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Replica  作者: 根岸重玄
登校騒乱編
41/286

《形状変化》

2036年6月7日午後12時21分


「うーっす。お疲れさまでーっす。

 あれ? 新保(しんぽう)さんだけっすか?」

「やあ,間森(まもり)君。

 みんな出払(ではら)っててね。今日はもう戻らない予定さ」


 間森(まもり)は3限が終わった後に学校を出て,まっすぐ警備隊本庁にある特務課の執務室にやってきたのである。

 執務室にいて間森(まもり)を迎えたのは,新保(しんぽう)覇夏(はなつ)という特務課の副課長を務める男ただ1人であった。

 新保(しんぽう)は,警備隊の制服をきちんと着込んではいるものの,やや草臥(くたび)れた様子が(うかが)え,その線の細さや(たたず)まいは,病的とは言わないまでも,()れ木のようなイメージを抱かせるものである。


「へぇ,他の面々はともかく,雹霞(ひょうか)さんまでいないってのは(めずら)しいっすね」


 雹霞(ひょうか)というのは,水無月風華(みなづきふうか)の血の繋がっていない義理の姉であり,この特務課の課長の地位にある女性のことである。

 彼女には体質的な問題があり,直射日光がひどく有害なため,滅多(めった)に外を出歩くことはないことから,間森(まもり)はそのことを指摘しているのである。


「課長は,今日は有給とってお義兄(にい)さんとデートだそうです」

「ええ……」


 新保(しんぽう)がいかにも真面目腐(まじめくさ)った表情と声でそのようなことを述べるので,間森(まもり)茶化(ちゃか)したポーズをとらざるを得なかった。


「なんでも,2か月ぶりの連休だそうで」

「あ,もう,いいっす。お腹一杯なんで」

「『下らん用事で呼び出したら殺す』だそうで」

「……もうやだなぁ,この職場ぁ」

「いいじゃないですか。

 課長にも,たまには息抜きが必要なのでしょう」

「あの人はいっつも俺らをいびってストレス解消してるでしょうに」


 間森(まもり)は,そう言いながら自分の机に荷物を置く。


「さて,せっかく来たのです。

 とりあえず,この報告書に目を通しておいてください」

「なんすか? それ」

「例の失踪(しっそう)事件の続報ですよ。

 ほら,先週くらいからちょっと話題になっていたやつです。

 これで,3件目ですね。

 とはいえ,失踪者にわかり易い共通点がないことから,連続失踪事件ではなく,同時多発的なものだという見方が多数ですが」


 そういって,新保(しんぽう)は,仕事用の連絡網(れんらくもう)アプリにPDFファイルを送信し,それを読むように間森(まもり)にタスクをあげる。

 間森(まもり)は,仕事用に配布されている端末でそのファイルを開き,中身を確認する。


「失踪? あー,昨日はアーサー・リードの件にかかりきりだったからもう忘れてたぜ。

 なになに,また,1人増えたんですか?」

「ええ。隊としても,そろそろ本腰を入れようかという話になりました。

 また,例によって,場合によっては,特務課(ウチ)にもお(はち)が回ってくるかもしれませんので,今のうちに資料だけには目を通しておいてください」

「便利使いされる遊撃隊(ゆうげきたい)のつらいところっすねぇ。

 えーっと,消えたのは昨日で,発覚したのは今日か。

 失踪者の名前は……藤咲夏南(ふじさきかな)

「……」


 新保(しんぽう)は,名前を読み上げる間森(まもり)の一挙手一投足を綿密(めんみつ)に観察するかのように視線を間森(まもり)に向けている。


「へー,全然知らない名前だ。ま,当たり前だけど」

「一応,第三中の生徒ですから,知っている可能性もあるかなと思いまして」

「いやいや,何人いると思ってるんすか。記憶の片隅(かたすみ)にもないっすね。

 顔は可愛(かわい)めだと思いますが」

「彼女は,《記憶消去》に特化した魔術(まじゅつ)回路の持ち主だったそうですよ。

 これ自体は通常の魔術(まじゅつ)体系の範疇(はんちゅう)ですが,彼女の術式は特に効能(こうのう)が良く,他とは雲泥(うんでい)の差だったとか。

 本人が非協力的だったこともあり,精査はできていなかったらしいですが,詳しく解析すれば固有魔導こゆうまどうとの認定もあり得たほどの逸材(いつざい)だったとか」

「へー。勿体(もったい)ないっすね。

 他の失踪者はどうかなっと」

「ふむ。1人目は3(ページ)目,2人目は34(ページ)目に詳細があります。

 1人目――三俣景史郎(みつまたけいしろう)(42)。

 性別は男性。

 失踪したのは5月30日。

 職業は研究者。

 研究分野は地図を使った魔術(まじゅつ)

 彼自身,魔術師(まじゅつし)とのことで,地図を用いて地図上で何かを発見したり,地図に変化を加えることで実際の場所に同様の影響を与えたりといったことが可能な固有魔導(こゆうまどう)の使い手だったようですね。

 術式名は《俯瞰地図(ふかんちず)》だそうで。

 2人目――」

「ん?」


 新保(しんぽう)三俣(みつまた)に関する口上(こうじょう)を聞き流しながら報告書を(なな)め読みしていた間森(まもり)の目が,2人目の失踪者の名前に釘付(くぎづ)けになる。


「なにか?」

「いや,この2人目の失踪者がこの名前で?

