表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Replica  作者: 根岸重玄
恋情加速偏
328/347

終焉に向かう歌劇、神々の思惑

 ?年?月?日 ??時??分


「さて、これでまたプレイヤーの一角が削れた。歌劇は続行可能なれど、役者がこうも減っては興醒めされぬかと冷や冷やするもの。いや、ある意味相応しいのか? 物語が終盤を迎えるにあたり、役者が減って物語が濃くなるというのは往々にしてありうることか。ならば構わん。続行し給え。私は必ずこの歌劇を成功させて見せる。そこに理想の世界がある限り!」


 暗がりに包まれた円卓の間。誰一人として観客のいないその場所で、『仕切屋』はまるで大舞台の主役を演じるかのように、朗々と、独りでに演説をっていた。その芝居がかった声が冷たい石壁に反響する。


「黙れ。煩い。囀るな。俺が法だ」


 傲慢極まる一喝が、その虚空の演説を切り裂いた。

 円卓の真ん中、本来そこにあるはずのない、黄金と真紅で彩られた豪奢な椅子が鎮座している。その玉座から『仕切屋』を底辺の存在として見下すように、『支配者』は現れた。


「あぁ、君はどうにも怠惰なようだ。未だ盤面に干渉していないプレイヤーは君だけだよ。嫌味を言うつもりはない。だが、せっかく拾ったその命、無駄遣いだけはしてくれるなよ?」


「盤面に干渉? 愚かなことだ。俺が見ているのはそっちではない。ここの上にある世界。今のところ、俺の興味はそれだけだ」


 『支配者』は退屈そうに言い捨て、この地上の喧騒など目にも入らぬと言わんばかりに視線を虚空へ投げた。その絶対的な選民意識は、同じプレイヤーであっても相容れない断絶を感じさせる。


「いやはや、自由にしていいとは言ったが、そこまで自由に動くかね。足がかりなくしては垣間見ることもできん領域だぞ?」


「貴様がそこに手を掛けたのは知っている。だが、云ったはずだぞ。俺が王で俺が法だ。衆生にできることが、俺にできぬはずがあるまい」


「その傲慢、最早感嘆に値する。それでこそ無冠の王よ、貴殿はどうやって私に魅せてくれる?」


 慇懃無礼な『仕切屋』の言葉に、『支配者』の眉間がわずかに動く。


「いちいち癇に障る奴だ。そこまで死にたいのであれば先に裁定を下すことも考えねばならんぞ?」


「私は『仕切屋』。プレイヤー間の折衝を仲裁するのがその権能だ。そして、私も君もプレイヤー。プレイヤー間の折衝を私が私の権能で仕切る。どうかね? これでも私に裁定とやらを下すかね?」


 挑発的な『仕切屋』の提案に対し、『支配者』は不敵な笑みを浮かべた。その瞳に冷酷な「法」の光が宿る。


「よくぞ言った。王たる俺が法に則り貴様に裁定を下す。罪状、不敬罪。判決、死刑」


「仕切の権能による折衝解消を行う。双方不干渉」


 『支配者』が断罪の言葉を紡ぐと同時に、『仕切屋』が権能を発動させた。

 直後、円卓の天井を突き破らんばかりの激しさで、紫電を帯びた落雷が轟き渡る。轟音と共に落雷が直撃したものの、爆煙の先に立つ『仕切屋』は、衣服の乱れ一つなく無傷のままそこに佇んでいた。


「これで君と私は不干渉となった。私は『仕切屋』故、没交渉にはできないがね」


「俺の裁定を受けないと――なるほど、だが、それは法の下の平等に反する。法は平等に裁くからこそ意味があるのだ」


「せめて君自身をそのご自慢の法とやらで裁いてから言ってくれ給えよ」


「愚かなことをいう奴だ。法の支配というやつだな。生憎、そのような悪法は採用していない。いいか? 俺が法なのだ。法が法を裁くことなど出来ようはずもない。それで、貴様はその仕切の権能とやらで俺の裁定を拒んだ。故に、再度裁定を下す。法の下の平等を害するわけにはいかんからな」


 『支配者』の声には怒りすらなく、ただ決定事項を読み上げる事務的な響きだけがあった。


「だが、双方不干渉だ」


「あぁ、だから俺は干渉しない。判決、死刑。執行者――『仕切屋』」


「何?」


 『支配者』の不吉な宣告がなされた直後、異様な光景が広がった。

 『仕切屋』が、自らの意思とは無関係に、円卓の上に置かれていた鋭利な万年筆を掴み取ったのだ。

 そして、その手は一切の躊躇なく、自らの喉元を深く貫いた。一度ならず、二度、三度。噴き出す鮮血が円卓を汚し、彼はそのまま言葉を失って机に突っ伏し、動かなくなった。


「くはははは、俺は干渉していない。貴様がただ自分で自分への死刑を執行しているだけなのだからな!」


 『支配者』の狂気的な哄笑が静かな広間に響き渡る。

 だが、血溜まりの中に没したはずの死体から、あろうことか静かな声が返ってきた。


「気は済んだかね?」


 笑い声を止めた『支配者』が目を細める。

 机に突っ伏したままの『仕切屋』が、ゆっくりとその顔を上げた。喉に空いたはずの風穴は、まるで最初から存在しなかったかのように塞がっている。


「私は『仕切屋』。この状況を仕切り直した。刑は執行された。既に私への死刑は実行された。故に、法の下の平等を理由に再び私を裁くことはできない」


「ふん、死ぬとは思っていなかったが、事象の否定。そこまでの外法が使えるのか、魔法使い」


 『支配者』は不快気に舌打ちをした。自らの「法」さえも欺く、その『仕切屋』の徹底した中立性と詭弁。


「では、今宵はここまでとしよう。続きはいずれ、機会があればな」


 そう述べた瞬間、『支配者』の存在はその場の空間から掻き消えるように消失した。

 円卓の中央には、彼が腰掛けていた豪奢な椅子だけが、その傲慢な持ち主の不在を強調するように鎮座し続けている。


「どうか踊れよ、十三番目のプレイヤー。貴殿の参戦を心待ちにしている」


 『仕切屋』は消え去った王の座へ向けてそう呟くと、再び盤面に広がる「歌劇」へと視線を落とした。


「私の出番も間もなくだ」


 暗がりに溶けるその呟きを聞いていた者は、もはやこの場には誰もいなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