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Replica  作者: 根岸重玄
登校騒乱編
39/286

協定

 2036年6月7日午後12時02分


 天空(てんくう)に《炎天(えんてん)》を使用させたことで,監督役(かんとくやく)であった伏見(ふしみ)厳重注意(げんじゅうちゅうい)を受けた狗飼(いぬかい)は,伏見(ふしみ)から校舎外周(こうしゃがいしゅう)の走り()みを命じられていた。


「つらい,つらいよぉ」


 魔力(まりょく)を使用しての走り()みであれば,何の苦も無くマラソン選手以上の記録(きろく)を出せる狗飼(いぬかい)であるが,現在は伏見(ふしみ)から魔力(まりょく)の使用を(きん)じられている。

 愚痴(ぐち)をこぼす狗飼(いぬかい)を隣で並走(へいそう)する天空(てんくう)見張(みは)っている。


「お嬢様(じょうさま),まだ走り出してから5分です」

「そうはいってもさぁ。

 わたくしってば,肉体労働(にくたいろうどう)って苦手(にがて)じゃない?」

「それをわかっているから,伏見(ふしみ)先生は走り()みを命じられたのでは?」

「もぉぉぉ,やだぁぁぁ」


 (おのれ)境遇(きょうぐう)(なげ)狗飼(いぬかい)に対して,一切容赦(ようしゃ)をしようとしない天空(てんくう)は,隣で走る速度を徐々(じょじょ)に上げる。


「まって,天空(てんくう)

 まってまって」

「何でしょう,お嬢様(じょうさま)

 授業終了まではまだ時間があるとはいえ,校舎外周(こうしゃがいしゅう)を3周するのですから,ある程度急ぎませんと」

「死ぬんだよ?

 人間はそんな速度では走り続けられないの」

「死にません。

 人間の可能性に(ふた)をしているのは,お嬢様(じょうさま)です」

「やぁだぁ。つらいぃぃ」

「とはいえ,そうですね。

 そういわれては従者(じゅうしゃ)としては(こた)えないわけにはいかないでしょう」

「え!? 見逃(みのが)してくれるの?」


 天空(てんくう)の思わぬ言葉に狗飼(いぬかい)の顔がぱっと(かがや)く。


登下校時(とうげこうじ)に走り()みをしましょう。

 ()れてしまえば,苦にならないはずです」

脳筋(のうきん)っ!! 発想(はっそう)脳筋(のうきん)のそれだよ!

 期待(きたい)して(そん)した!

 (かえ)してっ! わたくしの期待(きたい)!」

「そうですか,残念です。

 では,処置(しょち)なしですので,文句(もんく)言わずに走りましょう。

 そうですね,1周15分として,45分――つまり,12時50分までに完走できなければ,登下校時(とうげこうじ)の走り()みを追加(ついか)ということで」

「やめてよ!

 あれ? 冗談(じょうだん)だよね?

 天空(てんくう)ってば(やさ)しいもんね?」

「……」

「否定してっ!?」

「この天空(てんくう)(やさ)しくはありません」

「そっちは肯定(こうてい)してほしかったぁぁ!!」

「まだ話すだけの余裕(よゆう)があるとは,さすがはお嬢様(じょうさま)――」

「ちぃがぁうぅ!! わたくしは――

 ってどしたの,天空(てんくう)?」


 狗飼(いぬかい)に並走している天空(てんくう)はその目線を狗飼(いぬかい)から放し,虚空(こくう)(なが)めている。


天空(てんくう)?」

「お嬢様(じょうさま)。この天空(てんくう),少々用事ができました」

「ふぅん。送ろうか?」

「はい。体育館(たいいくかん)の入り口前までお願いします」

体育館(たいいくかん)? なんで,また?

 ――《天空召喚(てんくうしょうかん)》」


 天空(てんくう)奇妙(きみょう)注文(ちゅうもん)狗飼(いぬかい)は疑問に思ったものの,すぐさま天空(てんくう)だけしか通り抜けることのできない召喚門(しょうかんもん)展開(てんかい)する。


