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Replica ― Amphitheatrum Ideale ―  作者: 根岸重玄
登校騒乱編

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人類の敵となった【超越者】に対する【討伐令】

2036年6月7日午後12時37分


「「辰上(たつかみ)御子(みこ)?」」


 天乃(あまの)遊上(ゆがみ)が同時に疑問の声を挙げる。

 それに対し、英莉(えり)が、一瞬、時間を確認する素振(そぶ)りをし、口を開く。


「うむ。時間は少しばかりならあるし、状況の把握(はあく)は重要じゃ。

 辰上(たつかみ)について手短(てみじか)に説明しておくか」

「では、この天空(てんくう)は、その時間を利用して校内でお嬢様の行方の手がかりを捜索(そうさく)してきます」

「そうじゃの。説明役は二人も不要か。よい、許すぞ。うぬは、うぬの使命を果すがよい。ただ、わっちから言えるのは、これは、そこまで心配するような事態ではないということじゃ。大船に乗った気でおれ」

「――とりあえず、四限が終わったら、ここに戻ってきます。それでは」


 そういって、一瞬、何か言いたげな表情をした天空(てんくう)は、結局何も言うことなく、その場から離脱(りだつ)する。

 その場から天空(てんくう)の姿が消えたのを確認し、英莉(えり)は口を開く。


「では、説明をするか。まず、辰上(たつかみ)とは、あの召喚体(しょうかんたい)の主――狗飼(いぬかい)などと同じ原型術師(げんけいじゅつし)家系(かけい)じゃ。特化しとる系統は支配特性じゃの」

「待って。日本の原型術師の家系って、右鏡(うきょう)御堂(みどう)狗飼(いぬかい)御三家(ごさんけ)に、四星(しせい)新保(しんぽう)円瑞(えんずい)邑雀(ゆうじゃく)を加えた全部で七つよね? 辰上(たつかみ)なんて聞いたことないわ」

「それは正確ではない。それらに、中藤(ちゅうどう)辰上(たつかみ)芭蕉(ばしょう)比津島(ひつじま)絃留(いとどめ)を加えた全部で十二が正しい。

 これらは、後継者(こうけいしゃ)不在で歴史から消滅した家系じゃがの」


 疑問の声を上げる遊上(ゆがみ)に対し、英莉(えり)が説明を補足する。


「原型術師の血は()く、血縁者であればそれだけで原型術師としての性質を()びると言われておるが、世代を()るごとに徐々に希釈(きしゃく)され、能力が落ちていっとるそうじゃ。

 ひと昔前は、それを避けるために、本家の後継者が分家から配偶者(はいぐうしゃ)(つの)って、近親婚(きんしんこん)を繰り返すことで血の濃さを保っていた時代もあったそうじゃが、現代に近づくほどにその風習は(すた)れた。実際、現在も残っとる原型術師は、いわゆる御三家の面子(めんつ)を除けば、ほとんどが全盛期の半分未満の能力しかないほどじゃという話じゃ。

 じゃがな、(まれ)におるんじゃよ。

 ――ここでは、その現象(げんしょう)を『先祖返(せんぞがえ)り』と呼ぶが、原型術師の(とが)った『起源』に必要以上に近づき、()かれてしまう者がのぉ」


 原型術師は、特定の特性に特化した性能を持っているが、その他の特性には一切適性がない。

 その理由は、原型術師の『(たましい)(きざ)まれた原初(げんしょ)の方向性』『(あらが)うことのできぬ根源的(こんげんてき)衝動(しょうどう)』『渇望(かつぼう)()ずる場所』――ともいわれる『起源』がその特化している特性の方向性一色であるからだと推測(すいそく)されている。それは、全方位への可能性を捨て、一点の極致へと至るための代償でもあった。


「先程述べた辰上(たつかみ)御子(みこ)も、この『先祖返り』を起こしておる。ある者の見立てでは、歴代後継者の中で、最も辰上(たつかみ)の一族が持つ『支配』という『起源』に近づいた者の一人なんじゃそうじゃ。

 そのせいでともいうべきか、彼奴(きゃつ)は、自らの『起源』に完全に()まれておる。彼奴(きゃつ)は、元は大した力も持たない普通の魔術師(まじゅつし)じゃったはずなのじゃが、ある時期を(さかい)に急速に『起源』に近づいていった。これにより彼奴(きゃつ)の中には新たな人格が生じ、その新しい人格が身体を『支配』するに(いた)った。

