゆうどう)18%・認知低下(にんちていか)8%・不明74%

 該当術者――不明

 対象指定――範囲

 回避状態――回避『失敗』

 抵抗状態――抵抗『成功』,抵抗隠蔽(いんぺい)『失敗』

 防御状態――防御『不要』

 反撃要否――否

 通報要否――要(済み)

 位置情報――発信中


(ただ,通報があったとはいえ,認識阻害程度じゃあ警備隊(けいびたい)は来ねえよなあ)

(しかも,抵抗(レジスト)に成功しちまってるし)


 許可のない魔術(まじゅつ)の使用は犯罪にもなり得るものであるが,明確な被害が出ない限り,これらは見過ごされる傾向にある。

 なお,この意味で,御堂彩芽(みどうあやめ)天乃(あまの)と出合い頭にした魔術(まじゅつ)攻撃は明確な違法行為であるが,天乃がそれを回避したことで,公共物(こうきょうぶつ)に対する物損(ぶっそん)程度しか被害は発生していない。

 物損の被害は,《流星》使用の件も併せて,別途(べっと)御堂の実家に請求が行くとして,この件で御堂が魔術(まじゅつ)の無許可使用を理由に罰されるようなことは,ほとんどないのである。

 もっとも,この件に限って言えば,スリングショットを利用して天乃を撃った行為が暴行罪に該当しうるので,どこをとっても完全に無罪とは言えないのであるが。

 そういった意味では,認識阻害系の魔術(まじゅつ)は,直接的な被害が生じないものの最たる例の1つとして挙げられており,警備隊(けいびたい)が動かない可能性が高いのである。

 もちろん,これを利用して直接危害を加えたり,事故を誘発(ゆうはつ)させたりするようなことがあれば,それは処罰対象となる。


(ん?)

(抵抗隠蔽――失敗?)


 抵抗隠蔽とは,抵抗に成功したことを術者に(さと)らせない技術のことである。

 通常,術者は,自身の魔術(まじゅつ)による事象改変(じしょうかいへん)が,対象者の魔術(まじゅつ)抵抗力によって(さまた)げられ,打ち消された場合,術式が(こう)(そう)さなかったことを察知することができる。

 しかし,対象者の事象干渉(じしょうかんしょう)能力が術者よりさらに優れていた場合,方法は割愛(かつあい)するが,術式を打ち消したうえで,術者には術式が打ち消されたという情報が伝わらないようにすることもできるのである。

 これにより,術者は術式が成功したものと誤認(ごにん)するのである。


 守護霊(ガーディアン)システムは,反撃機能こそあれ,これ単体での外敵の排除を目的とするものではなく,警備隊(けいびたい)との連携(れんけい)を想定したシステムとなっている。

 よって,守護霊(ガーディアン)システムは,反撃が有効ではないとの判断をした場合には,回避・抵抗・防御を駆使(くし)し,徹底的に時間を(かせ)いで,警備隊(けいびたい)の到着を待つという設計思想が存在する。

 だからこそ,守護霊(ガーディアン)システムは,デフォルト設定により,抵抗した場合には,抵抗隠蔽を行うように設定されている。

 これは,術式が成功したと術者に思わせておいたほうが,追撃の判断を遅らせ,時間を稼ぐことができるからである。


(隠蔽が失敗したってことは,近くに抵抗に成功した誰かがいるってこともバレたってことじゃねえか!)

(どうする?)

(待てよ)

(対象指定が『範囲』ってことは,この術式は個別指定型ではなく,範囲指定型ってことか)


 個別指定型術式とは,直接術式の対象を個別に指定して発動する方式の術式であり,範囲指定型術式とは,一定の範囲を指定し,その範囲内の全員を対象として無差別に発動する術式のことである。

 今回の術式は,認識阻害系であり,範囲指定型であることから,術者を起点とした周囲数メートルの範囲の人間の認知を(ゆが)める術式であると推測できるのだ。


(だったら,こっちの位置までは特定できていない可能性が高い)


 個別指定型とは異なり,範囲指定型は,範囲内にいれば術者が対象を認識していなくても効果を発揮(はっき)する。

 したがって,抵抗に成功した誰かがいることがわかったとしても,その範囲内にいるということ以外はわからない可能性が高いのである。


(だが,時間の問題だな)

(抵抗されたことに気付いたなら,俺なら悠長(ゆうちょう)にこの場に居座(いすわ)ることはしない)

魔術(まじゅつ)抵抗に成功した(やつ)の位置の特定なんてせずに,すぐにでもこの場を離脱するはずだ)

(目撃されることを避けるための術式なんだからな)

(だったら,俺のとるべき行動は――)


 そこまで間森(まもり)が考えを(めぐ)らしていたとき,視線の先にいた警備隊員(けいびたいいん)が足を止め,後ろを歩いていた狗飼(いぬかい)らしき女生徒もそれに従う。


(なぜ,止まる?)

(抵抗に成功した奴でも探すつもりか?)


