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Replica  作者: 根岸重玄
登校騒乱編
33/286

次世代型守護霊

2036年6月7日午前8時40分


「――ということでだ。天乃(あまの)がこの通り復学したわけだが,天乃(あまの)には一切の記憶がないそうだ」


 天乃(あまの)が少し遅れて教室に入ってきたところ,城東(じょうとう)はざわつくクラスメイトの前に天乃(あまの)を立たせ,さながら転校生を紹介するように天乃(あまの)を紹介する。


「こんなことを言うと|不謹(しん)《ふきんしん》と言われるかもしれないが,これはチャンスだ。

 天乃(あまの)との関係を再構築(さいこうちく)したいと願う者らにとってはな。

 存分(ぞんぶん)に活用するがいい。

 それと――」


 城東(じょうとう)の鋭い視線がざわつきの原因に向く。

 その赤い着物の少女――英莉(えり)城東(じょうとう)の目線に気づき,何事かと首をかしげる。


「――これは,今回の事件を受けて,理事会から天乃(あまの)下賜(かし)された特殊な守護霊(ガーディアン)だ。

 守護霊(ガーディアン)としての機能は言うまでもなく最高峰(さいこうほう)であり,人語を解し,受け答えもできる。

 そういったインターフェイスAIを搭載(とうさい)した次世代型の守護霊(ガーディアン)だそうだ。

 今回は試験運用も()ねて天乃(あまの)守護霊(ガーディアン)として稼働(かどう)させるそうだ。

 何かあるか,天乃(あまの)?」

「いえ,大丈夫です。

 皆さんも改めてお願いします」


 天乃(あまの)がそう言って頭を下げた瞬間,ざわつきが増す。

 主に『あれは誰だ?』というものであったが。

 天乃(あまの)からすれば,またこの反応かという感じである。


「あのー,天乃(あまの)君に質問いいですかー?」


 そういって立ち上がったのは,1人の女子生徒だった。

 その女子生徒の髪型は,茶髪のハーフアップであり,後ろの髪の一部だけを上げて残りは降ろしている。

 ちなみに,天乃(あまの)の眼で見る限り,この教室の人間はだいたいが魔力保有量が平均かそれ以下といったところだが,この少女だけは並ではない量の魔力保有量がある。


「なんでしょう? 答えられることは限られますが」

「記憶ってどのくらい残ってます?」

「全くないですね。

 特に魔術(まじゅつ)関係に関しては常識ごと失われています」

「……そっか。ありがとう。

 改めて,よろしくね」

「こちらこそ,よろしくお願いします」

「さて,積もる話もあるだろうが,そろそろ授業の時間だ。

 本日は,実習の見学もある。準備をしていろ。

 天乃(あまの),お前の席はそこだ」


 そういって,城東(じょうとう)は入り口側の最前列の空席を指さしたあと,教室から立ち去る。


「うーむ。わっちはどうするか」

「そうだよ,英莉(えり)の扱い聞いてないじゃん」

「(ハァーイ,英莉(えり)ちー,元気?)」


 そういって声を抑えて話しかけてきたのは,先ほど天乃(あまの)に質問してきた女生徒だった。


「(一応,わっちらは初対面ということになっているのじゃがな。)」

「(いいじゃん。私が知ってても不思議じゃないでしょ。)」

「(そうかもしれんが,わっちらの会話に耳をそばだてておる連中がおるぞ?)」

「(気にしない気にしない。どうとでもなるわよ。)」


 女生徒は後ろを振り返ることもなく,手をひらひらと振る。


「(知り合いか?)」

「(まぁの。名前は――覚えてないが。)」

「(こらこら,いい加減覚えてよ。)」

「(そういわれてもの。人間の名前なんてほとんど覚えておらんしな。)」

「(まあ,いいけど。)」


 そう言って女生徒は(しん)の方を向く。


「私は,遊上真理(ゆがみまり)よ。

 よろしくね,(しん)ちゃん」

「し,(しん)ちゃん?」

「馴れ馴れしいかしら?