 この時点――つまり約三年前じゃが、彼奴(きゃつ)魔術(まじゅつ)協会から【超越者(ちょうえつしゃ)】の認定を受け、正式に【討伐令(とうばつれい)】が()けられたのじゃ」

「【討伐令(とうばつれい)】って……マジ?」

「マジじゃ」


 血の()の引いた顔色で質問する遊上(ゆがみ)の言葉に、英莉(えり)はどこか他人事のように軽い調子(ちょうし)で返す。


「なんか新しい単語がいっぱい出てきたな。

 ――魔術(まじゅつ)協会、【超越者(ちょうえつしゃ)】、【討伐令(とうばつれい)】ってのは全部初耳(はつみみ)だ」

「簡単に言うと、国際的な魔術師(まじゅつし)互助(ごじょ)機関が、辰上(たつかみ)ってのが(ちょう)やべえ(やつ)だからみんなで協力してブッ殺しましょうって宣言したってことよ」


 天乃(あまの)の疑問に対し、今度は遊上(ゆがみ)が答える。


「ブッ、殺……って」

「いや、茶化(ちゃか)しちゃったけど、これって結構マジなのよ。過去に【討伐令(とうばつれい)】が出たケースはさすがに少ないけど、これは魔術(まじゅつ)世界における『人類の敵』認定なの。発令されたら最後、【討伐令(とうばつれい)】対象者が死ぬか、人類が絶滅(ぜつめつ)するかっていう瀬戸際(せとぎわ)になってる状況だそうよ? 有名なのは、『複製(ふくせい)事件』の首謀者(しゅぼうしゃ)かしらね。

 ただ、なるほどね。それが本当なら、あらゆる魔術(まじゅつ)を再現できるってのも、(あなが)誇大(こだい)広告じゃなかったってことかなぁ。

 でも、変だね。さすがに三年前なら、私も覚えてそうなものだけど、【討伐令(とうばつれい)】が出たなんて聞いたことがないわ。それに、【討伐令(とうばつれい)】が出てるのに、今まで放置されてたの?」

「うむ。それは、【討伐令(とうばつれい)】が()けられ、それが公表される前に彼奴(きゃつ)の無力化に成功したからじゃ。無論、無力化したとはいえ、まだ生きておったから、【討伐令(とうばつれい)】自体は発令されたままじゃが、差し当たっての危難(きなん)はないとのことで、関係者に箝口令(かんこうれい)()かれ、公表は見送られた」

「ん? だったら、英莉(えり)ちーは何で知ってるの?」


 そのとき、四限目の終業のチャイムが鳴る。その乾いた音が静寂を破り、現実の時間を引き戻した。

 英莉(えり)は、遊上(ゆがみ)の質問には答えず、背後を気にするような素振(そぶ)りをして、向きを変える。


「ふむ。時間じゃな。どうじゃった?」

「そうですね。校内を(くま)なく捜索しましたが、手がかりはありませんでした」


 英莉(えり)が向いた方向に天空(てんくう)突如(とつじょ)として現れる。その表情は、焦りと無力感に沈んでいた。


「これで四限が終わりました。帰宅前のホームルームにお嬢様がいないとなると、お嬢様の失踪(しっそう)が発覚します」

「やはり、それは()けられんか」

「えーーっと、ちょっといい?」


 英莉(えり)達が現状確認をしていたところ、遊上(ゆがみ)英莉(えり)に声をかける。


「なんとなくの流れで今回の件に一切無関係なはずの私はここまで関わっちゃったわけなんだけど。これって警備隊(けいびたい)とか狗飼(いぬかい)さんの実家とかを(たよ)っちゃいけない(しば)りでもあるわけ? ないんなら丸投げすべきなんじゃない?」


 警備隊(けいびたい)は、そもそも魔術(まじゅつ)犯罪に対抗(たいこう)するための組織(そしき)であるし、狗飼(いぬかい)家のような原型術師は、その魔術師(まじゅつし)としての完成度・稀少性(きしょうせい)唯一性(ゆいいつせい)・連続性などから、魔術(まじゅつ)が世界に発覚する前から魔術師(まじゅつし)たちのまとめ役を担っていた。