「では,お嬢様(じょうさま)。あと43分ですので,お忘れなきよう」

「あっ,そっちは継続(けいぞく)してるのね」

「何かあればお呼びください。

 ()は残しておきますので」

「……サボるなってことぉ?」

「はい」


 天空(てんくう)はニッコリと微笑(ほほえ)んでそう()げると,門を通り,狗飼(いぬかい)の前から姿を消す。


2036年6月7日午後12時07分


()った」


 体育館(たいいくかん)に向かっていた天乃(あまの)は,腕を引く遊上(ゆがみ)と手を(にぎ)英莉(えり)を呼び止め,体に力を入れる。

 天乃(あまの)が,足を止めたのは,目の前の空間から魔力(まりょく)反応(はんのう)があったからだ。

 まるで門のような形だと天乃(あまの)は思った。

 遊上(ゆがみ)天乃(あまの)が急に力を入れたことからバランスを(くず)したものの,すぐに持ち直した。

 英莉(えり)は,天乃(あまの)の声を聞いた直後に立ち止まり,正面の空間を見据(みす)えている。

 天乃(あまの)英莉(えり)見据(みす)える中,空間が(ゆが)み,中空(ちゅうくう)から1人のメイド姿(すがた)の女性が現れる。


「メイド?」

「あれは,天空(てんくう)ね。

 狗飼(いぬかい)朱音(あかね)って()使役(しえき)している召喚体(しょうかんたい)よ」


 メイド姿(すがた)天空(てんくう)存在(そんざい)(いぶか)しむ天乃(あまの)に対し,遊上(ゆがみ)はこっそりとその名前を告げる。

 天乃(あまの)は,目線を天空(てんくう)に合わせる。

 天乃(あまの)魔眼(まがん)で見る限り,天空(てんくう)魔力(まりょく)は一定の周期で()らぎが発生しており,身体から(はな)れた魔力(まりょく)が空中に滞留(たいりゅう)し,まるで天空(てんくう)の周囲を(おお)うように旋回(せんかい)するなど奇妙(きみょう)な動きをしていた。


(なんだ? あの不規則(ふきそく)魔力(まりょく)の動き。

 召喚体(しょうかんたい)特有(とくゆう)の何かか?

 攻撃(こうげき)兆候(ちょうこう)には見えないけど,気になるな。)


 天空(てんくう)(おお)魔力(まりょく)(そう)は,天空(てんくう)が知る天乃(あまの)に対する最大限の対策(たいさく)(こう)じた結果であったのだが,天乃(あまの)召喚体(しょうかんたい)を見るのは,これが初めてなので,そのように勘違(かんちが)いしたのである。


「……少々(しょうしょう)予想外(よそうがい)です」


 いつまで()っても緊迫(きんぱく)した空気にならないことに,疑問(ぎもん)(おぼ)えた天空(てんくう)は,油断(ゆだん)することなく天乃(あまの)見据(みす)えつつも,考えを(あらた)める必要があることに気付く。

 天空(てんくう)認識(にんしき)では,ここが戦場となってもおかしくはなかったのだ。

 ただ,天乃(あまの)からは敵意を全く感じられず,拍子抜(ひょうしぬ)けしたのである。

 それでも,状況(じょうきょう)把握(はあく)するために対話から入れるというのは,天空(てんくう)としては,(ねが)ったり(かな)ったりであった。


「何か用か?

 わっちらはこれでも急いでおるのじゃが」


 天空(てんくう)に初めに声をかけたのは,英莉(えり)であった。

 英莉(えり)としては,道を(ふさ)ぐように現れた天空(てんくう)に何らかの意図(いと)があったことは察しているものの,その意図(いと)がわからないので,とりあえず問い掛けることにしたのである。


