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Replica  作者: 根岸重玄
恋情加速偏
325/346

《果因鋳造》――再覚醒した魔人

 2036年8月8日 午後9時15分


 狂気にも似た速度で魔獣を処理し続ける天乃(あまの)。だが、その光景は薄氷の上に築かれた危うい奇跡に過ぎなかった。なぜなら、天乃(あまの)が引き起こしている「消滅」という現象には、いまだそれにふさわしい「原因」が存在していなかったからだ。


 それは本来、この世界の理では許されない。だからこそ、その矛盾の渦中にいる天乃(あまの)の声を聞いていたのは、隣に立ち尽くす御堂(みどう)だけだった。


「このままじゃ間に合わない。この方法では仕留めきれない。――だからどうした! もとより、オレは戦う者ではない。オレの対戦相手は常に過去のオレ自身だ。足りないなら工夫しろ。敵わないなら発想を変えろ! 勝てない相手には勝たない。そうだろうが!」


 それは自らを叱咤激励する言葉――などという生易しいものでは決してない。己の魂を削り、無理矢理に形を変えさせるための、苛烈な自己改造の叫び。かつて『仲介屋』に告げられた言葉がここにきて花開こうとしていた。


「過程を踏むな。先を読むな。結果を見つけろ、引き寄せろ! 因果という境界を書き換えろ! オレが正しいと思う帰結に、今この瞬間に終着させろ!」


 それは強力な自己暗示であった。かつて『覚醒者』として《境界書換》を取得した際の極限状態を、天乃(あまの)は己の精神内で疑似的に、そして完璧に再現しているのだ。

 だからこそ、天乃(あまの)しんは必ず獲得する。この絶望的な物量を覆すに相応しい、彼だけの切り札を。これこそが、かつて一度「至った」彼だからこそ掴み取れる、再覚醒の境地であった。


「”我は彼方と此方の空白を埋めし楔であった”」


 天乃(あまの)の口から、無意識のうちに詠唱が零れ出す。


「”我が繋いだ此方の世界には、既に決まった型がある”」


 それは自己の内面世界で現実を侵食する、禁忌の御業を起動するための鍵である。


「”だから、どうか我を鋳溶かし、その型を満たしてくれないか”」


 天乃(あまの)慎は、欠落したピースを自らで埋める。

 これまでの説明のつかない超常現象を、論理で埋め合わせるために。


「”それが苦痛を伴うものだったとしても”」


 それがどのような代償を伴うものだったとしても、希望が叶うのだから安いものだと跳ねのける。


「”きっと、その苦痛すら我が理の一部なのだから”」


 天乃(あまの)は諦めない。諦めきれない。希望(ヒカリ)は必ず手に入ると信じているから。

 自分を信じきれずに希望(ヒカリ)を掴み損ねるのは、惰弱なせいだと考えているから。

 そのような考えが傲慢なのだと、誰も付いていけないのだと指摘されようと、天乃(あまの)は元よりそういう風にできてしまっているのだから仕方がない。


「”没入開始――《果因鋳造(がいんちゅうぞう)》”」


 その名が確定した瞬間、世界がこれまでの不自然を追認した。

 そして、天乃(あまの)は新たな理を一気に理解する。


 その世界では、結果が先に起こる。

 原因は後からでいい。

 原因は結果を説明できればいい。

 説明さえできれば、原因は現実には発生しなくてもいい。

 ……だが、原因は必ず『なくてはならない』。

 結果を説明できる原因の存在が証明できないときは、論理矛盾ロジックエラーが発生する。

 論理矛盾ロジックエラーの檻は、術者を閉じた世界に内包し続け、回答を迫り続ける。

 論理矛盾ロジックエラーを突破する方法は3つ。

 ①結果の原因を証明する。

 ②結果を下方修正する。

 そして、

 ③自らを、原因を内包した存在に書き換える。

 これが《果因鋳造(がいんちゅうぞう)》のルールだ。


(――だが、これではまるで”直観”の具現化だ。正解の結果だけを掴み取る”直観”。その原因をオレは知らなくてもいい。……よく似ている。これが、オレの心の在り様なのか)


 ここに、新たな没入式の魔人が誕生した。


 天乃(あまの)が視線をフォーラム会場へ戻し、ポインターで空間を照らす。その瞬間、魔獣が爆散した。

 「御堂(みどう)が弾丸を放つ」という原因が発生する前に、「魔獣に弾丸が命中する」という結果が発生したのだ。

 御堂(みどう)が弾丸を放てばその原因は物理的に証明される。だが、もはや放たなくても、天乃(あまの)自身がその膨大な魔力をもって「見えない原因」を強制的に鋳造できるようになっていた。

 これこそ、《果因鋳造(がいんちゅうぞう)》の真骨頂。


彩芽(あやめ)、もう撃たなくていい」


 天乃(あまの)の瞳には、かつてないほど冷徹で、それでいて燃え盛るような青い光が宿っていた。


「オレが、全部終わらせる」


 この瞬間から、残り約十万という絶望的な魔獣の群勢は、もはや脅威ではなくなった。それはただ、天乃(あまの)(しん)という名の異次元のシステムによって消去されるのを待つだけの、「消去待ちのリスト」へと成り下がったのだ。


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