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Replica  作者: 根岸重玄
登校騒乱編
36/286

魔術実習

2036年6月7日午前11時28分


 全ての競技(きょうぎ)の測定を終えた水無月(みなづき)たちは,訓練場に場所を変え,魔術(まじゅつ)実習の準備を始める。

 なお,他の生徒はまだ競技(きょうぎ)の測定中である。というより,目標点に届くまで反復して競技(きょうぎ)の練習をするのが通常なのであって,彼女らのように1回だけ記録を(はか)って退散(たいさん)するという方が例外なのである。

 緋澄(ひずみ)天空(てんくう)が中央で向かい合い,水無月(みなづき)狗飼(いぬかい)がそれを俯瞰(ふかん)できる観客席に陣取(じんど)る。


「――ねえ,毎回思うんだけど,この3対1の変則組手(へんそくくみて)って私の負担半端(はんぱ)なくない?」


 3人を相手取らなくてはいけない側である緋澄(ひずみ)愚痴(ぐち)をこぼす。


「いえ,正直な話,この3対1の変則組手(へんそくくみて)でようやく対等という時点で,この天空(てんくう)戦慄(せんりつ)を覚えます」

「そうねぇ,まこちゃんは,戦力面を買われて戦術級になったわけじゃないのに,対人戦が強すぎるんだもの」

「そうよ,か弱いアタシたちが()って入ったら瞬殺(しゅんさつ)されるわ」


 そういって,水無月(みなづき)狗飼(いぬかい)緋澄(ひずみ)非難(ひなん)がましい目を向ける。

 現在,緋澄(ひずみ)天空(てんくう)が直接魔術(まじゅつ)を用いながら実戦形式の組手を行い,横から水無月(みなづき)狗飼(いぬかい)天空(てんくう)を支援するという構造(こうぞう)が採用されている。


「わかってるわよ。

 でも,さすがにそろそろそっちのコンビネーションが私の挙動を上回りつつあんのよねー。

 どうしたもんかしら」


 実際,入学直後は3対1でも緋澄(ひずみ)が圧勝していたのだが,ここ最近は天空(てんくう)の挙動の最適化と水無月(みなづき)魔術(まじゅつ)との連携(れんけい)が上達した結果,緋澄(ひずみ)は押され気味なのである。