「……いえ,なんといいますか。

 そう,ですね。

 なんと()うたものでしょうか」


 天空(てんくう)は,天乃(あまの)のそばにいる英莉(えり)遊上(ゆがみ)を見て逡巡(しゅんじゅん)した後,少し(あき)れたような様子で口を開く。


天乃(あまの)様は,この天空(てんくう)忍耐(にんたい)(ため)しておいでなのですか?」


 天空(てんくう)は,英莉(えり)の問いに対し,迂遠(うえん)だとは思いつつも,天乃(あまの)に逆に質問する。

 もっとも,この場でそれに答えられるものはいなかったわけだが。


「回りくどすぎて何を言わんとするのか,さっぱりわからん。

 わかるか,主殿(あるじどの)?」

「いや,さっぱりだ。

 だが,わかったこともある。この人が例の視線(しせん)の1つだよ」


 例の視線(しせん)とは,休憩(きゅうけい)時間に天乃(あまの)を見張っていた視線(しせん)のことである。


「ほお,こやつがのぉ」


 (いぶか)()英莉(えり)天空(てんくう)見遣(みや)る中,天空(てんくう)()み合わない会話に本格的(ほんかくてき)疑問(ぎもん)(いだ)き始めていた。


天乃(あまの)様,少々お(たず)ねしたいことがあります」

「待ってほしい」


 天空(てんくう)疑念(ぎねん)を口にする前に,天乃(あまの)はそれを止める。


「先に言っておくことがある。多分,その方が混乱(こんらん)しない。

 オレは,記憶喪失(きおくそうしつ)だ。

 今年の5月以前の記憶が一切ない。

 ここまでは大丈夫か?」

「――なるほど。

 …………なるほど」

「アンタはオレを知ってるみたいだけど,オレはアンタを知らない。

 その上で,質問があるならきくぞ?」


 天空(てんくう)はしばらく黙考(もっこう)してから口を開く。


「わかりました。

 この天空(てんくう)は,天乃(あまの)様の立場を尊重(そんちょう)します」

「それはどうも」

「そのうえで,いくつか()きたいと思います。

 まずは,前提から。ここには何用(なによう)で?」

「授業だよ。4限は見学なんだ」

協定(きょうてい)のことは?」

「何のことだ?」

「――なるほど,覚えているはずもなし,ですか。

 では,もう1つ。

 なぜこの20分ほどでしょうか――位置情報を偽装(ぎそう)されていたのでしょう?」

「……身に覚えのない話だ」


 天空(てんくう)はそれだけ問うと,再び黙考(もっこう)する。


「わかりました,天乃(あまの)様。

 先ほどの天乃(あまの)様のお話を前提とすると,こうなります。

 天乃(あまの)様は,今年の5月以前の記憶を失った。

 その結果,今年の4月にこの天空(てんくう)との間で結ばれた協定(きょうてい)の存在を忘却(ぼうきゃく)した。

 その協定(きょうてい)の内容は,天乃(あまの)様が月初めの魔術(まじゅつ)実習の見学に(おとず)れないことを条件に――()()()()()()()()()()()()()()()()というものです。

 天乃(あまの)様は,その協定(きょうてい)忘却(ぼうきゃく)したために,この時間に体育館(たいいくかん)にやってきてしまった。

 ここに矛盾(むじゅん)はありません。

 なにせ,記憶(きおく)(うしな)った天乃(あまの)様は協定(きょうてい)のことなど知らないわけですから,授業のカリキュラムに従ってここを(おとず)れることをどうして()められましょうか」

「なんなんだ,その変な協定(きょうてい)は?

 互いに,何のメリットがあるんだ?」

「――そう,記憶(きおく)(うしな)っているから,この協定(きょうてい)価値(かち)もわからない。

 ええ。問題ありません。天乃(あまの)様の立場は尊重(そんちょう)しますとも。

 次です。

 これは,客観的(きゃっかんてき)証拠(しょうこ)存在(そんざい)するわけではありませんので,あくまで,この天空(てんくう)の視点からみた事実ということでご容赦(ようしゃ)ください。

 そう,次は天乃(あまの)様にこの天空(てんくう)の立場を尊重(そんちょう)して(いただ)きたいのです」


 そう言って天空(てんくう)は言葉を切る。

 天乃(あまの)が無言で(うなず)くと,天空(てんくう)は続きを話し始める。


「まず,記憶喪失(きおくそうしつ)であるという天乃(あまの)様の立場を尊重(そんちょう)するのであれば,前提(ぜんてい)として,いくつか説明しなければなりませんね。

 この天空(てんくう)は,先の協定(きょうてい)(もと)づき,この学校にいる間,天乃(あまの)様の位置情報(いちじょうほう)把握(はあく)してもよいという許可(きょか)天乃(あまの)様より(いただ)いておりました。