 現在もその名残(なごり)で、国から魔術(まじゅつ)犯罪の捜査(そうさ)捕縛(ほばく)処断(しょだん)について、一定の特権が付与されている。

 これらの事情を加味(かみ)すると、遊上(ゆがみ)の意見は、これ以上ない正論であり、正攻法(せいこうほう)であった。


「なるほど、小娘(こむすめ)よ。なかなかによい着眼点(ちゃくがんてん)じゃ」

英莉(えり)ちーはいつになったら私のこと名前で呼んでくれるの?」

「……松田(まつだ)さん?」

遊上(ゆがみ)真理(まり)ですぅ!! 誰よそれ!?」

「ええい、(こま)かい奴じゃな。そのような些事(さじ)でわっちの記憶領域(りょういき)圧迫(あっぱく)させようとするでないわ。さて、話を戻すが」

「戻されたッ!!」

「むろん、わっちも()()()()()そうすべきじゃと思うとる。じゃが、今打てる手は今打っておくに限る。特に、今回の相手は、数が(たよ)りの警備隊(けいびたい)相手には滅法(めっぽう)強いし、なんだかんだで狗飼(いぬかい)では相性が良すぎるからこそ、総合的(そうごうてき)に見て最悪というのが、わっちの見立てじゃ。

 (ゆえ)に、それらの正攻法では後手(ごて)に回り過ぎる。本命までの時間(かせ)ぎがせいぜいじゃろう」


 そう述べる英莉(えり)遊上(ゆがみ)は難しい表情で見返す。


「えぇぇ。でも、うーん。

 確かに、【討伐令(とうばつれい)】の出た【超越者(ちょうえつしゃ)】の相手ってことになると、協会から派遣(はけん)された専門のチームでないと対処は難しいかぁ」

辰上(たつかみ)家の者は、……【討伐令(とうばつれい)】対象者なのですか?」


 そういって話に入ってきたのは、天空(てんくう)である。その声には隠しきれない緊張が混じっていた。


「さよう。今回の相手は、既に『人類種の敵』となった者じゃよ」


 英莉(えり)淡々(たんたん)と事実を述べると、天空(てんくう)の表情が少し(くも)る。

 空気を読んだわけではないが、遊上(ゆがみ)は即座に英莉(えり)に対して疑問を口にする。


「で、でもさぁ、私たちだって別に【超越者(ちょうえつしゃ)】専門の対策チームってわけじゃないんだからさあ。なにもできなくない?」

「ふむ。実はそうでもないというのが、わっちの見立てじゃ。じゃが、この話をする前にもう少し説明が必要となる」

「――英莉(えり)様。少しよろしいでしょうか? 相手が【討伐令(とうばつれい)】対象者というのであれば、この天空(てんくう)はすぐにでも動くべきだと思うのですが」

「落ち着けい。さっきも言ったが、まだ(あわ)てるような段階ではない。うぬの(あるじ)は、確実に無事じゃ。むしろ、厚遇(こうぐう)を受けておる可能性すらあるな」

「厚遇?」


 英莉(えり)の予想外の言葉に、天空(てんくう)が首を(かし)げる。


「まず、現状の確認をするぞ。一応、ここ浅木(あさき)にも高ランク魔術(まじゅつ)犯罪者への対抗措置(たいこうそち)はある。

 戦略級(Sランク)程度なら何とかしてみせるんじゃろうが、如何(いかん)せん、かの【超越者(ちょうえつしゃ)】相手にどれだけできるかは、やってみんとわからん」

「うーん。本来ならそれも過剰(かじょう)戦力なんだろうけどねえ。世界に二十人もいないようなレベル6に対する(そな)えなんていらないでしょ、常識的(じょうしきてき)に考えて」

「それを遊上(ゆがみ)様が(おっしゃ)るのですか」

「ちょっと白々(しらじら)しいのぉ」

「おっほん」

「?」


 遊上(ゆがみ)の言葉に対する英莉(えり)天空(てんくう)の反応の意味が分からず、今度は天乃(あまの)が首を(かしげ)げる。


「とにかく! それだけの戦力でも足りないかもしれないっていうのよね? その辰上(たつかみ)御子(みこ)とやらを相手取(あいてど)るには?」

「うむ。(くど)いようじゃが、浅木の保有する戦力も、また、彼奴(きゃつ)に対して相性が悪い。ちゅうか、そもそも彼奴(きゃつ)に対して相性が良いといえる者は、極僅(ごくわず)かしかいないんじゃがな」

