魔術実習
2036年6月7日午前11時28分
全ての競技の測定を終えた水無月たちは,訓練場に場所を変え,魔術実習の準備を始める。
なお,他の生徒はまだ競技の測定中である。というより,目標点に届くまで反復して競技の練習をするのが通常なのであって,彼女らのように1回だけ記録を測って退散するという方が例外なのである。
緋澄と天空が中央で向かい合い,水無月と狗飼がそれを俯瞰できる観客席に陣取る。
「――ねえ,毎回思うんだけど,この3対1の変則組手って私の負担半端なくない?」
3人を相手取らなくてはいけない側である緋澄が愚痴をこぼす。
「いえ,正直な話,この3対1の変則組手でようやく対等という時点で,この天空は戦慄を覚えます」
「そうねぇ,まこちゃんは,戦力面を買われて戦術級になったわけじゃないのに,対人戦が強すぎるんだもの」
「そうよ,か弱いアタシたちが割って入ったら瞬殺されるわ」
そういって,水無月と狗飼が緋澄に非難がましい目を向ける。
現在,緋澄と天空が直接魔術を用いながら実戦形式の組手を行い,横から水無月と狗飼が天空を支援するという構造が採用されている。
「わかってるわよ。
でも,さすがにそろそろそっちのコンビネーションが私の挙動を上回りつつあんのよねー。
どうしたもんかしら」
実際,入学直後は3対1でも緋澄が圧勝していたのだが,ここ最近は天空の挙動の最適化と水無月の魔術との連携が上達した結果,緋澄は押され気味なのである。
「そうなれば,順次,狗飼と水無月を参加させることになるだろう」
ぼやく緋澄の声に反応したのは,監督のためにやってきた担任の伏見である。
今は,先程のスーツ姿ではなく,ジャージ姿である。
「確かに,そうなると,この天空はお嬢様方の護衛に意識を割く必要ができますので,今までのようにはいかないでしょうね」
「えぇぇぇ,ふぅちゃん。
手を抜きましょう。そうしよぉ」
冷静に戦況分析を始める天空と物ぐさな狗飼の声に,水無月と伏見は嫌な笑みを浮かべる。
「やぁよ。アタシはともかく,少なくとも,アンタは参加した方がいいわ」
「水無月の言う通りだな。
狗飼,今日はお前も参加しろ」
そして,伏見の一言で狗飼の参加が決定する。
「鬼ぃぃ。あ,あの,まこちゃんは――」
「――もちろん,狗飼を集中砲火するわ」
緋澄は狗飼に向けてぐっと力強く親指を立てる。
「やめてよぉおぉ。
もぉ,なんで,みんなしてイジメるのぉぉぉぉ」
「お嬢様」
「天空はっ!! 天空は味方だよね?」
「その,ドンマイです」
「おざなり!! 反応がおざなりだよぉぉ」
緋澄と向き合う天空の背後に,おずおずと移動する狗飼が立たされる。
水無月と狗飼と天空は事前に打ち合わせをする。
「あのぉ,わたくしはどうすればぁ?」
「そうですね,この天空は――しばらく緋澄様と踊るとしましょう。
あとは,いつもの要領でお願いしますね,お嬢様方」
「はぁい,仕方ないかぁ。痛いのヤだもんねぇ。
じゃあ,ふぅちゃんは支援お願いねぇ」
「了解」
やだやだと首を振り,不承不承ながらもなんだかんだ真面目に取り組もうとする狗飼に背を向け,天空は緋澄と向き合う。
「というわけで,この天空と一曲踊っていただけますか? 緋澄様」
「私としては,後ろのお嬢様と踊りたいなー,なんて」
「それでは,この天空をどうぞ躱して行ってください」
「そんな気はこれっぽっちもないくせに」
向かい合う緋澄と天空は互いに構えをとる。
それを俯瞰する観客席に水無月と伏見がおり,緋澄と天空の様子を見た伏見が口を開く。
「準備は良さそうだな。
――では,始め」
伏見の声と共に仕掛けたのは緋澄である。
およそ,人間とは思えない速度によって,一息で天空との間にあった距離を詰める。
