仕組まれた覚醒と反逆の共闘
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「どういう意味ですか? なぜ、わたくしの殺害を?」
狗飼は、眼前に立つ死神――『殺し屋』を見据え、静かに問いかける。内面世界を侵食する濃密な殺意の霧の中で、彼女の声だけが澄んで響いていた。
「君を殺す理由は三つある。一つは君が『金融屋』の駒として成長しすぎてしまったことにある。申し訳ないが、これ以上理不尽な覚醒でさらなる成長を遂げられても困る。二つ目は君が狗飼家当主であることだ。私の殺害リスト上、狙いは正確には狗飼玄磨ではない。正確には狗飼家当主、つまり君だ。故に、君を殺害することは私の目的達成に貢献する。三つ目、まぁ、これは言うまでもないことだが、君が狗飼玄磨を殺害しなかったことだ」
『殺し屋』は、まるで事務報告でもするかのように淡々と、狗飼を殺害すべき理由を理路整然と並び立てる。その言葉一つひとつに、回避不能な死の宣告が込められていた。
「先ほど言った通り、既に狗飼玄磨は私にとって殺害する必要がなかった人物だ。だからといって殺害しなくてもよいというわけではない。適性試験は不合格だよ、狗飼朱音。つまり、同盟の核たる部分に偽証があった。同盟解消やむなしだろう?」
「ありゃりゃ、お父様を殺してなかったことがバレちゃったのか。それは仕方ないね」
対する狗飼は、突きつけられた死の理由に対しても、まるで悪びれる様子を見せない。そのあまりにも不敵な態度に、『殺し屋』の仮面の奥の瞳がわずかに細められた。
「正直、困惑している。君の行動原理は実に奇妙だ。肉親の死を偽装しながらフォーラム会場に多数の魔獣を設置して無差別殺人に加担する矛盾。いや、ここまでならギリギリ人情として理解できる。だが、愛すべき従者を退け、自ら窮地に陥ってから覚醒するマッチポンプにも似た挙動。かと思えば、自ら捨てた従者に諭されつつある現状。実に、そう。実に不可解だ」
『殺し屋』は、理解の範疇を超えた駒の振る舞いに、深く嘆息する。しかし、その言葉を聞いた狗飼の脳裏には、点と点を結ぶ明確な一本の線が浮かび上がっていた。
「えぇ? ってことはぁ、なるほどなるほど、こんなことができるのは、あとは『金融屋』さんしかいないね」
狗飼が納得したように、得心顔で頷く。
「天空、さっきの違和感。多分やったのは『金融屋』さんだよ。大方、わたくしの覚醒を促すための措置だったんでしょうね。まんまと乗せられたわけだぁ」
そこで狗飼は、くすくすと不敵に笑い始めた。それは決して余裕の表れではない。上位者たちの身勝手な指し手の都合で、自らの大切な絆を弄ばれたことへの、底冷えするような怒りの噴出だった。
「あぁ、なんだかちょっとだけムカついてきちゃったなぁ。同盟解消の件、納得しました。ですので、このまま帰っていただけませんか? ちょっとだけわたくし、暴力を振るいたくて堪らなくなってしまっているので。ここに残るなら、無事は保証しませんよ?」
狗飼の瞳に、淡く、だが鋭い希望が宿る。それは『殺し屋』が放つ絶大な殺意を真正面から受け止め、強引に押し返すほどの苛烈な気迫を放っていた。
「なるほど。『金融屋』の介入ありきだったわけか。あれも人の心を解さないという点では人後に落ちることはない。合点がいった。だが、引くという選択肢はないな」
「いいんですか? わたくしを殺したら殺意が減退するのでしょう? そうしたら、今日のフォーラムでの殺しはできなくなりますよ?」
「そちらはジェーンに任せている。君の心配することではない」
「いえいえ、わたくし的にはそれでは困るのですよ。このゲームを早く畳んでしまいたいわたくしにはね?」
皮肉めいた応酬が続く中、一歩引いて控えていた天空が、静かに口を開いた。
「お嬢様。そういえば耳よりの情報があります」
「なになに、天空?」
「『仲介屋』様によると、プレイヤーが減りすぎてもゲームの存続は覚束なくなるとのこと。既に昨日、我々はプレイヤーを一人撃破しましたので、ここでもう一人排除すれば――」
「ふぅん。そういう方法もあるんだぁ」
狗飼の口角が吊り上がる。駒として踊らされる舞台そのものを叩き壊す。その快楽的な破壊のヴィジョンが、彼女の闘志に火をつけた。
「だったら、やるよ、天空。『殺し屋』はわたくしたちがここで呑み込む。いいよね?」
「はい」
短く力強い肯定。
こうして主従は、精神の深淵において再び背中を預け合い、並び立つ。
上位世界の傲慢な観測者を、この「魔界」へと引き摺り下ろし、喰らい尽くすために。