「そうなれば,順次(じゅんじ)狗飼(いぬかい)水無月(みなづき)を参加させることになるだろう」


 ぼやく緋澄(ひずみ)の声に反応したのは,監督のためにやってきた担任の伏見(ふしみ)である。

 今は,先程のスーツ姿ではなく,ジャージ姿である。


「確かに,そうなると,この天空(てんくう)はお嬢様方の護衛(ごえい)に意識を()く必要ができますので,今までのようにはいかないでしょうね」

「えぇぇぇ,ふぅちゃん。

 手を抜きましょう。そうしよぉ」


 冷静に戦況分析(せんきょうぶんせき)を始める天空(てんくう)と物ぐさな狗飼(いぬかい)の声に,水無月(みなづき)伏見(ふしみ)は嫌な笑みを浮かべる。


「やぁよ。アタシはともかく,少なくとも,アンタは参加した方がいいわ」

水無月(みなづき)の言う通りだな。

 狗飼(いぬかい),今日はお前も参加しろ」


 そして,伏見(ふしみ)の一言で狗飼(いぬかい)の参加が決定する。


「鬼ぃぃ。あ,あの,まこちゃんは――」

「――もちろん,狗飼(いぬかい)を集中砲火するわ」


 緋澄(ひずみ)狗飼(いぬかい)に向けてぐっと力強く親指を立てる。


「やめてよぉおぉ。

 もぉ,なんで,みんなしてイジメるのぉぉぉぉ」

「お嬢様」

天空(てんくう)はっ!! 天空(てんくう)は味方だよね?」

「その,ドンマイです」

「おざなり!! 反応がおざなりだよぉぉ」


 緋澄(ひずみ)と向き合う天空(てんくう)の背後に,おずおずと移動する狗飼(いぬかい)が立たされる。

 水無月(みなづき)狗飼(いぬかい)天空(てんくう)は事前に打ち合わせをする。


「あのぉ,わたくしはどうすればぁ?」

「そうですね,この天空(てんくう)は――しばらく緋澄(ひずみ)様と踊るとしましょう。

 あとは,いつもの要領でお願いしますね,お嬢様方」

「はぁい,仕方ないかぁ。痛いのヤだもんねぇ。

 じゃあ,ふぅちゃんは支援お願いねぇ」

「了解」


 やだやだと首を振り,不承不承(ふしょうぶしょう)ながらもなんだかんだ真面目(まじめ)に取り組もうとする狗飼(いぬかい)に背を向け,天空(てんくう)緋澄(ひずみ)と向き合う。


「というわけで,この天空(てんくう)と一曲踊っていただけますか? 緋澄(ひずみ)様」

「私としては,後ろのお嬢様と踊りたいなー,なんて」

「それでは,この天空(てんくう)をどうぞ(かわ)して行ってください」

「そんな気はこれっぽっちもないくせに」


 向かい合う緋澄(ひずみ)天空(てんくう)は互いに(かま)えをとる。

 それを俯瞰(ふかん)する観客席に水無月(みなづき)伏見(ふしみ)がおり,緋澄(ひずみ)天空(てんくう)の様子を見た伏見(ふしみ)が口を開く。


「準備は良さそうだな。

 ――では,始め」


 伏見(ふしみ)の声と共に仕掛けたのは緋澄(ひずみ)である。

 およそ,人間とは思えない速度によって,一息で天空(てんくう)との間にあった距離を詰める。


 緋澄(ひずみ)の速度の理由は,魔力(まりょく)を身に(まと)う技術――『装甲(そうこう)』と,魔力(まりょく)を一定の指向性をもたせて噴出(ふんしゅつ)する技術――『遠投(えんとう)』の組み合わせである。

 これにより,魔力(まりょく)を身に(まと)い,噴出(ふんしゅつ)させた魔力(まりょく)の勢いを利用して接敵(せってき)しているのである。

 『装甲(そうこう)』や『遠投(えんとう)』は,魔力(まりょく)を用いる技術であるが,魔力(まりょく)操作の部類であり,厳密にいえば魔術(まじゅつ)ではない。

 『装甲(そうこう)』や『遠投(えんとう)』による見かけ上の身体能力の向上は魔術(まじゅつ)の定義にいう『事象の改変』に該当しないからというのが理由である。

 したがって,これは,あくまで,身体の動きの補助を行っているだけということになる。

 なお,身体能力を向上させる魔術(まじゅつ)というのは別に存在したりする。


 一気に接敵を許した天空(てんくう)は,それでもその表情に一切の変化はない。

 冷静に半歩身体をずらして緋澄(ひずみ)の攻撃の衝撃(しょうげき)()らし,カウンターを叩きこもうとする。

 緋澄(ひずみ)は,天空(てんくう)の動きを予想していたように,天空(てんくう)が体をずらした反対側に体をねじ込み,無理矢理天空(てんくう)(かわ)す。


「え?」


 困惑した声を出したのは,緋澄(ひずみ)である。

 緋澄(ひずみ)は,宣言通(せんげんどお)り,天空(てんくう)(かわ)して狗飼(いぬかい)を狙うつもりであった。

 しかし,天空(てんくう)の後ろに控えていたはずの狗飼(いぬかい)は,緋澄(ひずみ)の目の前――正確にいうと目線の下に(ひか)えていた。

 天空(てんくう)が障害物となり,接近する狗飼(いぬかい)を隠していたのだ。

 狗飼(いぬかい)が攻撃に参加するとは思っていなかった緋澄(ひずみ)は,とっさに体を(ひね)って()びてくる狗飼(いぬかい)の手を(かわ)そうとする。


「『我,汝に停止を命ず(うごくな)』」


 狗飼(いぬかい)が低い体勢(たいせい)から伸ばした手が緋澄(ひずみ)の腕に触れる直前,(のが)れようとした緋澄(ひずみ)に対し,水無月(みなづき)が最高のタイミングで妨害を行う。