緋澄の速度の理由は,魔力を身に纏う技術――『装甲』と,魔力を一定の指向性をもたせて噴出する技術――『遠投』の組み合わせである。
これにより,魔力を身に纏い,噴出させた魔力の勢いを利用して接敵しているのである。
『装甲』や『遠投』は,魔力を用いる技術であるが,魔力操作の部類であり,厳密にいえば魔術ではない。
『装甲』や『遠投』による見かけ上の身体能力の向上は魔術の定義にいう『事象の改変』に該当しないからというのが理由である。
したがって,これは,あくまで,身体の動きの補助を行っているだけということになる。
なお,身体能力を向上させる魔術というのは別に存在したりする。
一気に接敵を許した天空は,それでもその表情に一切の変化はない。
冷静に半歩身体をずらして緋澄の攻撃の衝撃を逸らし,カウンターを叩きこもうとする。
緋澄は,天空の動きを予想していたように,天空が体をずらした反対側に体をねじ込み,無理矢理天空を躱す。
「え?」
困惑した声を出したのは,緋澄である。
緋澄は,宣言通り,天空を躱して狗飼を狙うつもりであった。
しかし,天空の後ろに控えていたはずの狗飼は,緋澄の目の前――正確にいうと目線の下に控えていた。
天空が障害物となり,接近する狗飼を隠していたのだ。
狗飼が攻撃に参加するとは思っていなかった緋澄は,とっさに体を捻って伸びてくる狗飼の手を躱そうとする。
「『我,汝に停止を命ず』」
狗飼が低い体勢から伸ばした手が緋澄の腕に触れる直前,逃れようとした緋澄に対し,水無月が最高のタイミングで妨害を行う。
これにより,緋澄の行動が一瞬阻害される。
次の瞬間,緋澄の身体が狗飼の身体を軸に宙を回転し,ものすごい勢いで仰向けに地面に叩きつけられていた。
緋澄クラスの『装甲』がなければ重傷を負いかねない危険技に,監督役である伏見が頭を抱える。
「どうだ,まいったかぁ。
わたくしもやればできるんですよぉ」
「お嬢様方,さすがにこれは……やりすぎでは。
この天空もドン引きです」
作戦がうまくはまって勝ち誇る狗飼に天空は苦言を呈する。
「――《荊の女王》」
「――『我,汝に回避を命ず』!!」
次の瞬間,仰向けに倒れたままだった緋澄が,その体勢のまま不自然に起き上がり,狗飼に急接近する。
「えぇ?」
水無月の『王宮勅令』を受け,意思とは無関係に体が動いた狗飼は,それでもとっさに緋澄から距離をとろうとするが,腕に巻き付いた何かにより,動きが阻害される。
「お返し」
そういって笑みを浮かべる緋澄に引き寄せられた狗飼は,そのまま緋澄に文字通り,宙に投げ飛ばされる。
「うっそぉぉぉ」
「お嬢様!」
天空は,宙を舞う狗飼の落下地点にとっさに回り込み,その体を受け止める。
「そうすると思ったわ。だから――
――《荊の女王》は,今,発現する」
緋澄がそう呟いた瞬間,狗飼の腕に巻き付いていた蔦が急速に成長し,まるでそれ自体に意思があるように,狗飼と天空を雁字搦めにする。
「これはっ,《荊の女王》!?
なるほど,最初のお嬢様の投げ技に対してもこれを使って,地面との間に即席のクッションを作ってダメージを軽減したわけですか」
「えぇ!? ずるぅい」
天空は冷静に戦況を分析し,狗飼は天空と絡まり合った状態を脱しようとジタバタしている。
「ずるくないわよ。それより,狗飼ってば,随分とえげつない投げ技使うわね? えぇ?」
「あははぁ,だってぇ。
わたくし,痛いの嫌なんだもん」
「それに,水無月。あんたも知ってたわね? 狗飼の腕前。
あれは何かを齧ってなきゃできないわ」
「そりゃあ,朱音とは眞琴とより付き合いも長いからね。
でも,ただの護身術だってゆう話よ?」
「護身術というには過剰じゃない?」
「それよりそんな余裕かましてていいの?
