《果因鋳造》――再覚醒した魔人
2036年8月8日 午後9時15分
狂気にも似た速度で魔獣を処理し続ける天乃。だが、その光景は薄氷の上に築かれた危うい奇跡に過ぎなかった。なぜなら、天乃が引き起こしている「消滅」という現象には、いまだそれにふさわしい「原因」が存在していなかったからだ。
それは本来、この世界の理では許されない。だからこそ、その矛盾の渦中にいる天乃の声を聞いていたのは、隣に立ち尽くす御堂だけだった。
「このままじゃ間に合わない。この方法では仕留めきれない。――だからどうした! もとより、オレは戦う者ではない。オレの対戦相手は常に過去のオレ自身だ。足りないなら工夫しろ。敵わないなら発想を変えろ! 勝てない相手には勝たない。そうだろうが!」
それは自らを叱咤激励する言葉――などという生易しいものでは決してない。己の魂を削り、無理矢理に形を変えさせるための、苛烈な自己改造の叫び。かつて『仲介屋』に告げられた言葉がここにきて花開こうとしていた。
「過程を踏むな。先を読むな。結果を見つけろ、引き寄せろ! 因果という境界を書き換えろ! オレが正しいと思う帰結に、今この瞬間に終着させろ!」
それは強力な自己暗示であった。かつて『覚醒者』として《境界書換》を取得した際の極限状態を、天乃は己の精神内で疑似的に、そして完璧に再現しているのだ。
だからこそ、天乃慎は必ず獲得する。この絶望的な物量を覆すに相応しい、彼だけの切り札を。これこそが、かつて一度「至った」彼だからこそ掴み取れる、再覚醒の境地であった。
「”我は彼方と此方の空白を埋めし楔であった”」
天乃の口から、無意識のうちに詠唱が零れ出す。
「”我が繋いだ此方の世界には、既に決まった型がある”」
それは自己の内面世界で現実を侵食する、禁忌の御業を起動するための鍵である。
「”だから、どうか我を鋳溶かし、その型を満たしてくれないか”」
天乃慎は、欠落したピースを自らで埋める。
これまでの説明のつかない超常現象を、論理で埋め合わせるために。
「”それが苦痛を伴うものだったとしても”」
それがどのような代償を伴うものだったとしても、希望が叶うのだから安いものだと跳ねのける。
「”きっと、その苦痛すら我が理の一部なのだから”」
天乃は諦めない。諦めきれない。希望は必ず手に入ると信じているから。
自分を信じきれずに希望を掴み損ねるのは、惰弱なせいだと考えているから。
そのような考えが傲慢なのだと、誰も付いていけないのだと指摘されようと、天乃は元よりそういう風にできてしまっているのだから仕方がない。
「”没入開始――《果因鋳造》”」
その名が確定した瞬間、世界がこれまでの不自然を追認した。
そして、天乃は新たな理を一気に理解する。
その世界では、結果が先に起こる。
原因は後からでいい。
原因は結果を説明できればいい。
説明さえできれば、原因は現実には発生しなくてもいい。
……だが、原因は必ず『なくてはならない』。
結果を説明できる原因の存在が証明できないときは、論理矛盾が発生する。
論理矛盾の檻は、術者を閉じた世界に内包し続け、回答を迫り続ける。
論理矛盾を突破する方法は3つ。
①結果の原因を証明する。
②結果を下方修正する。
そして、
③自らを、原因を内包した存在に書き換える。
これが《果因鋳造》のルールだ。
(――だが、これではまるで”直観”の具現化だ。正解の結果だけを掴み取る”直観”。その原因をオレは知らなくてもいい。……よく似ている。これが、オレの心の在り様なのか)
ここに、新たな没入式の魔人が誕生した。
天乃が視線をフォーラム会場へ戻し、ポインターで空間を照らす。その瞬間、魔獣が爆散した。
「御堂が弾丸を放つ」という原因が発生する前に、「魔獣に弾丸が命中する」という結果が発生したのだ。
御堂が弾丸を放てばその原因は物理的に証明される。だが、もはや放たなくても、天乃自身がその膨大な魔力をもって「見えない原因」を強制的に鋳造できるようになっていた。
これこそ、《果因鋳造》の真骨頂。
「彩芽、もう撃たなくていい」
天乃の瞳には、かつてないほど冷徹で、それでいて燃え盛るような青い光が宿っていた。
「オレが、全部終わらせる」
この瞬間から、残り約十万という絶望的な魔獣の群勢は、もはや脅威ではなくなった。それはただ、天乃慎という名の異次元のシステムによって消去されるのを待つだけの、「消去待ちのリスト」へと成り下がったのだ。