 これにより,緋澄(ひずみ)の行動が一瞬阻害(そがい)される。

 次の瞬間,緋澄(ひずみ)の身体が狗飼(いぬかい)の身体を(じく)(ちゅう)を回転し,ものすごい勢いで仰向(あおむ)けに地面に叩きつけられていた。

 緋澄(ひずみ)クラスの『装甲(そうこう)』がなければ重傷を負いかねない危険技に,監督役である伏見(ふしみ)が頭を(かか)える。


「どうだ,まいったかぁ。

 わたくしもやればできるんですよぉ」

「お嬢様方,さすがにこれは……やりすぎでは。

 この天空(てんくう)もドン引きです」


 作戦がうまくはまって勝ち(ほこ)狗飼(いぬかい)天空(てんくう)は苦言を(てい)する。


「――《(いばら)女王(じょうおう)》」

「――『我,汝に回避を命ず(かわしなさい)』!!」


 次の瞬間,仰向(あおむ)けに倒れたままだった緋澄(ひずみ)が,その体勢のまま不自然に起き上がり,狗飼(いぬかい)に急接近する。


「えぇ?」


 水無月(みなづき)の『王宮勅令(おうきゅうちょくれい)』を受け,意思とは無関係に体が動いた狗飼(いぬかい)は,それでもとっさに緋澄(ひずみ)から距離をとろうとするが,腕に巻き付いた何かにより,動きが阻害(そがい)される。


「お返し」


 そういって笑みを浮かべる緋澄(ひずみ)に引き寄せられた狗飼(いぬかい)は,そのまま緋澄(ひずみ)に文字通り,宙に投げ飛ばされる。


「うっそぉぉぉ」

「お嬢様!」


 天空(てんくう)は,宙を()狗飼(いぬかい)の落下地点にとっさに回り込み,その体を受け止める。


「そうすると思ったわ。だから――

 ――《(いばら)女王(じょうおう)》は,今,発現する」


 緋澄(ひずみ)がそう(つぶや)いた瞬間,狗飼(いぬかい)の腕に巻き付いていた(つた)が急速に成長し,まるでそれ自体に意思があるように,狗飼(いぬかい)天空(てんくう)雁字搦(がんじがら)めにする。


「これはっ,《(いばら)女王(じょうおう)》!?

 なるほど,最初のお嬢様の投げ技に対してもこれを使って,地面との間に即席(そくせき)のクッションを作ってダメージを軽減(けいげん)したわけですか」

「えぇ!? ずるぅい」


 天空(てんくう)は冷静に戦況を分析し,狗飼(いぬかい)天空(てんくう)(から)まり合った状態を(だっ)しようとジタバタしている。


「ずるくないわよ。それより,狗飼(いぬかい)ってば,随分(ずいぶん)とえげつない投げ技使うわね? えぇ?」

「あははぁ,だってぇ。

 わたくし,痛いの嫌なんだもん」

「それに,水無月(みなづき)。あんたも知ってたわね? 狗飼(いぬかい)の腕前。

 あれは何かを(かじ)ってなきゃできないわ」

「そりゃあ,朱音(あかね)とは眞琴(まこと)とより付き合いも長いからね。

 でも,ただの護身術だってゆう話よ?」

「護身術というには過剰(かじょう)じゃない?」

「それよりそんな余裕(よゆう)かましてていいの?

 伏見(ふしみ)は,まだ終わりだとはゆってないわよ?」

「え?」


 後ろを指差す水無月(みなづき)に,(ほう)けた顔を向ける緋澄(ひずみ)

 次の瞬間,緋澄(ひずみ)側頭部(そくとうぶ)目掛けて,(するど)()りが炸裂(さくれつ)する。


「うわああ」


 緋澄(ひずみ)はとっさに体を(かが)めて,その蹴りを回避(かいひ)する。


天空(てんくう)!? なんで!?」


 その蹴りを放ったのは拘束されていたはずの天空(てんくう)である。

 なお,狗飼(いぬかい)は相変わらず(つた)(から)まれて四苦八苦している。


「――《天空召喚(てんくうしょうかん)》。

 忘れておられるかもしれませんが,この天空(てんくう)は人間ではないのですよ,緋澄(ひずみ)様?」

「へっへぇんだ。

 天空(てんくう)を再度召喚し直したんだよぉ。

 召喚場所はある程度,わたくしが選べるからね。

 もぉ,この(つた)邪魔(じゃま)ぁあぁ」

「なるほど,擬似空間転移(ぎじくうかんてんい)ってワケ?