伏見は,まだ終わりだとはゆってないわよ?」
「え?」
後ろを指差す水無月に,呆けた顔を向ける緋澄。
次の瞬間,緋澄の側頭部目掛けて,鋭い蹴りが炸裂する。
「うわああ」
緋澄はとっさに体を屈めて,その蹴りを回避する。
「天空!? なんで!?」
その蹴りを放ったのは拘束されていたはずの天空である。
なお,狗飼は相変わらず蔦に絡まれて四苦八苦している。
「――《天空召喚》。
忘れておられるかもしれませんが,この天空は人間ではないのですよ,緋澄様?」
「へっへぇんだ。
天空を再度召喚し直したんだよぉ。
召喚場所はある程度,わたくしが選べるからね。
もぉ,この蔦邪魔ぁあぁ」
「なるほど,擬似空間転移ってワケ?
天空に対して拘束は無意味ということね」
「そういうことです。
それよりお嬢様,いつまで遊んでおられるのですか?」
「遊んでないしぃ。
わたくし,結構真剣に困ってるのぉ」
「……鉄扇を使われてはいかがでしょう?」
「持ってきてないぃぃぃ」
「はあ」
天空はため息をつくと,メイド服の中から1本の扇を取り出し,地面でバタバタしている狗飼に手渡す。
その扇は鉄でできたいわゆる鉄扇であり,複数の札状の鉄板が合わさって1本の扇となっているように見える。
そして,1枚の札にはその一面に模様が描かれており,見るものが見ればそれが魔方陣だとわかるものとなっている。
狗飼は鉄扇を受け取ると,それをもって蔦を切り裂き,拘束を脱した。
「さすが天空ね。
わたくしの鉄扇を持ってるなんて」
「それは予備ですよ,お嬢様。
せっかくですので,このまま鉄扇を使われてはいかがですか?」
「えぇぇぇ,疲れるもぉん」
「ですが,やはり,緋澄様に対抗するには使える選択肢を増やしませんと。
このままでは打つ手がありません」
「まぁ,そうなるかぁ。
さっきの奇襲はうまくいかなかったもんねぇ」
狗飼は鉄扇を閉じたり開いたりしながら,不承不承という感じで天空に従う。
「武器の使用はどうなのよ? 伏見先生」
緋澄が伏見にレギュレーションを確認する。
「まぁ,さすがに禁止だ」
「待ちなさい,伏見。
朱音のあれは武器ではないわ。
よく見ればわかるけど,あれはどちらかというと魔装具の部類よ。
あれがないと,朱音は真価を発揮できないの。
武器として使用しないのなら問題ないでしょ」
武器は禁止とする伏見に対し,水無月は異議を述べる。
魔装具とは,魔術発動の補助,威力の増幅,追加効果の付与などを行う道具の総称であり,一般的なイメージだと杖や箒などがこれにあたる。
魔術実習は魔術の使用の訓練であることから,この魔装具の使用は認められているのである。
「そういうことなら,あり,か」
「聞いたわね,朱音。
その鉄扇を武器として使用するのは禁止よ」
「わかってるよぉ。
さすがに,これで切りつけるのが魔術実習でないことくらいはわたくしにもわかるよぉ」
「魔装具? あの鉄扇が?」
緋澄は狗飼が魔装具を用いるところを見たことがない。
そもそも,魔装具は,未熟な魔術師が魔術の発動を補助するものという認識が根深いことから,最上級魔術師である狗飼がそれを用いるのは不自然なこととして映るのである。
「じゃあ,いっくよぉ」
「そうですね。
緋澄様,今度こそ,この天空と踊っていただきます」
先ほどとは異なり,先に仕掛けたのは天空である。
緋澄との距離を詰め,緋澄に一気に肉薄する。
緋澄は釈然としないものを感じながらもそれに応戦する。
天空の拳が下から抉るように放たれる。
緋澄はそれを横に払うために天空の腕に触れる。
「痛ッッ」
天空の腕に触れた瞬間,緋澄は腕に触れた手のひらに鈍い痛みを覚える。
(何? 今の。
『装甲』越しにこれだけのダメージって……)
原因不明の痛みに襲われ,困惑する緋澄に対し,天空は腕を払われながらも接近戦を挑む。
天空は,拳,脚,腕,膝などを次々と繰り出し,緋澄に嵐のような乱打を仕掛ける。
それはまさしく,本人が言っていた通り,舞踊のようである。
(普段より,天空の動きが若干速い。
それにこの謎のダメージ。
天空に触れたところが,さっきから痺れるッ。
これは,多分,電撃!!