 《遠隔視(えんかくし)》?」

相庭一臣(あいばかずおみ)隊員ですか。

 年齢は24歳。

 性別は男性。

 失踪したのは6月4日。

 職業は警備隊員。

 魔術師(まじゅつし)でもあり得意魔術(まじゅつ)は《遠隔視(えんかくし)》。

 失踪が発覚した経緯は無断欠勤(むだんけっきん)だったとか。

 ――彼が何か?」

「何かって,そうですね。

 いやぁ,偶然とは怖いもんだなと」

(うわさ)をすれば影が差す,といったところですか?」

「そんな感じっす。ちょうど話題に出たんで」

天乃(あまの)(しん)関連ですか」

「そうっす」

「「…………」」


 重苦しい沈黙が執務室を満たす。

 新保(しんぽう)(おもむろ)に立ちあがり,(から)になったマグカップにインスタントコーヒーの粉末を入れ,執務室備え付けの電気ケトルの中にあった湯を注ぐ。


「彼は,昨日,ここに来ましたね」

「そうっすね」

「昨日受けた印象は,なんとも穏やかなものでした。

 こう言っては何ですが,()き物が落ちたというか,ただの年相応の若者という印象しか抱かなかった。

 彼はなんだか『生き急いでいる』というのが私の印象でしたので。

 そのために,狂気ではなく,理性をもって,敢えて手段を選んでいないのではないかと,そう分析していました」

(おおむ)ね,同意しますよ。

 あいつには,なんというか,年不相応な貫禄(かんろく)というか(あつ)みたいな――もっと正確にいうと,気負いみたいなものがありましたけど,そういうのがなくなりました」

「――そういう君が年相応かというと,私は疑問を覚えざるを得ないんだが」

「まあ,俺のことはいいじゃないっすか」


 苦笑する新保(しんぽう)に対し,間森(まもり)はうっすらと微笑(ほほえ)む。


「とにかく,多分ですけど,()き物が落ちたっていうのは,まさにそのとおりなんじゃないかと。

 あいつは,生まれつき他人とは見ている景色が違ったんだと思います。

 見えてるもんは仕方ないんだから,そこにまで責任を負う必要はないのにって俺は思っちゃいますけど。

 そこんとこが律儀(りちぎ)なやつだったんすよね,あいつは。

 だから,いっつも気負って,背負って,重圧に押し潰されないように,常に足掻(あが)いてたんじゃないかな。

 だから,今のあいつはだいぶ軽そうにしてますよ,そのあたり」

「だが,このままでは駄目(だめ)だろう」


 新保(しんぽう)はそのように確信を持った口調(くちょう)で断定する。


「ええ。遠からずあいつは元に戻っちまうんでしょうね。

 記憶がなくなっても,知識が消え去っても,あいつがあいつであることは変わってない。

 だったら,同じ環境にあれば,同じ道を選んじまうんでしょうね」

「彼の友人としては,そのあたりをどう考えているんだい?」

「俺は,友人にはなれなかったんじゃないかと思いますね。

 だから,ちょっと考えられないっすわ,そんなIFの世界のことは」

「そうかい。だったら,今度こそ,なれるといいんじゃないかな,彼の友人に」

新保(しんぽう)さんってそんなこと言うキャラでしたっけ?」

「あれ,知らなかったかい?

 私は割とこのようなことをいうキャラですよ?」


「「………………」」


「……はぁ,もういい。《形状変化(シェイプシフター)》。

 人を揶揄(からか)うのはそこまでにしろ」


 間森(まもり)がサングラス越しに新保(しんぽう)(にら)みつけると,新保(しんぽう)口角(こうかく)が徐々に上がっていく。

 そして,新保(しんぽう)の口からくぐもった()()の笑い声が漏れ出す。


「くくくくく。ごめんってば。

 そんなに怒らないでくれよ,啓吾(けいご)君。

 私も自分が新保(しんぽう)ではないことに気付いたのは君の言葉の後だったんだ。

 すまないすまない。

 誤魔化(ごまか)すつもりはなかったんだが,私の発した言葉が恥ずかしくてね。

 ついつい,猫を(かぶ)ってしまったんだ。くくくく」


 その声は明らかに今までの新保(しんぽう)のものではない。

 (まぎ)れもなく妙齢(みょうれい)の女性の声だった。

 《形状変化(シェイプシフター)》とは,とある固有魔導(こゆうまどう)術式の名前であり,その使用者の人間を指す言葉でもある。

 固有魔導こゆうまどう術式は再現性がなく,重複(ちょうふく)する名前が存在しないことから,このように,しばしばその使用者を指す言葉として用いられることがあるのである。