 天空(てんくう)に対して拘束は無意味ということね」

「そういうことです。

 それよりお嬢様,いつまで遊んでおられるのですか?」

「遊んでないしぃ。

 わたくし,結構真剣に困ってるのぉ」

「……鉄扇(てっせん)を使われてはいかがでしょう?」

「持ってきてないぃぃぃ」

「はあ」


 天空(てんくう)はため息をつくと,メイド服の中から1本の(おうぎ)を取り出し,地面でバタバタしている狗飼(いぬかい)に手渡す。

 その扇は鉄でできたいわゆる鉄扇(てっせん)であり,複数の札状(ふだじょう)鉄板(てっぱん)が合わさって1本の扇となっているように見える。

 そして,1枚の札にはその一面に模様(もよう)が描かれており,見るものが見ればそれが魔方陣だとわかるものとなっている。

 狗飼(いぬかい)鉄扇(てっせん)を受け取ると,それをもって(つた)を切り()き,拘束を脱した。


「さすが天空(てんくう)ね。

 わたくしの鉄扇(てっせん)を持ってるなんて」

「それは予備ですよ,お嬢様。

 せっかくですので,このまま鉄扇(てっせん)を使われてはいかがですか?」

「えぇぇぇ,疲れるもぉん」

「ですが,やはり,緋澄(ひずみ)様に対抗するには使える選択肢を増やしませんと。

 このままでは打つ手がありません」

「まぁ,そうなるかぁ。

 さっきの奇襲(きしゅう)はうまくいかなかったもんねぇ」


 狗飼(いぬかい)鉄扇(てっせん)を閉じたり開いたりしながら,不承不承という感じで天空(てんくう)に従う。


「武器の使用はどうなのよ? 伏見(ふしみ)先生」


 緋澄(ひずみ)伏見(ふしみ)にレギュレーションを確認する。


「まぁ,さすがに禁止だ」

「待ちなさい,伏見(ふしみ)

 朱音のあれは武器ではないわ。

 よく見ればわかるけど,あれはどちらかというと魔装具(まそうぐ)部類(ぶるい)よ。

 あれがないと,朱音(あかね)真価(しんか)発揮(はっき)できないの。

 武器として使用しないのなら問題ないでしょ」


 武器は禁止とする伏見(ふしみ)に対し,水無月(みなづき)異議(いぎ)を述べる。

 魔装具(まそうぐ)とは,魔術(まじゅつ)発動の補助,威力(いりょく)増幅(ぞうふく),追加効果の付与(ふよ)などを行う道具の総称(そうしょう)であり,一般的なイメージだと(つえ)(ほうき)などがこれにあたる。

 魔術(まじゅつ)実習は魔術(まじゅつ)の使用の訓練(くんれん)であることから,この魔装具(まそうぐ)の使用は認められているのである。


「そういうことなら,あり,か」

「聞いたわね,朱音(あかね)

 その鉄扇(てっせん)を武器として使用するのは禁止よ」

「わかってるよぉ。

 さすがに,これで切りつけるのが魔術(まじゅつ)実習でないことくらいはわたくしにもわかるよぉ」

魔装具(まそうぐ)? あの鉄扇(てっせん)が?」


 緋澄(ひずみ)狗飼(いぬかい)魔装具(まそうぐ)を用いるところを見たことがない。

 そもそも,魔装具は,未熟(みじゅく)魔術師(まじゅつし)魔術(まじゅつ)の発動を補助(ほじょ)するものという認識が根深(ねぶか)いことから,最上級魔術師(まじゅつし)である狗飼(いぬかい)がそれを用いるのは不自然なこととして(うつ)るのである。