だったら――)
「《荊の女王》!!」
緋澄の拳にどこからともなく現れた蔦が巻き付き,何重にも覆い,ボクシンググローブのように緋澄の手を覆い隠す。
そのまま緋澄は天空の攻撃を後ずさりながら蔦で覆った拳で弾く。
「なるほど,蔦で防ごうというわけですか。
それでは,こちらも出力を上げていきます。
――《雷天》」
そう告げると,天空が紫電を纏い,淡く発光する。
天空の周りの中空に複数の紫電が走り,パチパチと火花が散る。
「……冗談キツイって。
なんで今日に限って新技が次々出てくんのよ」
召喚体である天空が魔術を使用するという通常ではありえない現象を前に,緋澄が現実逃避気味に狗飼の方を一瞥すると,狗飼はなにやら鉄扇を持ち上げて,顔の前の位置で開閉を繰り返している。
(なにあれ,すっごく怪しいわね)
「余所見ですか,緋澄様?」
雷を帯びた状態の天空は,先程とは比べ物にならない威力の掌底を突き出す。
「うわっ」
緋澄はとっさに上体を逸らして掌底を避けるが,天空の拳が纏っていた紫電が走り,躱したはずの緋澄が感電する。
「いっったい,わねぇ!!
でも,じゃあ,これはどう対応する,天空?
――《荊の女王》!」
バックステップで距離をとった緋澄の身体から劇的な速度で成長した蔦が天空に迫る。
「ふっ!!」
天空は周囲に放電し,迫る蔦を焼き払おうとする。
しかし,迫る蔦の量の方が多い。
既に視界を覆い尽くさんとするほどに成長した蔦の壁に対し,天空は一歩下がり,『遠投』の要領で一点に威力を集中させた雷を蔦の壁に向けて放つ。
雷が落ちたような轟音と共に,一瞬,蔦の壁に空隙が生じたものの,すぐに他の蔦がその穴を覆い隠す。
そのまま蔦の洪水が天空を飲み込み,その姿が見えなくなった。
蔦は,そのまま後ろにいた狗飼に向かって迫っていく。
「――《天空召喚》」
狗飼がそうつぶやくと,蔦の壁に飲まれたはずの天空が,狗飼の目前に現れる。
「これは,いかがいたしますか,お嬢様?」
「うーん。焼くしかないかなぁ。ここら一帯」
「よろしいのですか?」
「よくないかもだけどぉ,わたくし達的にはそれくらいしか手段はないでしょう?
《炎天》,使うよ,天空」
徐々に迫ってくる蔦の壁を前に,狗飼が鉄扇を振り上げて,大きく開く。
狗飼の唇の動きを読んでいた水無月が伏見に声をかける。
「まずっ,伏見!
朱音を止めなさい。この建物ごと火の海にする気よ!」
「なに!? おい,狗飼――」
「――《炎天》」
伏見が狗飼に向かって声を上げた瞬間,天空の足元から火柱が上がる。天空に迫っていた蔦は火柱に触れることで炎上する。
「伏見,アンタは天空を止めなさい!」
そう言って,水無月は観客席から飛び降りたかと思うと,足場に接触する寸前に浮き上がる。
魔力操作技の極致『飛翔』である。
純粋な魔力を操る技術のみで身体を浮かし,移動する『飛翔』の原理は,突き詰めれば,有り余る魔力の暴力とでもいうべきものである。
自分の魔力を『装甲』の要領で纏い,『送球』の要領で緻密な操作を行い,『遠投』の要領で噴出させ,『妨害』の要領で暴走を抑え,『対戦』の要領で配分を行う。
これに加えて,身体を浮かせるほどの膨大な魔力を常時使用し続けるほどの魔力保有量があって初めて『飛翔』に至るのである。
水無月は,空中を『飛翔』し,蔦の壁を迂回し,緋澄の隣に着地する。
「水無月?」
「問答は後!
