共振する直観、転換する舞台
2036年8月9日 午前8時31分
「臣獣は随時消滅する。《果因鋳造》!」
「獣の群れは同士討ちを果たす! 喰らい合え!」
天乃と水無月の声が、硝煙と魔気が渦巻く戦場に鋭く響き渡る。
溢れ出し、増殖を続ける臣獣の波は、水無月の言葉によって互いを敵と誤認し、凄惨な共食いを始めた。さらに天乃が、怪異の王としての権能を上書きするようにして、それらを端から虚無へと掻き消していく。
天空が神獣に呑み込まれてから、およそ十分間。
前衛で天乃と水無月が殺到する群れを処理し、後方の御堂が漏れ出た個体を狙撃して間引くという、極限の連携が続いていた。
白銀の神獣は、あれから一度も明示的には動いていない。
それが、内側で天空が必死に抗っている証拠だと信じ、天乃らは臣獣が狗飼邸から外の世界へ溢れ出ないよう、ひたすらに殲滅を繰り返す。
「これ、いつまで続けるの!?」
水無月が、悲鳴のような、怒号のような声を上げる。既にこの十分間で、間引いた臣獣の数は二百を超えていた。
「もちろん、天空さんが決着をつけるまで!」
天乃が応えるが、その横顔には隠しきれない疲労が滲んでいる。
「あのね、アタシたちはともかく、アンタの魔力はいつまで持つのよ?」
原型術師である水無月や御堂は、生まれ持った魔力量が桁外れだ。だが、天乃慎はそうではない。『仲介屋』をして一級品と呼ばしめた天乃の魔力量だが、その燃費の悪い戦い方を続ければ、いずれは底をつく。彼が倒れれば、この均衡は一気に瓦解するのだ。
「問題ない! いざとなれば――」
「ダメよ! 次また無茶したら、今度は泣いてやるから!」
天乃の言葉を遮るように、御堂が叫んだ。
「いや、そんな斬新な脅しある?」
「いいから! 禁止よ!」
「はい」
御堂のただならぬ剣幕に、天乃は素直に頷くしかなかった。だが、それで彼が止まらないであろうことは御堂も痛いほどわかっていた。彼は、守るべきもののために、迷わず自らを生贄に捧げる男だ。その後の悲劇を想像するよりも先に、目の前の命を拾おうとする。御堂はそれが、たまらなく腹立たしく、そして愛おしかった。
だからこそ、さらに言い含めようと口を開きかけたそのとき、天乃の身体がビクリと不自然な反応を示した。
「――なんだ?」
突如として襲い来る、胸のざわつき。心臓を直接掴まれたような、強烈な違和感。
「『仲介屋』!」
「どうした」
空間が紙を破るように裂け、黒い外套を纏った『仲介屋』が姿を現す。
「――何か、あの神獣から妙な感覚がする! わかるか」
「あぁ、これは――」
二人の「直観」持ちが、同時に同じ不吉を察知した。それは、戦況の推移とは全く別のベクトルで、何かが致命的に決定された証拠だった。
「内部世界に何か起きたか?」
天乃が、その正体に思い当たる。
「内部世界への干渉。それならきっとプレイヤーの仕業だな」
「何っ? そんなことが可能なのか?」
「可能不可能で言えば可能だ。だが、如何にプレイヤーといえどそのような蛮行に及ぶ者はそうはいないはずだ。そもそも他人の精神領域内でまともに活動できるはずがない」
「――『殺し屋』なら、どうだ?」
「……可能か? いや、可能だ。こと『殺し屋』に限ってはそのような枷はどうとでもなる。今、直観した」
『仲介屋』の直観による断定。それは最悪の結末の予兆だった。内面世界で主従が喧嘩をしている最中に、死神が乱入したのだ。
「なら、頼めるか」
「残念ながら、オレが直接向かうことはできない。仕方がないから、オマエがいけ」
『仲介屋』は『殺し屋』との間に不干渉とする《契約》を結んでいる。
だが、事情を知らない天乃だけであれば偶発的な干渉と云い張れる余地がある。
「ここはどうするんだ!」
「問題ない。オレが引き受けよう」
そう言って『仲介屋』は、上位世界へと繋がる空間の門を開く。
「行け! この先を上位世界へと繋げた。後はそこから狗飼朱音の内部世界へ行きたいと願えば移動できる」
「ここは大丈夫なのか?」
「問題ないと言った。信じられないなら直観でも使うんだな」
「――わかった。任せた」
「任された」
天乃と『仲介屋』は、多くを語らずとも互いの意図を完璧に理解し、役割を交代した。天乃が門の向こう側へと飛び込むのと入れ替わりに、『仲介屋』が戦場の中心に立つ。
「さて、急遽オレが出張ることになったが、基本的にオマエ達は今までと同じ動きをしろ。オレがサポートしてやる」
「う、うん」
「わかったわ」
御堂と水無月が、不気味なほどの安心感を放つその男に応じる。
「では、早速試そうか。――《認識変換》」
『仲介屋』が指を鳴らす。
瞬間、臣獣たちの行動原理が根本から上書きされた。
外へと溢れ出し、周囲を侵食しようとしていた欲望が反転する。
彼らにとっての至上命題は、侵略ではなく、母胎への回帰へと変換された。
狗飼邸を埋め尽くさんばかりに増殖していた臣獣の波が、一斉に進行方向を変える。
外へではなく、内に。
静止したままの銀狼――神獣の母胎へと、臣獣たちは飲み込まれるように帰還を開始した。