「じゃあ,いっくよぉ」

「そうですね。

 緋澄(ひずみ)様,今度こそ,この天空(てんくう)(おど)っていただきます」


 先ほどとは異なり,先に仕掛けたのは天空(てんくう)である。

 緋澄(ひずみ)との距離を()め,緋澄(ひずみ)に一気に肉薄(にくはく)する。

 緋澄(ひずみ)釈然(しゃくぜん)としないものを感じながらもそれに応戦(おうせん)する。

 天空(てんくう)(こぶし)が下から(えぐ)るように(はな)たれる。

 緋澄(ひずみ)はそれを横に払うために天空(てんくう)の腕に触れる。


「痛ッッ」


 天空(てんくう)の腕に触れた瞬間,緋澄(ひずみ)は腕に触れた手のひらに(にぶ)い痛みを覚える。


(何? 今の。

 『装甲(そうこう)』越しにこれだけのダメージって……)


 原因不明の痛みに襲われ,困惑する緋澄(ひずみ)に対し,天空(てんくう)は腕を払われながらも接近戦を(いど)む。

 天空(てんくう)は,(こぶし),脚,腕,(ひざ)などを次々と繰り出し,緋澄(ひずみ)に嵐のような乱打(らんだ)を仕掛ける。

 それはまさしく,本人が言っていた通り,舞踊(ぶよう)のようである。


(普段より,天空(てんくう)の動きが若干(じゃっかん)速い。

 それにこの謎のダメージ。

 天空(てんくう)に触れたところが,さっきから(しび)れるッ。

 これは,多分,電撃(でんげき)!!

 だったら――)


「《(いばら)女王(じょうおう)》!!」


 緋澄(ひずみ)の拳にどこからともなく現れた(つた)が巻き付き,何重にも(おお)い,ボクシンググローブのように緋澄(ひずみ)の手を覆い隠す。

 そのまま緋澄(ひずみ)天空(てんくう)の攻撃を後ずさりながら(つた)で覆った拳で弾く。


「なるほど,(つた)で防ごうというわけですか。

 それでは,こちらも出力を上げていきます。

 ――《雷天(らいてん)》」


 そう告げると,天空(てんくう)紫電(しでん)(まと)い,(あわ)く発光する。

 天空(てんくう)の周りの中空に複数の紫電(しでん)が走り,パチパチと火花が散る。


「……冗談(じょうだん)キツイって。

 なんで今日に限って新技が次々出てくんのよ」


 召喚体である天空(てんくう)魔術(まじゅつ)を使用するという通常ではありえない現象を前に,緋澄(ひずみ)が現実逃避気味に狗飼(いぬかい)の方を一瞥(いちべつ)すると,狗飼(いぬかい)はなにやら鉄扇(てっせん)を持ち上げて,顔の前の位置で開閉(かいへい)を繰り返している。


(なにあれ,すっごく怪しいわね)

余所(よそ)見ですか,緋澄(ひずみ)様?」


 雷を()びた状態の天空(てんくう)は,先程とは比べ物にならない威力の掌底(しょうてい)を突き出す。


「うわっ」


 緋澄(ひずみ)はとっさに上体を逸らして掌底を避けるが,天空(てんくう)の拳が(まと)っていた紫電が走り,躱したはずの緋澄(ひずみ)が感電する。


「いっったい,わねぇ!!

 でも,じゃあ,これはどう対応する,天空(てんくう)

 ――《(いばら)女王(じょうおう)》!」


 バックステップで距離をとった緋澄(ひずみ)の身体から(げき)的な速度で成長した(つた)天空(てんくう)(せま)る。


「ふっ!!」


 天空(てんくう)は周囲に放電し,迫る(つた)を焼き払おうとする。

 しかし,迫る(つた)の量の方が多い。

 既に視界を覆い尽くさんとするほどに成長した(つた)の壁に対し,天空(てんくう)は一歩下がり,『遠投(えんとう)』の要領で一点に威力を集中させた雷を(つた)の壁に向けて放つ。

 雷が落ちたような轟音(ごうおん)と共に,一瞬,(つた)の壁に空隙が生じたものの,すぐに他の(つた)がその穴を覆い隠す。

 そのまま(つた)洪水(こうずい)天空(てんくう)を飲み込み,その姿が見えなくなった。

 (つた)は,そのまま後ろにいた狗飼(いぬかい)に向かって迫っていく。


「――《天空召喚(てんくうしょうかん)》」


 狗飼(いぬかい)がそうつぶやくと,(つた)の壁に飲まれたはずの天空(てんくう)が,狗飼(いぬかい)の目前に現れる。


「これは,いかがいたしますか,お嬢様?」

「うーん。焼くしかないかなぁ。ここら一帯」

「よろしいのですか?」

「よくないかもだけどぉ,わたくし達的にはそれくらいしか手段はないでしょう?