 《形状変化(シェイプシフター)》は,その見た目を(いつわ)魔術(まじゅつ)であるが,幻術の(たぐい)とは異なり,実際に身体の構造が骨格(こっかく)レベルで変容する魔術(まじゅつ)である。

 そして,その変容は当人の記憶すら再現可能であり,完全に対象の人物になりきり,自分が《形状変化(シェイプシフター)》の使用者であるという事実も含めて完全に忘れることすらできてしまう。

 なお,この状態であればその人物の固有魔導こゆうまどう術式すら使えてしまうほどである。

 また,魔力は身体を変容させる際にしか用いられないので,変容後の身体は魔力によって維持されているものではない。

 これは,つまり魔力切れで変容が解除されるということもないということである。

 これは裏返せば,その人物になりきった後,自分が《形状変化(シェイプシフター)》を使用できるということを思い出さなければ,その人物として残りの人生を全て過ごしてしまう可能性すらあるということである。

 なお,突如(とつじょ)として女性の声になったのは,声帯(せいたい)の形状を変化させたからである。


「そもそも,なんであんたがここにいるんだ」

「あ,早速(さっそく)それ()いちゃう?

 せっかちさんめ。そんなことでは女の子にモテないゾ」

「大きなお世話だ。

 仕事が早いほうができる男っぽくてモテそうだろ?」

「うわぁ(ドン引き)」

「なんかムカつくな。

 ってか新保(しんぽう)さんの顔でそんなこというなよ。

 これから新保(しんぽう)さんの顔見るたびに笑っちまうだろ」

「申し訳ないが,今日は新保(しんぽう)の日なんだ」

「訳わかんねえこといってんじゃねえぞ」

「いや,なに。今日は,()えある特務課の課長で()らせられる水無月(みなづき)雹霞(ひょうか)殿(どの)が――」

「急にどうした? 頭でも打ったか?」

「――部下の予定も確認せずに突如として有休を取るなどと宣言したせいで,特務課執務室が空になる時間が生じてしまったのさ」

「はあ」

「むろん,いつ有休をとるかは,建前上,自由だから取りやめるように言うこともできない。

 有給消化率にもかかわってくるしね。

 というか,彼女に面と向かってそんなことが言える人間は,私の知る限り,水無月(みなづき)烈火(れっか)以外には存在しない。

 私が烈火(れっか)氏になりきって告げるとの案も出たが,丁重(ていちょう)に断らせてもらったよ。

 私も,彼女に(うら)まれるのはごめんだからね。

 よって,次善(じぜん)(さく)として私が新保(しんぽう)の振りをしてここにいるのだよ」

「ちっ,つまり本業かよ」


 間森(まもり)は舌打ちをして忌々(いまいま)しげに吐き捨てる。


「そのとおり,君に会いに来たわけじゃないってわかって残念だったかい?」

「今日のキャラはいつにもましてウザいな」

「うーん。お気に召さない?

 じゃあちょっといつもの調子に戻そうか?」

「いや,いいさ。

 いつものあんたは,あれはあれで面倒(めんどう)というか。

 ぶっちゃけ,苦手なんだ」

「あのさ,それはそれで傷つくんだゾ?」

「悪いな。

 あんたに対して歯に(きぬ)着せぬ言い方になっちまうのは性分(しょうぶん)なんだ」

「いいよ。君が私を()けるのは昔からさ」

「……避けてるわけじゃないさ」


 そういう間森(まもり)のサングラスに隠れた目は盛大に泳いでいた。


「嘘だね。最後に私に会いに来たのがいつかを思い出したまえ。

 ……ね? 君から会いに来たことはないだろう?」

「ちょくちょく会ってるじゃないか」

「私が! 君に! 会いに行ってるんだよ」

「……」

「それで?

 今日はここで(ひま)を持て(あま)した私と一緒にいてくれるのだろうね?

 このとおり,上等とは口が()けてもいえないが,コーヒーもあるんだし。

 せめて,昼食くらいは付き合ってくれるんだろう?

 久しぶりに,他愛(たあい)もないおしゃべりでもしようじゃないか」

「悪いな。相庭(あいば)の件がある。

 今日はそれを調べに来ただけなんだ」

「――――そうかい。

 では,いってらっしゃい」

「……ホント,悪いな。

 今度は,俺からも会いに行くよ」


 そういって,間森(まもり)は荷物を持ってその場を立ち去る。


「……嘘つき」


 扉を閉める前に,胸を()めつけられような悲壮感(ひそうかん)に満ちた声が背後から聞こえてきたが,間森(まもり)はそのまま不自然なほど大きな音を立てるように後ろ手に扉を閉めた。


(まるで,そんな声は聞こえなかったと,後で言い訳するためのようだ)


 そんなことに気付いてしまった間森(まもり)は,逃げるようにその場を立ち去ることしかできなかった。

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