「ますます私たちが何かできるようには思えないんですけどぉ」


 遊上(ゆがみ)悲痛(ひつう)な声を上げるが、英莉(えり)は気にしない。

 それどころか、英莉(えり)遊上(ゆがみ)の言葉に首を横に振る。


「何をいうか。()しくも、ここにおるわっちらこそ、彼奴(きゃつ)に対抗しうる唯一(ゆいいつ)にして最大の戦力となってしまっておるのじゃよ。わっちらは、それぞれの理由で、彼奴(きゃつ)に対して相性が悪くないのじゃ」

「え゛、私も? 戦力に入ってる?」

「無論、無論」


 顔を青くして嫌がる遊上(ゆがみ)に、英莉(えり)は無表情ながらも、明らかに愉悦交(ゆえつまじ)じりの喜色(きしょく)(ふく)んだ声で遊上(ゆがみ)()げる。


「まず、最初に()べておく。彼奴(きゃつ)固有魔導(こゆうまどう)は、対ニンゲン特効(とっこう)術式なのじゃ。ニンゲンのみを対象とする代わりに、ニンゲンに対して絶大な効果がある術式となっておる。故に、通常戦力は、これでほぼ無力化される。数があろうと質がよかろうと、それがニンゲンであるというだけで、彼奴(きゃつ)対峙(たいじ)すると、不利(ふり)が付いてしまうというわけじゃな」

「じゃあ、ムリじゃん!!」

「うっさいわ。よく考えてみぃ、ここにはニンゲンは二人しかおらんじゃろ?」

「確かに、この天空(てんくう)英莉(えり)様も人間ではありません」

「だ、だったら、私と(しん)ちゃん()らなくない!? 二人で何とかしてよ!」


 ほとんど悲鳴(ひめい)のような声で遊上(ゆがみ)懇願(こんがん)するが、英莉(えり)一顧(いっこ)だにしようとしない。

 それどころか、追い打ちをかけるように遊上(ゆがみ)にとって絶望的な話を続ける。


「そうしたいのは山々なのじゃが、わっちらだけでは彼奴(きゃつ)膝元(ひざもと)までは辿(たど)り着けんのじゃ。わっちらは、ニンゲンではない故にな」

「なによそれ!? 人間以外しか対抗できないのに、人間以外は接触(せっしょく)できないってこと!?」

「ニンゲン以外しか対抗できないというのは大げさじゃが、本気を出した彼奴(きゃつ)に人外のわっちらでは接触すら(かな)わないというのが現実じゃ。わっちらが彼奴(きゃつ)に近づくためには、ニンゲンの協力が不可欠なのじゃよ」

「つまり、人間ではない英莉(えり)辰上(たつかみ)とやらに近づくことはできないけど、人間であるオレの持ち物としての英莉(えり)ならば、オレと一緒(いっしょ)辰上(たつかみ)に近づくことができるって話か?」

「そのとおり。相変(あいか)わらず無駄(むだ)(さっ)しがよいのは、主殿(あるじどの)の長所じゃな」


 英莉(えり)は、天乃(あまの)の言葉に、表情を変えることなく満足げに(うなづ)く。


「つまり、私には天空(てんくう)ちゃんを運べって話なの?」

「まあ、そうなるの。じゃが、嫌というなら辞退してもらって(かま)わんぞ。主殿(あるじどの)がおれば事足りる話じゃし。別に、一人が複数の人外の眷属(けんぞく)を所有しておっても不思議ではあるまい?」

「うん、そうね。さすがに【討伐令(とうばつれい)】の出た【超越者(ちょうえつしゃ)】の相手なんてしたくないし。目の前にすら出たくないし。いつも通り、私は後方待機(たいき)ってことにしてほしいなあ、なんて思うんだけどぉ。……ちなみに、私と(しん)ちゃんが相性が悪くないっていう理由は?」