 《炎天(えんてん)》,使うよ,天空(てんくう)


 徐々に迫ってくる(つた)の壁を前に,狗飼(いぬかい)鉄扇(てっせん)を振り上げて,大きく開く。

 狗飼(いぬかい)(くちびる)の動きを読んでいた水無月(みなづき)伏見(ふしみ)に声をかける。


「まずっ,伏見(ふしみ)

 朱音あかねを止めなさい。この建物ごと火の海にする気よ!」

「なに!? おい,狗飼(いぬかい)――」


「――《炎天(えんてん)》」


 伏見(ふしみ)狗飼(いぬかい)に向かって声を上げた瞬間,天空(てんくう)の足元から火柱(ひばしら)が上がる。天空(てんくう)に迫っていた(つた)は火柱に触れることで炎上する。


伏見(ふしみ),アンタは天空(てんくう)を止めなさい!」


 そう言って,水無月(みなづき)は観客席から飛び降りたかと思うと,足場に接触する寸前(すんぜん)に浮き上がる。


 魔力(まりょく)操作技の極致(きょくち)飛翔(ひしょう)』である。

 純粋な魔力(まりょく)を操る技術のみで身体を浮かし,移動する『飛翔(ひしょう)』の原理は,突き詰めれば,有り余る魔力(まりょく)の暴力とでもいうべきものである。

 自分の魔力(まりょく)を『装甲(そうこう)』の要領で(まと)い,『送球』の要領で緻密(ちみつ)な操作を行い,『遠投(えんとう)』の要領で噴出(ふんしゅつ)させ,『妨害』の要領ようりょうで暴走を抑え,『対戦』の要領ようりょうで配分を行う。

 これに加えて,身体を浮かせるほどの膨大な魔力(まりょく)を常時使用し続けるほどの魔力(まりょく)保有量があって初めて『飛翔』に至るのである。


 水無月(みなづき)は,空中を『飛翔』し,(つた)の壁を迂回し,緋澄(ひずみ)の隣に着地する。


水無月(みなづき)?」

「問答は後!

 死にたくなかったら(つた)魔力(まりょく)で覆いなさい,全力で!」


 水無月(みなづき)は,緋澄(ひずみ)の身体から伸びている(つた)(たば)を強引に手で握る。


「いい? 多分,アンタの方がこの(つた)魔力(まりょく)を通すのは簡単だと思う。

 アタシがやるのを見て,『装甲(そうこう)』の要領で(つた)魔力(まりょく)で覆うのよ! わかった!?」

「わかったけどさ」

「なら,やる!」

「は,はい」


 水無月(みなづき)の掌から魔力(まりょく)が伝い,(つた)を覆っていく。


「……器用なもんね。

 要は,この(つた)を身体の延長と定義して,魔力(まりょく)で覆うのよね?」

「無駄口叩いてないでやりなさい。

 伏見(ふしみ)天空(てんくう)を制圧するまで,この(つた)にこれ以上引火しないようにしないと――」


 迫る炎を前に,水無月(みなづき)魔力(まりょく)(つた)を覆う。

 しかし,魔力(まりょく)でコーティングされて防御されているはずの(つた)にはあっさりと炎が引火する。


「なっ,覆っていた魔力(まりょく)が燃えた!?」

「――ねぇ,水無月(みなづき)