死にたくなかったら蔦を魔力で覆いなさい,全力で!」
水無月は,緋澄の身体から伸びている蔦の束を強引に手で握る。
「いい? 多分,アンタの方がこの蔦に魔力を通すのは簡単だと思う。
アタシがやるのを見て,『装甲』の要領で蔦を魔力で覆うのよ! わかった!?」
「わかったけどさ」
「なら,やる!」
「は,はい」
水無月の掌から魔力が伝い,蔦を覆っていく。
「……器用なもんね。
要は,この蔦を身体の延長と定義して,魔力で覆うのよね?」
「無駄口叩いてないでやりなさい。
伏見が天空を制圧するまで,この蔦にこれ以上引火しないようにしないと――」
迫る炎を前に,水無月の魔力が蔦を覆う。
しかし,魔力でコーティングされて防御されているはずの蔦にはあっさりと炎が引火する。
「なっ,覆っていた魔力が燃えた!?」
「――ねぇ,水無月」
その様子を見ていた緋澄が水無月に声をかける。
「つまり,蔦に引火しなけりゃいいんでしょ?」
「そうだけど」
「なら,こうしましょう。
《荊の女王》」
緋澄がそういうと,緋澄から伸びる蔦が急速に生気を失い,枯れていく。
「《荊の女王》は,植物に対する絶対的な生殺与奪権を得る魔術。
――引火が怖いなら,こうして枯らしてしまえばいい」
蔦の壁を形成していた大量の蔦はみるみる枯れていく。
「ちょっと待って。
枯れた植物って水分がないからよく燃えるんじゃ……」
「かもね。だけど,それでいいのよ。
こっちはもっとももっと朽ちさせるんだから。
原形を留めないレベルまで」
枯れた蔦が徐々に原形を失って崩れ落ちていき,炎から生じる風に乗って宙を舞う。
視界を覆っていた大量の蔦は,ほんの数秒で粉末状に朽ち果て,完全に視界から消え去る。
「やっぱ,スケールが違うわね」
「そうでもないわよ」
そして,水無月たちの視界を遮っていた蔦の壁が朽ち果てると,視界には炎を纏う天空とそれを押さえ付ける伏見がいた。
「あの,伏見先生。熱くはないのですか?
こう見えてこの天空が纏うこの炎――《炎天》は物理現象のものではなく,魔術的な特殊な炎でして。
先生への引火は辛うじて防止していますが,熱までは防げないですよ?」
「そうだな。皮膚が燃やされているかような感覚だ。
相当に熱いな」
「――それに,炎が引火したらどうなさる御積もりだったので?
控えめに言って死ぬと思うのですが」
「ああ,それは問題ない。
たかが学生の魔術に殺されるほど,腑抜けてはいないつもりだ。
対策もなく炎に突っ込むほど愚かではない」
「だとよいですが……
お嬢様,《炎天》を解除します」
「そうだね」
狗飼の言葉と同時に,天空の纏っていた炎が消失する。
伏見は,炎が消えた天空の上から退く。
「……なるほど,引火する対象を選べるというのはどうやら本当のようだな。
炎の熱さは本物だったが,この服には焦げ跡一つない。
それに,施設のほうも同様か。
一応,お前らなりの考えはあったということか。
こちらの考えで止めたが,早計だったようだな」
「そうでもないわよ,伏見」
そう声を上げたのは水無月である。
「アンタが,『装甲』も使わずに天空を抑えたのは実は正解。
もしそんなことしたらいまごろアンタは火達磨になってたわよ?