「うむ。単純に、戦力にならないのがよい」

「はい?」


 英莉(えり)の言葉に、遊上(ゆがみ)は目を丸くする。そのあまりに身も蓋もない理由に、思考が停止した。


彼奴(きゃつ)の特性を思い出せ? 支配とニンゲン特効――これだけの情報でも、彼奴(きゃつ)の術式の正体にある程度当たりがつけられるのではないか?」

「あとは、他人の魔術(まじゅつ)が使えるんだっけ?」

「それは副次的な効果じゃとも言ったはずじゃが?」

「えーーっと、人を支配する術式?」

「三十点じゃな」

英莉(えり)ちー、(から)くない?」

「間違ってはおらぬが、何の情報も増えとらんじゃないか。まあ、よいわ。彼奴(きゃつ)の術式は――」

「――絶対王政(ぜったいおうせい)の国、とか」

「え?」「国?」「――正解じゃ」


 天乃(あまの)のつぶやきに、遊上(ゆがみ)が疑問符を浮かべ、天空(てんくう)反駁(はんばく)(とな)えるのと同時に、英莉(えり)驚嘆(きょうたん)する。


「いやはや。わっちは主殿(あるじどの)の考えがある程度読めるが、主殿(あるじどの)もわっちの考えることがわかるようにでもなったのか? それとも、記憶が戻ったりでもしたか?」


 英莉(えり)は持ち前の無表情を()かしながら、何でもないようなことのように振る舞うが、その内心は驚嘆に満ちており、声も若干(じゃっかん)(うわ)ずってしまっていた。


「当てずっぽうだよ、こんなの。たまたま、思い浮かんだことを口にしただけだ。オレの『人を支配する者』のイメージが王だったっていうのと、特定の対象の領域(りょういき)への侵入を(ふせ)ぐっていうのが、入国拒否(きょひ)みたいだなと思っただけで、深い意味はなかったんだけど」

「ふむ。なんか、全然納得(なっとく)いかんし、若干の疲労(ひろう)感すら覚えるが。まあよいじゃろ。彼奴(きゃつ)固有魔導(こゆうまどう)の名称は、《王の法》という。

 これは文字通り、彼奴(きゃつ)が《法》を定め、彼奴(きゃつ)を王とした国を(きず)魔術(まじゅつ)じゃ。彼奴(きゃつ)が国と定めた範囲(はんい)におるニンゲンは全員、彼奴(きゃつ)の定めた《法》によって、行動を制限(せいげん)される。そして、彼奴(きゃつ)の《法》に反した者には《(ばつ)》が(くだ)る。

 ――そういう術式じゃ」

「なによそれ? やりたい放題(ほうだい)じゃん」


 遊上(ゆがみ)横暴(おうぼう)だ、ズルだと抗議(こうぎ)の声を上げる。


「わっちに文句(もんく)言われてものぅ。じゃが、さっきも言ったとおり、《王の法》にも()(あな)はある。《法》がニンゲンを(しば)概念(がいねん)である以上、わっちらのようにニンゲンでないものは《法》には縛られん。

 まあ、故に、《法》に縛られないモノは、そもそも入国できないようになっておるのじゃが。それにもさらに例外はあるということじゃ。先ほど主殿(あるじどの)が述べたようにな。そして、肝心(かんじん)の《罰》じゃが、これは力ある者の力を()(たぐ)いのものが多い。

 魔力や体力を(うば)う《財産刑》、特定の行動を(ふう)じる《自由刑》、脅威(きょうい)そのものを取り除く《没収(ぼっしゅう)》が《罰》のほとんどを()めとるはずじゃ。

 直接の攻撃とできるのは、苦痛(くつう)を与える《身体刑》と命を奪う《死刑》だけじゃが、これは上位の刑罰なので、そうそう《法》に引っかかることもあるまい。

 こういう事情で、魔術(まじゅつ)(あつか)えず、戦力にも(とぼ)しい主殿(あるじどの)や小娘ならば、刑もほとんど影響がないじゃろうと考えた。まあ、そういう意味で、相性は悪くないと言ったのじゃ」

「なによそれ? 《死刑》があるんなら、軽い犯罪を(もう)けて(かた)(ぱし)から《死刑》にすればいいじゃん。呼吸罪とか作ればいいんじゃないの? すごいじゃん。そしたら、最強じゃん」


 このように、やさぐれ気味(ぎみ)にぼやく遊上(ゆがみ)の発言に対し、英莉(えり)は表情には出ないが、(あき)れた声を出す。


「何を聞いておったのじゃ、小娘よ。彼奴(きゃつ)魔術(まじゅつ)は、国を作るモノなのじゃぞ?よいか? 国の要素とは、領域・主権・人民じゃ。

 (ゆえ)に、領土と王権は最悪彼奴(きゃつ)1人でもよいかもしれんが、臣民(しんみん)なしでは国として成り立たん。

 国ではないなら、王権に紐付(ひもつ)けられとる《法》も機能(きのう)せん。

 よって、臣民(しんみん)全員を《死刑》にする《悪法》など定められるわけがないじゃろ?」

「うーん。なんか、その訳わかんない既存(きぞん)概念(がいねん)に縛られてるものに対してマウントとっていく感が、すごぉくいつもの魔術(まじゅつ)戦っぽくてヤだなー、私ぃ」