 でも,ずっとこう呼んでいたからなぁ」

「いや,大丈夫。

 ちょっと面食(めんく)らっただけだ」

「初対面じゃからな」

「そうなんだよねー。

 今日は啓吾(けいご)も来てないし」

「え? 啓吾(けいご)が?」


 天乃(あまの)が周囲を見渡すも,確かに間森(まもり)の姿が見えない。


「あいつ,オレと一緒に来たはずなんだけど」

「そっか。じゃあ,もう面識はあるし,あいつは校舎内にはいるのね。

 じゃあそのうち来るでしょ」

「そんなもんでいいのか?」

「いいのよ。

 私と啓吾(けいご)(しん)ちゃんはこのクラスでも浮いてる存在だからね」

「浮いてる?」

「それぞれ別の理由でね。

 このクラスってば,大体の人間が魔術(まじゅつ)関連の仕事に()きたいから,勉強熱心なのよ。

 っていうか,そうでもなければ浅木(あさき)になんて来ないわ。

 でも,啓吾(けいご)ってばああ見えてもうこの浅木(あさき)での就職の内定が出てるのよ。

 この中では唯一ね。だから,高校は卒業さえできればいいみたい。

 内定先も啓吾(けいご)の成績は関知してこないらしいし。

 (しん)ちゃんは,なんていうか,そうね。

 勉強自体が必要ないんじゃないかってくらい魔術(まじゅつ)に関しては詳しかったわ。

 だから,ってわけじゃないかもしれないけど,勉強しなくてもいい啓吾(けいご)とよくつるんでいたわけ。

 私は,そうね,このクラスの中では一番価値が高いサンプルだから,ね。

 勉強はした方がいいんでしょうけど,本人のモチベーションがいまいちだから。

 一番後ろ向きな理由で浮いちゃってるのかもね」

「価値の高いサンプル?」

「私,一卵性(いちらんせい)双生児(そうせいじ)なのよ。

 でも,姉は魔術(まじゅつ)を使えるのに,私は使えない。

 このクラスの設立目的を考えたら,私が一番価値の高いサンプルってわけ」

「確かに,それは遺伝と魔術(まじゅつ)の関係という名目からすれば,ぴったりすぎる。

 だが,それでも遊上さんは自ら浅木(あさき)に来た人間のはずだ。

 そうでもなければ,浅木(あさき)に来ない,だろう?

 そこには何か理由があったんじゃないか?」

「――そうね。理由ならあるわ。

 けど,それは勉強するモチベーションにはなり得なかった。

 だから,勉強熱心じゃない(しん)ちゃんたちとつるんでたのよ。

 その方が楽だったから。(あせ)らなくて済むから」

「あー,なるほどね」


 天乃(あまの)が周囲を見ると,ほとんどの者が授業の準備を終えて自習に(いそ)しんでいた。

 (もっと)も,一部には次世代型守護霊(ガーディアン)との触れ込みの英莉(えり)の様子を眺めたり,天乃(あまの)と遊上の会話に耳を澄ませたりする者らもいた。


「確かに,この中で何もしない奴らってのは,浮いちゃうかもなあ」

「でも,(しん)ちゃんはどうするの?

 魔術(まじゅつ)に関する記憶,ないんでしょ?」

「そうだな。さあて,どうしたものか。

 一応ちょっとだけ予習してきたけど」


 そのとき,教室のドアが開いて間森(まもり)賀上(かがみ)が教室に入ってくる。


「ちょっと遅れてごめんなさいね。

 この不良君を捕まえるのに時間かかっちゃって」

「いやいや,賀上(かがみ)先生,そりゃねえぜ。

 俺が荷物運んだ件でそれはチャラでしょうよ」

「あ,天乃(あまの)君,その子が噂の守護霊(ガーディアン)だったのね。

 その子,どうしようか。

 ハイスペックなのに,基本的な召喚術式にすら対応していないらしいじゃない」

「えーっと。英莉(えり)?」

「そうじゃな,わっちは他の守護霊とは違うのでな。

 ちょっと面倒じゃが,よろしくじゃ。

 できれば,わっちはこの辺に座っておきたいぞ」


 おお,とどよめく声が聞こえる。

 英莉(えり)が話しているのを聞いてその完成度に皆(おどろ)いているようだ。

 若干名から,『わっち?』という妙な一人称(いちにんしょう)への疑問はあったが。


「そう。うーん。余分な椅子(いす)ってあったかしら?

