論理矛盾の檻:静止した世界で繰り返される「問い」と「可能性の楔」
2036年8月8日 午後9時28分
「オレの視界内にあるすべての的に弾丸をぶち込む」
天乃は魔眼――魔術師殺しを起動し、殺気立つ会場を見渡す。
その透徹した視界には、蠢く約十万もの魔獣の反応が、一つ一つ忌々しく焼き付いていた。
「爆散しろ、原因は後で送ってやる」
そう述べた天乃は、片手を前に差し出す。
そして、人差し指と親指で挟んでいたレーザーポインターを、無造作にパッと離した。
「――《果因鋳造》」
その瞬間、世界から音が消え、静止した。
結果はまだ発生していない。宙に浮いたレーザーポインターも、重力に引かれる途中で固定されたように止まっている。
(なんだ? まさか、これが論理矛盾か?)
思考だけが加速する。十万という膨大な「結果」を、「弾丸一発」という極小の「原因」に押し込もうとした代償だ。世界の理が処理を拒絶し、時間がフリーズしているのだ。
(さすがに、残り一度はやりすぎたか。だったら、論理矛盾の解消法その②、結果の下方修正を試してみるか。対象は、視界内約五十の魔獣の殺害)
次の瞬間、世界が再び脈動を始めた。
天乃の望んだ通り、中心部にいた約五十の魔獣が内側から弾けるように爆散し、時を同じくしてレーザーポインターがカツンと地面に衝突する。
「これは――今のうちにいろいろと試しておくべきだろうか?」
「慎?」
「彩芽、ちょっと待っててくれ」
手応えを掴んだ天乃は、再び視界内に残る全ての魔獣を対象に《果因鋳造》を発動する。
刹那、先ほどと同じく、世界が音もなく停止した。
(やはり、これが論理矛盾で間違いない。だったら、今度は①、原因の証明を試す。彩芽の弾丸で処理できないのは何が原因だ? 物理的な弾数の問題ならそもそも彩芽は五十発の弾を同時に発射できない。だから、それは違う)
天乃の思考が「原因」の可能性を一つずつ精査し始めた時、直接脳髄を揺さぶるような無機質な声が響いた。
【論理矛盾です。原因を証明してください】
(誰だ?)
【論理矛盾です。原因を証明してください】
(声は聞こえるが、会話ができない。では、原因は隕石だ。会場に隕石が衝突した結果、オレの視界内の魔獣が全滅したんだ)
【論理矛盾です。原因を証明してください】
(これはダメか。どこがダメかの指摘はしてくれないんだな)
【論理矛盾です。原因を証明してください】
(彩芽の弾ではダメ、隕石の衝突もダメ。だったら、会場に仕掛けられていた爆弾が爆発したんだ)
【論理矛盾です。原因を証明してください】
(これもダメと。何がダメなんだ? 単に対象を全て消し飛ばすだけじゃダメなのか?)
【論理矛盾です。原因を証明してください】
(もしかして、対象が魔獣だけだからか? だから、施設そのものやあの場にいる水無月達を巻き込むような方法での解決は不可能ってことか?)
【論理矛盾です。原因を証明してください】
(だったら、彩芽の弾丸と魔獣の数にはどんな相関性がある。五十は可能なのに十万は不可能なその理由は?)
【論理矛盾です。原因を証明してください】
(――彩芽の弾はコントロール可能。つまり、一発の弾丸で複数の魔獣の処理が可能。故に五十の魔獣を同時に撃破することは理論上可能。だが、十万は数が多すぎるってことか?)
【論理矛盾です。原因を証明してください】
(そういうことか。つまり、ここでオレが求められているのは、約十万の魔獣だけを処理する方法)
【論理矛盾です。原因を証明してください】
(あるのか? そんな都合のいい方法が)
【論理矛盾です。原因を証明してください】
(例えば、霊獣だけに通用する未知の生物兵器が霊獣だけを殺した)
【論理矛盾です。原因を証明してください】
(これは、未知の生物兵器が引っかかったということか? いや、待て。会場には天空さんがいる。天空さんを巻き込む方法だったから駄目だった可能性もある)
【論理矛盾です。原因を証明してください】
(同時撃破は不可能だ。彩芽の弾丸が順次魔獣を貫いていった。魔獣の居場所は俺が指示した。ただし、弾丸は無限にあるものとする)
【結果の下方修正により、論理矛盾が一部解消されました。原因を証明してください】
(回答が変わった? だが、やはり無限の弾丸はやりすぎか。実際には存在しないわけだしな)
【論理矛盾です。原因を証明してください】
(いや、真に無限でなくとも無限に近ければそれでいいはずだ。例えば空気。圧縮された空気を加速させれば――)
【論理矛盾です。原因を証明してください】
(空気を圧縮する方法がないってことか。待てよ? 思い出せ。原因はなくてはならないが、現実に存在する必要はない、だったな)
【論理矛盾です。原因を証明してください】
(だったら、現実にやらなくても、可能性だけを示せればそれでいいってことか)
【論理矛盾です。原因を証明してください】
(無限に近い弾丸の正体――それはオレ達が今いる建物の破片だ。これを彩芽の弾丸で砕いて弾にする。無限には程遠いが、それでも、十万の魔獣を順次葬ることができるほどの弾数は用意できる。これでどうだ!)
【原因が証明されました。論理矛盾が解消されます】
――刹那、凍りついていた天乃の周囲の世界が、爆発的な勢いで駆動し始めた。
天乃の魔眼が捉える、約十万もの魔獣の反応。それらが端から順次、吸い込まれるように掻き消えていく。
そこに御堂の弾丸が飛ぶ軌跡はなく、建物の破片が唸りを上げる物理現象も存在しない。
ただ、「原因が証明された」という事実のみが、確定した「結果」を現実に強制的に引き摺り出していく。
やがて、会場を埋め尽くしていた数多の凶々しい気配は、一匹の例外もなく塵となって虚空に消滅した。