 これは,不意(ふい)遭遇(そうぐう)回避(かいひ)するためです。

 同じ校舎内にいる以上,予期(よき)せぬ接触(せっしょく)はあり得ることですからね。

 この天空(てんくう)がさりげなく誘導(ゆうどう)すれば,そのような接触は()けられます」

「それが監視(かんし)魔術(まじゅつ)ってこと?」


 そう口をはさんだのは遊上(ゆがみ)である。


「その通りです。ご挨拶(あいさつ)が遅れましたね。

 その外見から(さっ)するに,お名前は,『遊上(ゆがみ)様』で間違いないでしょうか?」

「そうよ」

「初めまして。

 お姉さまには,日頃(ひごろ)より大変お世話(せわ)になっております」

「……続きをどうぞ」

「そうですね,続けましょう。

 次に,そうですね。この天空(てんくう)はこの学内における天乃(あまの)様を監視(かんし)しておりました。

 ですので,ええ,確かに。5月末ころから昨日まで,天乃(あまの)様が学校を休まれていたことは,この天空(てんくう)把握(はあく)しております。

 天乃(あまの)様の主張とは,すなわち,この休んでいた期間に記憶(きおく)(うしな)ったということでしょうか?」

「まぁ,正確には5月29日以降の記憶しかない。

 昨日まで入院してたんだ」

「なるほど,確かに矛盾(むじゅん)はしませんね。

 話を続けます。

 本日のことです。いつもの通り,この天空(てんくう)天乃(あまの)様を監視(かんし)しておりました。

 この天空(てんくう)監視術式(かんしじゅつしき)――『天眼(てんげん)』は(ねら)いを定めた監視対象(かんしたいしょう)位置情報(いちじょうほう)取得(しゅとく)するだけものです。

 意識(いしき)を向ければ,監視対象(かんしたいしょう)目視(もくし)することもできますが,常在(じょうざい)魔術(まじゅつ)を行使し続けるだけでも相当に消耗(しょうもう)いたしますので,対象を目視(もくし)し続けることは滅多(めった)にありません。

 ここからが,この天空(てんくう)経験(けいけん)したことであり,客観的証拠の提示(ていじ)ができない部分なのですが,よろしいですか?

 この天空(てんくう)監視術式(かんしじゅつしき)は,天乃(あまの)様の位置情報(いちじょうほう)(つね)獲得(かくとく)していました。

 そして,その情報(じょうほう)によると,天乃(あまの)様は,本日午前11時50分ころ,教室から移動を開始し,学外に出て行ったのです。

 この時点で,この天空(てんくう)監視術式(かんしじゅつしき)は,再び天乃(あまの)様が索敵圏内(さくてきけんない)に入るまでスタンバイ状態となりました。

 そして,先程,午後12時6分ころ,突如(とつじょ)監視術式(かんしじゅつしき)が再起動し,天乃(あまの)様が体育館に向かっていることが判明しました。

 そこで,この天空(てんくう)は,天乃(あまの)様の意図(いと)を問うために,こうして()けつけてきたという次第(しだい)なのですよ」

「――なるほど。

 …………なるほど」

「お分かりいただけましたか?」


 天空(てんくう)(うす)()みを浮かべ,天乃(あまの)に話しかける。

 天乃(あまの)(ひたい)に嫌な(あせ)(つた)う。

 物腰(ものごし)こそ(やわ)らかいが,目の前の召喚体(しょうかんたい)はいわば臨戦態勢(りんせんたいせい)なのだ。

 そのことを理解しているかと,天乃(あまの)(かたわら)にいる英莉(えり)にちらりと目を向けると,英莉(えり)(すで)に話に()きてタブレットを(いじ)っていた。


(――こいつ,本当に話が長いとすぐ()きるな!!)


 天乃(あまの)即座(そくざ)に反対側に目を向けると,そこにいた遊上(ゆがみ)は話の流れは大体理解しているようだが,我関(われかん)せずという感じでストレッチに(はげ)んでいた。


(こいつはこいつで逃げる気かよ。)


 下手(へた)な返答は(おのれ)の首を()めかねないことを理解した天乃(あまの)は,慎重(しんちょう)に言葉を選ぶように口を開く。


天空(てんくう),さんの立場を尊重(そんちょう)するなら――」

「この天空(てんくう)の身は召喚体(しょうかんたい)なれば,敬称(けいしょう)は不要ですよ?」

「――天空(てんくう)さんの立場を尊重(そんちょう)するなら」


 天乃(あまの)は,敢えて天空(てんくう)の申し出を無視(むし)し,敬称(けいしょう)を付けたまま言い直し,言葉を続ける。


「つまり,オレは,何かしらの目的をもって,位置情報(いちじょうほう)改竄(かいざん)することで天空(てんくう)さんを(あざむ)き,協定(きょうてい)(やぶ)って実習が行われている体育館(たいいくかん)侵入(しんにゅう)しようとした現行犯(げんこうはん)ということだ。

 そして,現場を押さえられたオレは,苦し(まぎ)れに記憶喪失(きおくそうしつ)だという(にわ)かには信じがたい嘘を()いている,と。

 こんな感じなのかな?」

「ええ。この天空(てんくう)の立場を尊重(そんちょう)して(いただ)いて感謝(かんしゃ)いたします」


 天空(てんくう)生来(せいらい)の性格なのか,「何か(もう)し開きはありますか?」とは直接は(たず)ねられてはいないが,天乃(あまの)は,その実,進退(しんたい)(きわ)まっていた。