さっきの火は魔力に反応してそれを燃やす設定になってたの。
つまり,魔力の塊である眞琴の蔦の広がり次第では大惨事になることもあり得たわ。
それに,熱は本物ってことは触れれば火傷くらいはするし,物が変形したりはするんじゃないの?
ま,伏見は大丈夫なんでしょうけど」
そういう水無月の言葉を裏付けるかのように狗飼は気まずそうに目を逸らす。
「どうやら自覚はあったみたいね」
「えぇぇぇ,だって。ねぇ,天空」
「お嬢様? この天空もやり過ぎだと思っていました」
水無月の追及に狗飼は逸らした目線を戻し,天空に謎の同意を求める。
もっとも,その天空はあっさりと主人を裏切るのだが。
「あっ,ずるい天空!
わたくしに責任を押し付けて逃げる気ね!?」
「押し付けるも何も。
人間社会において,この天空が責任を負うことなどできないでしょうに。
所詮,この天空の身は,召喚体にすぎないのですから」
「そぉなんだろぉけどさぁ。
もっとわたくしを庇ってくれてもいいじゃなぁあぁぁい。
ちゃんと甘やかしてよぉぉぉ」
「相変わらず,面倒な性格をしていますね,お嬢様」
憤慨して涙目になる狗飼に対し,天空はにべもない返答をする。
「それより,狗飼っていうか,天空のほうだけどさぁ。
さすがに,性能の隠蔽が過ぎるんじゃない?
天空の魔力操作技能はもともと水無月に匹敵するレベルじゃない?
そこに,あれだけの魔術が使えるなら,レベル4相当って,明らかに過小評価だと思うんだけど」
緋澄が指摘するように,天空の公式の魔術師としての格は上級魔術師相当である。
そもそも,魔術を扱う召喚体は非常に稀有な存在なので,召喚体に魔術師としての評価が付与されていること自体例外中の例外なのだが,それでも,緋澄の体感では天空の格は,上級よりも1つ上,最上級魔術師としての性能はあると思われたのである。
「違うわ,眞琴。もしそう見えたのなら,それは朱音の方の実力よ。
天空の公式レベルは決して偽りではないはずよ。
まぁ,他人の術式の詳細を本人の同意なく開示するのはマナー違反だから,アタシはこれ以上ゆわないけど」
「えぇっとね,わたくしは別に隠すほどことでもないと思うんだけど。
これに関しては実家がうるさいの。ごめんねぇ」
「あぁ,なるほど,実家ね。
それはそうでしょ。まぁ,私は気にしないわ」
緋澄としては,どうして水無月が詳細を知っているのかの方が気になったが,狗飼の「実家がうるさい」という言葉に理解を示す。
狗飼の実家は,数少ない原型術師の家系である。
原型術師は,特定の特性に特化している代わりにそれ以外の特性には一切の適性がないという家系であり,狗飼家の特化している特性は「従属」である。
従属特性というのは,主に自己に従属するものを操作する特性である。
例を挙げれば,アーサー・リードの用いた『十三騎士』がこれに当たる。
狗飼家は自らが召喚した召喚体を従属させる魔術のみを用いる。
その狗飼家が唯一使用できる術式の詳細を秘匿しようとするのは,至極当然のことであった。
「ただ,天空があのレベルで動けて,あれだけ多彩な魔術を使えるとなると,水無月がそっちにつくのはちょっと遠慮してもらいたいわね」
「ちょっとまってよ,まこちゃん。
むりだって,むりむり。天空を毎回あのレベルで動かすのはむりぃぃぃ。
わたくしのキャパ的にあの状態は長く持たないの。
天空,何か言って! 説得力のある言葉を!」
焦る狗飼の言葉に一瞬黙考した天空が口を開く。
「お嬢様は,物ぐさな方ですので」
「「「なるほど」」」
天空の無情な一言に図らずも伏見を含めた全員が納得を示す。
「それで納得しないでぇ!? 違う,違うの!
これは本気のダメなやつなんだからぁぁ。
もぉぉぉ天空ぅぅぅぅ!!」
「皆さん,納得されましたが?」
「天空のばかぁぁぁ!」