 その様子を見ていた緋澄(ひずみ)水無月(みなづき)に声をかける。


「つまり,(つた)に引火しなけりゃいいんでしょ?」

「そうだけど」

「なら,こうしましょう。

 《(いばら)女王(じょうおう)》」


 緋澄(ひずみ)がそういうと,緋澄(ひずみ)から伸びる(つた)が急速に生気を失い,枯れていく。


「《(いばら)女王(じょうおう)》は,植物に対する絶対的な生殺与奪(せいさつよだつ)権を得る魔術(まじゅつ)

 ――引火が怖いなら,こうして()らしてしまえばいい」


 (つた)の壁を形成していた大量の(つた)はみるみる枯れていく。


「ちょっと待って。

 枯れた植物って水分がないからよく燃えるんじゃ……」

「かもね。だけど,それでいいのよ。

 こっちはもっとももっと()ちさせるんだから。

 ()()()()()()()()()()()()


 枯れた(つた)が徐々に原形を失って(くず)れ落ちていき,炎から生じる風に乗って宙を舞う。

 視界を覆っていた大量の(つた)は,ほんの数秒で粉末状(ふんまつじょう)に朽ち果て,完全に視界から消え去る。


「やっぱ,スケールが違うわね」

「そうでもないわよ」


 そして,水無月(みなづき)たちの視界を遮っていた(つた)の壁が朽ち果てると,視界には炎を(まと)天空(てんくう)とそれを押さえ付ける伏見(ふしみ)がいた。


「あの,伏見(ふしみ)先生。熱くはないのですか?

 こう見えてこの天空(てんくう)(まと)うこの炎――《炎天えんてん》は物理現象のものではなく,魔術(まじゅつ)的な特殊な炎でして。

 先生への引火は(かろ)うじて防止していますが,熱までは防げないですよ?」

「そうだな。皮膚(ひふ)が燃やされているかような感覚だ。

 相当に熱いな」

「――それに,炎が引火したらどうなさる御積(おつ)もりだったので?

 (ひか)えめに言って死ぬと思うのですが」

「ああ,それは問題ない。

 たかが学生の魔術(まじゅつ)に殺されるほど,()抜けてはいないつもりだ。

 対策もなく炎に突っ込むほど(おろ)かではない」

「だとよいですが……

 お嬢様,《炎天》を解除します」

「そうだね」


 狗飼(いぬかい)の言葉と同時に,天空(てんくう)(まと)っていた炎が消失する。

 伏見(ふしみ)は,炎が消えた天空(てんくう)の上から退く。


「……なるほど,引火する対象を選べるというのはどうやら本当のようだな。

 炎の熱さは本物だったが,この服には()(あと)一つない。

 それに,施設(しせつ)のほうも同様か。

 一応,お前らなりの考えはあったということか。

 こちらの考えで止めたが,早計(そうけい)だったようだな」

「そうでもないわよ,伏見(ふしみ)


 そう声を上げたのは水無月(みなづき)である。


「アンタが,『装甲(そうこう)』も使わずに天空(てんくう)を抑えたのは実は正解。

 もしそんなことしたらいまごろアンタは火達磨(ひだるま)になってたわよ?

 さっきの火は魔力(まりょく)に反応してそれを燃やす設定になってたの。

 つまり,魔力(まりょく)(かたまり)である眞琴(まこと)(つた)の広がり次第では大惨事(だいさんじ)になることもあり得たわ。

 それに,熱は本物ってことは触れれば火傷(やけど)くらいはするし,物が変形したりはするんじゃないの?

 ま,伏見(ふしみ)は大丈夫なんでしょうけど」


 そういう水無月(みなづき)の言葉を裏付(うらづ)けるかのように狗飼(いぬかい)は気まずそうに目を()らす。


「どうやら自覚はあったみたいね」

「えぇぇぇ,だって。ねぇ,天空(てんくう)

「お嬢様? この天空(てんくう)もやり過ぎだと思っていました」


 水無月(みなづき)追及(ついきゅう)狗飼(いぬかい)は逸らした目線を戻し,天空(てんくう)に謎の同意を求める。

 もっとも,その天空(てんくう)はあっさりと主人を裏切るのだが。


「あっ,ずるい天空(てんくう)