 間森(まもり)の疑問を裏付けるように,警備隊(けいびたい)の男は魔術(まじゅつ)を切り替える。

 それを見越していた間森(まもり)は,既に手元のスマートフォンに目を向け,アプリから使用された術式の詳細情報を表示していた。


 感知時間――2036年6月7日午後12時58分

 術式系統――探査(たんさ)

 術式特性――支配?・放出

 術式候補――俯瞰視点(ふかんしてん)92%・不明8%

 該当術者――多数

 対象指定――範囲

 回避状態――回避『不可能』

 抵抗状態――抵抗『不可能』

 防御状態――防御『不要』

 反撃要否――否

 通報要否――否(済み)

 位置情報――発信中


(《俯瞰視点(ふかんしてん)》!?)

(――こっちの位置を探っている!?)


 《俯瞰視点(ふかんしてん)》とは,自身を中心として俯瞰(ふかん)するように視覚を持ち上げる魔術(まじゅつ)のことで,《遠隔視》の一種である。


(なんだ?)

(いったい何が目的だってんだ!?)


 男の行動原理がわからずに混乱する間森(まもり)は,それでも,ほとんど反射的に,《俯瞰視点(ふかんしてん)》を使用する警備隊員(けいびたいいん)から目を逸らし,さっと反対方向を向いて歩きだし,ただの通行人を(よそお)うことで,ゆっくりとその場を離脱しようと(こころ)みていた。


「期待外れだな。これでは,ただの木偶(でく)ではないか。」


 しかし,間森(まもり)が2歩目を出そうとした瞬間,背後の道から警備隊(けいびたい)の制服を(まと)った男が現れ,間森(まもり)を見るなり,そう吐き捨てる。

 間森(まもり)は,誤魔化(ごまか)すのは不可能と即断(そくだん)し,咄嗟(とっさ)に振り返りつつ後ろに下がり,男と距離をとる。


「《無貌(むぼう)》の認識阻害を破ったから,どのようなモノかと思って見にきてやったわけだが。

 何だ,それは? 個人の力量ではなく,道具の優秀さに助けられているとはな。

 この俺が眠っている間に,そんなモノができたのか?」

「……《無貌(むぼう)》?」


 間森(まもり)は慎重に男を観察しながら男の言葉を反駁(はんばく)するが,次の瞬間,衝撃的な事実に気づき,言葉を失う。


(ってかマジかよ。冗談じゃねえぞ!)

(なんで,今まで気づかなかった!?)


 間森(まもり)が気付いたのは,男の容貌(ようぼう)についてであった。

 間森(まもり)の目には,男の顔がはっきりと見えているにも(かかわ)らず,それを全く顔として認識できないのである。

 ただの模様(もよう)にしか見えないし,記憶にも全く残らない。

 部位(ぶい)は理解できる。

 目はあるし,鼻はあるし,口もある。

 だが,それらが像として(むす)びつかない。

 それらを1つの顔として認識することを頭が拒絶(きょぜつ)しているとしかいいようがない。

 とにかく,間森(まもり)にとって,男の首から上は,輪郭(りんかく)沿()って(なぞ)の模様が渦巻(うずま)いているようにしか見えないのだ。

 しかも,そのような状態であったにも拘らず,先程そのことに気付くまで,男の顔の状態に違和感(いわかん)を持つことすらできていなかったのである。


「ほう,その様子だと《無貌(むぼう)()しに俺の顔を見たのか。

 ははっ,よいぞ。ただの木偶というわけでもないようだ。

 羽虫(はむし)昇格(しょうかく)させてやろう。

 とはいえ,()尊顔(そんがん)(おが)めたというわけでもなかろう。

 まあ,道端(みちばた)で見つけただけの羽虫(はむし)にそこまでは高望みが過ぎるか。」


 よく聞けば,男の声にも統一感(とういつかん)が全くない。

 同じ人物の声なのだろうが,すぐに印象から抜け落ち,次の瞬間には初めて聞いたような印象を受け,その度に異なる印象を受けてしまう。


(頭が,おかしくなりそうだ)


 間森(まもり)は,こみ上げてくる頭痛と吐き気を(こら)えながらも,男から視線を切ることはできない。

 間森(まもり)のプロの工作員として(つちか)われた感覚が,この男は危険だと大合唱(だいがっしょう)していたからである。

 だが,逆に男の方は間森(まもり)に興味を失ったかのように,間森(まもり)から視線を外す。


「貴様では使えん。前座にもならん。

 貴重な時間を()かれたのは業腹(ごうはら)だが,この俺にもその程度を飲むくらいの度量(どりょう)は――

 いや,待て。貴様の顔,どこかで……? 確か,天乃慎(あまのしん)の――」


 そういうと男は思案する素振(そぶ)りをし,次の瞬間,哄笑(こうしょう)を周囲に(ひび)かせる。


「ふ,はははっ,喜べ,羽虫。」


 そういって,間森(まもり)に向かって嗜虐的(しぎゃくてき)に笑いかけた。

 もちろん,間森(まもり)からは男のそのような表情すら(うかが)い知ることは困難だったのだが,口元に注視していた結果,口元が(ゆが)んだことを(かろ)うじて読み取れたのだった。


「貴様の使い(みち)が決定したぞ。」

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