 潔白(けっぱく)を証明する手段(しゅだん)がないのである。

 天空(てんくう)風にいうのであれば,「天空(てんくう)の立場を尊重(そんちょう)した結果」,天空(てんくう)視点での出来事を否定(ひてい)できる事実が何一つない。

 むろん,天乃(あまの)は,何一つ(うそ)は言っていないのだが,真実(しんじつ)こそが最も荒唐無稽(こうとうむけい)であるという事実に,何も言い返せない状態が続く。

 その様子を見ていた天空(てんくう)は,ふと,口を開く。


「ふむ。ですが,そうですね」


 そうして,天乃(あまの)が口を開くより前に,天空(てんくう)が話し始める。


「この天空(てんくう)の知る限り,天乃(あまの)様は信頼(しんらい)(あたい)する非常に優秀(ゆうしゅう)詐欺師(さぎし)でいらっしゃいます。

 そういった意味で,決して,吹けば飛ぶような軽い一時(しの)ぎの言葉などは口にしない方だと確信(かくしん)しております。

 (ゆえ)にこそ,天乃(あまの)様の(げん)には,一定程度以上の真実を(ふく)むものであると推測(すいそく)いたします」


 天乃(あまの)は,無言を(つらぬ)き,先を(うなが)す。

 ここは下手に口を(はさ)まないほうがよいとの判断である。


「そうであれば,天乃(あまの)様の協定(きょうてい)(やぶ)りというのは,こちらの早合点(はやがてん)という可能性もあながち否定(ひてい)できません。

 先程(さきほど)天乃(あまの)様がおっしゃったとおり,記憶喪失(きおくそうしつ)であるとの主張(しゅちょう)は,(いささ)突拍子(とっぴょうし)がないものではありますが,(あらた)めて振り返ってみると,客観的事実(きゃっかんてきじじつ)と何ら矛盾(むじゅん)しておらず,この天空(てんくう)にはそれが明確(めいかく)虚偽(きょぎ)であると断定(だんてい)することができないのです。

 ならばこそ――」

「――オレの立場を尊重(そんちょう)するならば,ってことか?」

「ええ,この天空(てんくう)は,初めから(もう)しております。

 天乃(あまの)様の立場を尊重(そんちょう)します,と。

 ならば,我々は今回の不幸な事故については,最悪の事態(じたい)を未然に防止(ぼうし)し得たものとして,(ふたた)び手を取ることができるのではないかと。そう思う次第(しだい)なのですよ」


 そういうと,天空(てんくう)天乃(あまの)微笑(ほほえ)みかけ,手を差し出す。


「つまり,今回の件は不問(ふもん)にするってことか?」

「ええ。

 その上で,協定(きょうてい)遵守(じゅんしゅ)して頂ければ,この天空(てんくう)としては文句(もんく)はありません。

 今回は不幸な事故だったということで」

「こっちもそれに異存(いぞん)はないよ」


 天乃(あまの)としては,()め事が起こらないならそれに()したことはないので,天空(てんくう)の手を握り,提案に乗ることにする。


「ありがとうございます。

 ですが,そうなると,今後,協定(きょうてい)はいかがいたしましょうか?」

「えぇっと」

「ああ,天乃(あまの)様の立場を尊重(そんちょう)するのであれば,この協定(きょうてい)に関する説明が必要ですね。なにせ,記憶にないのですから。

 この協定(きょうてい)の目的ですが――」

「待て,そこな召喚体(しょうかんたい)


 話をまとめに()かろうとしていた天空(てんくう)に対し,英莉(えり)が声をかける。

 天空(てんくう)は,天乃(あまの)の手を放し,英莉(えり)のほうに向きなおる。


「はい?

 ええっと,お名前を(うかが)ってもよろしいですか?」

「そこは今は重要ではない。

 それより,お主には主殿(あるじどの)の立場を尊重(そんちょう)する心が不足(ふそく)しとるようじゃの」


 どうやら,英莉(えり)は,タブレットで遊んでいただけではなく,ちゃんと話も聞いていたようである。


「はて? といいますと?」

主殿(あるじどの)の立場を尊重(そんちょう)した場合,()()()()()()()()殿()()()()()()()()()()()()()()()?」

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