 わたくしに責任を押し付けて逃げる気ね!?」

「押し付けるも何も。

 人間社会において,この天空(てんくう)が責任を負うことなどできないでしょうに。

 所詮,この天空(てんくう)の身は,召喚体にすぎないのですから」

「そぉなんだろぉけどさぁ。

 もっとわたくしを(かば)ってくれてもいいじゃなぁあぁぁい。

 ちゃんと甘やかしてよぉぉぉ」

「相変わらず,面倒な性格をしていますね,お嬢様」


 憤慨(ふんがい)して涙目になる狗飼(いぬかい)に対し,天空(てんくう)はにべもない返答をする。


「それより,狗飼(いぬかい)っていうか,天空(てんくう)のほうだけどさぁ。

 さすがに,性能の隠蔽(いんぺい)が過ぎるんじゃない?

 天空(てんくう)魔力(まりょく)操作技能はもともと水無月(みなづき)に匹敵するレベルじゃない?

 そこに,あれだけの魔術(まじゅつ)が使えるなら,レベル4相当って,明らかに過小評価だと思うんだけど」


 緋澄(ひずみ)が指摘するように,天空(てんくう)の公式の魔術師(まじゅつし)としての格は上級魔術師(まじゅつし)相当である。

 そもそも,魔術(まじゅつ)を扱う召喚体は非常に稀有(けう)な存在なので,召喚体に魔術師(まじゅつし)としての評価が付与(ふよ)されていること自体例外中の例外なのだが,それでも,緋澄(ひずみ)の体感では天空(てんくう)の格は,上級よりも1つ上,最上級魔術師(まじゅつし)としての性能はあると思われたのである。


「違うわ,眞琴(まこと)。もしそう見えたのなら,それは朱音(あかね)の方の実力よ。

 天空(てんくう)の公式レベルは決して偽りではないはずよ。

 まぁ,他人の術式の詳細を本人の同意なく開示するのはマナー違反だから,アタシはこれ以上ゆわないけど」

「えぇっとね,わたくしは別に隠すほどことでもないと思うんだけど。

 これに関しては実家がうるさいの。ごめんねぇ」

「あぁ,なるほど,実家ね。

 それはそうでしょ。まぁ,私は気にしないわ」


 緋澄(ひずみ)としては,どうして水無月(みなづき)が詳細を知っているのかの方が気になったが,狗飼(いぬかい)の「実家がうるさい」という言葉に理解を示す。

 狗飼(いぬかい)の実家は,数少ない原型(げんけい)術師の家系である。

 原型術師は,特定の特性に特化している代わりにそれ以外の特性には一切の適性がないという家系であり,狗飼(いぬかい)家の特化している特性は「従属」である。

 従属特性というのは,主に自己に従属するものを操作する特性である。

 例を挙げれば,アーサー・リードの用いた『十三騎士』がこれに当たる。

 狗飼(いぬかい)家は自らが召喚した召喚体を従属させる魔術(まじゅつ)のみを用いる。

 その狗飼(いぬかい)家が唯一使用できる術式の詳細を秘匿(ひとく)しようとするのは,至極(しごく)当然のことであった。


「ただ,天空(てんくう)があのレベルで動けて,あれだけ多彩(たさい)魔術(まじゅつ)を使えるとなると,水無月(みなづき)がそっちにつくのはちょっと遠慮してもらいたいわね」

「ちょっとまってよ,まこちゃん。

 むりだって,むりむり。天空(てんくう)を毎回あのレベルで動かすのはむりぃぃぃ。

 わたくしのキャパ的にあの状態は長く持たないの。

 天空(てんくう),何か言って! 説得力のある言葉を!」


 (あせ)狗飼(いぬかい)の言葉に一瞬黙考した天空(てんくう)が口を開く。


「お嬢様は,物ぐさな方ですので」

「「「なるほど」」」


 天空(てんくう)の無情な一言に図らずも伏見(ふしみ)を含めた全員が納得を示す。


「それで納得しないでぇ!? 違う,違うの!

 これは本気のダメなやつなんだからぁぁ。

 もぉぉぉ天空(てんくう)ぅぅぅぅ!!」

「皆さん,納得されましたが?」

天空(てんくう)のばかぁぁぁ!」

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