 英莉(えり)の説明に、遊上(ゆがみ)がげんなりした声を出す。


「まあ、既存の概念を用いる術式に対する正攻法ではありますが、だからこそ、対抗策を用意しているのではと、この天空(てんくう)は考えますが」

「うーむ。正直、それは出たとこ勝負じゃな。なに、彼奴(きゃつ)の固有魔導はわっちとうぬには通じぬのじゃから、速攻で片を付けるしかあるまいよ。ただ、先ほどのうぬの心配を解消(かいしょう)しておいてやろう。うぬの主は、人質(ひとじち)ついでに『臣民(しんみん)』として選ばれた可能性が高い。彼奴(きゃつ)の王国を構成する要素なのじゃから、余程(よほど)のことがない限り、危害(きがい)を加えられることはないじゃろう」

「余程のこと、ですか」


 英莉(えり)の説明を受けても、なお、心配な様子が解消されない天空(てんくう)の態度に、英莉(えり)(いぶか)しんだ目を向ける。


「なんじゃ? 何を懸念(けねん)しとる?」

「いえ、杞憂(きゆう)ならよいのですが。お嬢様は、その、他人を無自覚に(あお)性質(せいしつ)を持っていまして。人の本質的な加虐性(かぎゃくせい)を引き出す才能に()けているのです。辰上(たつかみ)の【討伐令(とうばつれい)】対象者を煽っていなければよいなぁと」

「……なんとういうか。さすが、狗飼(いぬかい)の娘じゃ。じゃから、狗飼(いぬかい)辰上(たつかみ)とでは相性が良すぎるので、総合的に見て最悪といったのじゃ」

「そういった意味で、やはりこの天空(てんくう)としては、お嬢様の救出を急ぎたいのですが――」


「待ちなさい。話は聞かせてもらったわ、途中からだけど」


 天乃(あまの)達が驚いて声のあった方を向くと、校舎の物陰から、制服姿の少女が出てきた。

 その少女の髪型は、茶髪のハーフアップで、後ろの髪の一部だけを上げて残りは降ろしており、その顔は――


「え? ()(がみ)さん? が二人?」


 天乃(あまの)困惑(こんわく)した声を出すと、遊上(ゆがみ)と全く同じ見た目をした少女が(さげす)むような声を出す。


「はあ? 何訳わかんないこと言ってんのよ、天乃(あまの)(しん)。まさか、記憶でも吹っ飛んだっての? いまさら自己紹介が必要な間柄(あいだがら)ってわけでもないでしょうに」


 その声に、わなわなと(ふる)えていた遊上(ゆがみ)がぼそりと震えた声を出す。


「お姉ちゃん、何しに来たの?」


(お姉ちゃん?)


 ――『私、一卵性(いちらんせい)双生児(そうせいじ)なのよ。でも、姉は魔術(まじゅつ)を使えるのに、私は使えない。このクラスの設立(せつりつ)目的を考えたら、私が一番価値の高いサンプルってわけ』――

 天乃(あまの)が思い出したのは、遊上(ゆがみ)初対面(しょたいめん)の時に聞いたそんな話であった。


「何って? 実習(じっしゅう)が終わっても狗飼(いぬかい)天空(てんくう)も帰ってこないから、探してたのよ。

 そしたら、こんなところで天空(てんくう)天乃(あまの)(しん)と何か話をしてたみたいだから、こっそり様子を見てたの。そしたら、なんか【討伐令(とうばつれい)】やら、『お嬢様の救出』やら聞こえてきたからさ。気になって出てきちゃったってわけ。

 ――それで、私にも、(くわ)しく聞かせてもらえるのよね、天乃(あまの)(しん)?」


 そういって、世界に二十人といない戦略級(Sランク)魔術師(まじゅつし)の一人――《(いばら)女王(じょうおう)》こと緋澄眞琴(ひずみまこと)嗜虐的(しぎゃくてき)微笑(ほほえ)んだ。

 その美しくも残酷な笑みは、さらなる波乱の幕開けを告げていた。

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