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Replica  作者: 根岸重玄
恋情加速偏
310/346

目的とは常に最難関の突破の連続である

 2036年7月13日 午後7時43分


 そこは第10学区。総面積の約9割を国立浅木大学の広大なキャンパスが占める、事実上「大学のための学区」である。夏休みを前にした夜の校舎は静まり返っていたが、その一角にある研究室には、天乃(あまの)御堂(みどう)英莉えり水無月(みなづき)、そして烈火(れっか)の5人が顔を揃えていた。


「悪いね。急な集まりということで、僕が大学で所属する研究室を使わせてもらっているよ」


 最年長である烈火(れっか)が、スーツの上に羽織っていた白衣を脱ぎ捨てながら気さくに切り出した。


「いえ、ありがとうございます」


 天乃(あまの)が短く礼を述べると、烈火(れっか)はどこか観察するように、興味深げな視線を天乃(あまの)へと向けた。


「確かに、面影がある。あのときの彼と同一人物とは、言われないと気づかなかったけれど。ははっ、目つきが違う」


「……知り合いでしたか」


「僕は君とは大した関わりは持たなかったよ。義妹のお気に入りということで、ちょっと調べた程度さ」


「もう、烈火(れっか)兄ぃ! 今はいいでしょ、その話は」


 水無月(みなづき)が苛立たしげに制止すると、烈火(れっか)は苦笑して両手を上げた。


「おやっと、そうだね。事情はだいたい風華(ふうか)(ふうか)から聞いた。俄かには信じがたいものだったけれど、残念ながら、僕は義妹の言うことなら根拠なしで信じる悪癖がある。だから、そういうものだという前提で話をするよ」


「余計な疑問を挟まないのは美徳だな、水無月(みなづき)烈火(れっか)


 影の中から染み出すように現れたのは、『仲介屋』だった。


「おや、そういう君は、今は『仲介屋』と名乗ってるんだっけ?」


「そうだ。そして、それ以上でも以下でもない。とにかく情報を共有する。狗飼(いぬかい)朱音(あかね)は『金融屋』の駒となった。そして、来月の国際企業フォーラムを『殺し屋』と襲撃する気だ」


「だったら、朱音(あかね)ちゃんを叩くなら早い方がいいね」


「同感だ。律儀に襲撃を待ってやる謂れはない」


 烈火(れっか)の言葉に『仲介屋』が冷徹に同意する。


「『仕切屋』との対決に備えて、厄介な障害になりそうな他プレイヤーの駒は早めに排除しておきたい」


「だが、また補充されるだけなんじゃないか?」


 天乃(あまの)の抱いた素朴な疑問に、『仲介屋』は間髪入れずに回答を返した。


「だとしても、『殺し屋』と組もうなんて考える駒はそう多くないだろう。それに、『金融屋』に駒の補充をさせない方法もある。『宗教屋』のときと同じだ」


「そうか、身柄を拘束して監禁してしまえばいいのか。だが、狗飼(いぬかい)さんには立場がある。襲撃未遂なんて証拠のない根拠じゃ、拘束しておく理由が足りないだろう?」


「そのあたりの政治はオレの管轄ではない。あくまで一案だ。排除の方法については一任する」


 『仲介屋』は腕を組みながら、突き放すように言った。殺害が最も手早い解決策であることは、あえて口にしなかった。


「諦めてもらうのが一番だけどな」


 天乃(あまの)が小さく零すと、水無月(みなづき)が呆れたような溜息を吐く。


「ああなった朱音(あかね)は厄介よ。目的のために手段は選ばない」


「目的って?」


 天乃(あまの)の問いに、水無月(みなづき)は隣に立つ『仲介屋』をちらりと盗み見た。


「なんでも、アタシの前に『百目鬼(どうめき)暁斗(あきと)』を連れてくるんですって」


「――ご苦労なことだ。『百目鬼(どうめき)暁斗(あきと)』ならそこにいるだろうに」


 皮肉を込めて『仲介屋』が指差したのは、天乃(あまの)だった。


「オレは物じゃない」


「アタシもそう言ったんだけどね……」


 水無月(みなづき)の顔には隠しきれない不満が滲んでいる。


「そうだ。『仲介屋』、『占い屋』の予言をまだ伝えていない」


「――『魔獣は溢れる。結果は鋳造される。そして世界は巡る』、だ。抽象的過ぎて何のことかわからないのはいつも通りだ。こればかりはあまり考えても仕方ない」


 『仲介屋』は肩を竦めて予言を捨て置いた。


「それじゃあ、いつにする?」


 天乃(あまの)の問いは、具体的にいつ狗飼(いぬかい)に襲撃を仕掛けるかという開戦のタイミングを問うものだった。


「とりあえず、朱音(あかね)を拘束しておける期間は長くても3日くらいよ」


「来月までは無理だな。『仲介屋』、『仕切屋』との対決に必要な条件はなんだ?」


「前にも言ったが、『仕切屋』をこちらの世界に引っ張ってこないと話にならない。風華(ふうか)の餌としての完成度はそれなりに高いものの、それだけでは奴が動く理由には至らなかった。別案を検討する必要がある。あとは、他のプレイヤーの動向次第だな。プレイヤーは『仕切屋』を排除する動きに対抗してくるだろう。自分たちのゲーム報酬がかかっているんだ。ゲームを根本から否定するために動くオレと敵対しないわけがない」


「ということは、『仕切屋』をこっちに呼び出す条件さえ整えばいいんだな?」


「そうだが、何か腹案でも?」


 天乃は一呼吸置き、静かに提案した。


「例えばだが、プレイヤーが本気で排除されたらどうなる?」


「一人二人ではゲームに支障はないだろうが、人数が増えれば『仕切屋』とて対策を打たねばならないだろうな。現状、『薬屋』と『復讐屋』の二名が完全にプレイヤーではなくなっている。ゲームを降りているプレイヤーも何人かいる」


「だったら、そのプレイヤーを削る戦略はどうだ?」


「こっちの世界に長居する物好きは『殺し屋』と『壊し屋』くらいだ」


「だったら、まずはその二人からだ」


「まぁ、他に案もないしな。最難関二人の排除くらいはやってみるべきか」


 『仲介屋』は天乃の案を頭の中でシミュレートし始める。


「とはいえだ。オマエが餌になるというパターンもまだ継続中だ」


 思案を打ち切った『仲介屋』は、まっすぐに天乃を見据えた。


「いいか? オマエが戦うのは目の前の敵ではない。叩きのめすべきは常に過去の自分自身だ。それを覚えておけ」


「どういう意味だ?」


「この言葉をどういう意味に変えるか、それもオマエ次第だ」


 それだけを言い残すと、『仲介屋』は空間の歪みに吸い込まれるようにして、音もなく姿を消した。


 研究室に残された5人の間には、鉛のような沈黙が降りた。御堂は不安げに天乃の横顔を見つめ、英莉は影のように主の背後に控えている。

 窓の外には、やがて来る決戦の地となるであろう夜の街並みが、嵐の前の静けさを湛えてどこまでも広がっていた。

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