神殺しの領域――《終焉到来止界》
2036年8月8日 午後9時10分
「綻びが生じない完全に停止した世界だと。馬鹿な、その規模の渇望がこれほど広範に機能するはずがない」
『壊し屋』の困惑した声が、ひび割れる空間に空虚に響く。
確かに、《生き留まり》の《終刻絶縁世界》はその侵食速度こそ緩慢だが、広大に展開されていた《創生破壊世界》の輪郭を、外側から着実に、そして絶対的に削り取っていた。それは逆説的に、《終刻絶縁世界》が本来の自己完結という定義を逸脱し、外部へと広がっているという事実に他ならない。
「なんだ、知らないのかい? 弟を守る姉はどこまでも強くなれるんだよ?」
「適当扱くな、馬鹿姉が。俺のサポートありきだろうが」
軽口を叩き合いながらも、姉弟の意識は一点で重なっていた。
そもそも、《終刻絶縁世界》には侵略性がない。少ないのではなく、皆無なのである。それは永劫孤立の法則からもわかる自明の理だ。彼女の世界は一切の干渉を拒絶するが、自らもまた外部を侵食することはない。そのような、究極に閉じた世界なのだ。
だが、今この場において、《終刻絶縁世界》と《終点静止世界》は、対象とする物理量が「時間」か「運動量」かという差異こそあれ、「停止の極点」という本質において極めて高い親和性を見せていた。
【吞界融蝕】によって混ざり合った二つの世界は、互いを拒絶して喰らいあうのではなく、血筋という触媒を介して完璧に同調し、両方の長所を備える一つの理へと進化した。
すなわち、嵌合型ゆえに外部に向かって伸縮自在に展開できる《終点静止世界》の拡張性と、没入型ゆえに内部に完全無欠の不変領域を作り出す《終刻絶縁世界》の強固さが融合したのである。
この二つが混ざり合った結果、本来あり得ないはずの「侵略する停止空間」という、因果のバグとも呼ぶべき反則的な性質へと切り替わったのである。名付けて終刻終点の法則――《終焉到来止界》。
とはいえ、これには穴がないわけではない。
二つの世界が混ざり合ったことで《終焉到来止界》が獲得した伸縮自在性というのは、絶縁という定義からすれば紛れもなく不純物である。つまり、純粋な孤立ではなくなったことで、永劫孤立の完全性が損なわれているともいえる。
では、なぜ《創生破壊世界》による「綻び」の創生が通用せず、一方的な侵略が起こっているのか。
ここで、両者の「世界観」の構造的差異が決定的な要素となる。
没入型とはいわば自らの内面にある不変の真理を周囲に発露させるものであり、嵌合型とはいわば周囲の環境そのものを自らの法則で塗り潰すものである。強度でいえば内から湧き出す没入型の方が強固であるが、拡張性でいえば外界を変貌させる嵌合型の方が遥かに柔軟だ。
今回、主たる混ざり合った《終焉到来止界》の基盤は、明らかに没入型である《終刻絶縁世界》が担っている。
そこに《終点静止世界》という不純物が混じっているわけだが、不純物が一概に強固さを損なうとは限らない。それらはまるで合金のように、硬度と柔軟性を高次元で両立させ、元の素材よりも遥かに強靭な「超硬質の世界」を形成したのである。
そこで、《終点静止世界》から加えられた最後にして最大の要素こそ、「減速」であった。
これは両者の世界の性質である「停止」に至るまでの「過程」ともいえる。
つまり、「ゆっくりと世界が止まっていく」という拡張の余地を許容しながら、それでいて「最終的には必ず完全な停止状態に至る」という因果の保証を付け加えたのである。
これにより、《創生破壊世界》が介入する余地は完全に失われた。
いずれ完全に停止することが確定している領域において、運動の欠損たる「綻び」など生じようがない。停止という結末が約束された空間は、破壊という変化すらも受け入れないからだ。
「高度な柔軟性を維持した完全な停止世界の創生。それは、この世の理を超越する理論だぞ」
『壊し屋』が、初めて自身の理解を超える「法則」を前にして、戦慄と共に言葉を紡ぐ。
「確かに、こんなものは完全に反則の領域だが、テメェも反則みたいな存在だろ。だから、大人しく、磨り潰されときなァ」
「君が我々に敗北したのはたった一つのシンプルな理由だ。それは神としての驕りだよ。人を舐めるのも大概にしておけ」
姉弟の言葉が重なり、純白の静寂が戦場を完全に支配した。
神を気取り、万物を破壊の綻びで断罪してきたプレイヤーの時間は、皮肉にもその「綻び」さえ生じない絶対的な静止の中に、永遠に封じ込められた。
こうして、『壊し屋』の時間は完全に停止した。