 ああ,ちょうど机が一つ余っているのね。椅子(いす)もそこから拝借(はいしゃく)しなさい」

賀上(かがみ)先生? それは,俺の椅子(いす)ですよ?」


 賀上(かがみ)容赦(ようしゃ)なく間森(まもり)の机から椅子(いす)を取り上げようとする。


「あなた,空気椅子(いす)でも大丈夫でしょう?」

「できるできないでいえばできますが,それはおかしいでしょう?

 俺だって学校の備品(びひん)を使ってもいいはずだ!」

「はいはい」

「流そうとすんなや!」


「いや,それには(およ)ばん」


 そういって,英莉(えり)天乃(あまの)(ひざ)の上にちょこんと腰掛(こしか)ける。


「これで問題なかろう?」

「いや,問題あるだろう?」

「なんでじゃ? 視界は良好のはずじゃが」


 確かに,英莉(えり)の頭は天乃(あまの)の首あたりまでしかないので,正面を見る分には問題がないように思える。


「非常にノートがとりづらいんだ」

「ほお,なら,わっちがノートをとればよいのじゃな?」

「違う。降りろと言ってる」

「ふむ,良いアイデアじゃと思ったが」


 英莉(えり)がぴょいと天乃(あまの)の膝から降りる。


「さて,小僧。

 その椅子(いす)寄越(よこ)せ」

「うわっ,こっち来た。

 ナチュラルに俺から椅子(いす)を奪おうとするんじゃねえよ。

 (しん),お前から止めるように言え」

英莉(えり),とりあえず,啓吾(けいご)椅子(いす)をとろうとするのは止めてやれ」

「うーむ。仕方ない,これ以上,授業の妨害をするのもどうかと思うしの」


 そういって,英莉(えり)は『漆黒(しっこく)(つばさ)』を広げ,翼を椅子(いす)の形に変形させる。

 その無表情には一切の変化は見られないが,椅子(いす)にドカッと座った英莉(えり)は,表情があれば多分どや顔をしていただろうなと思わせる声色(こわいろ)天乃(あまの)自慢(じまん)げに話しかける。


「どうじゃ? これなら問題なかろう?」

「……できるなら初めからそうしろよ」

「今思いついたのじゃ。やってみるもんじゃの」


 英莉(えり)が行ったのは2つの魔導書の能力の融合(ゆうごう)とでもいうべき所業(しょぎょう)だ。

 『漆黒(しっこく)(つばさ)』を起動し,その形状を『(やみ)眷属(けんぞく)』の外見変形機能で変更したのだ。


「(ん? おい,『漆黒(しっこく)(つばさ)』は『魔人(まじん)(かせ)』と併用した場合,1時間しか持たないんじゃないのか?)」

「(そんなことよく覚えとったの。

 じゃが,それは正確ではない。

 『漆黒(しっこく)(つばさ)』の飛翔(ひしょう)能力は1時間しか持たんが,翼を展開するだけなら,何時間でも可能じゃ。)」

「(そっすか。)」


 天乃(あまの)主従(しゅじゅう)がそんな会話している間に,教室ではざわつきが大きくなっていた。


『今のはなんだ?』『翼が椅子(いす)に?』『魔術(まじゅつ)を使えるのか?』『明らかに体積より大きな翼が出たような……』『本当にAIなのか? ずいぶんと受け答えがしっかりしてるが。』『英莉(えり)ちゃん,かわいい。』


 その喧騒(けんそう)を断ち切るように,賀上(かがみ)がパンと手を鳴らす。


「さて,問題も解決したようですし,授業を始めましょう」

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