彼と歩くための背伸び、隣り合う距離の微熱
2036年7月13日 午前9時21分
「待たせたか?」
天乃と英莉が商業区の中央広場を訪れると、そこには私服姿の御堂がいた。
今日の御堂の恰好は、淡いベージュのワイドパンツに、白のノースリーブブラウス。その上から薄手のデニムジャケットを羽織り、足元は歩きやすそうなローカットスニーカー。
髪はいつもより低い位置で一つにまとめられている。
動きやすさ重視――のはずだ。
だが、どこかいつもより大人びて見える。
いつもより少しだけ、背伸びしている。
「ま、待ってない」
声がわずかに上擦る。
ちなみに、集合時間は9時半である。
御堂がここに来たのは9時ちょうど。
三十分前行動。
広場の時計を何度も確認し、人の流れを意味もなく目で追い、二回ほどコンビニに入り、何も買わずに出てきた。
(別に気合い入れて来たわけじゃないし)
心の中で言い訳をする。
ジャケットの袖を引き直す。
風が吹くたびに、まとめた髪が首筋に触れる。
落ち着かない。
本日は13区にある例の因縁のアミューズメントパークへ遊びに行く予定なのだ。
そこで水無月と共に狗飼の魔獣に襲われたという一方的な因縁を抱えているのは天乃だけであるが。
御堂にとっては、ただの遊園地に過ぎない。
――そのはずだ。
「じゃあ、行くか」
天乃はいつも通りだ。
気負いも緊張もない。
それが少しだけ、安心で。
少しだけ、物足りない。
「うん。でも、いいのかな。今頃、水無月先輩は――」
ふと口に出してしまう。
気にしていないつもりでも、頭の片隅にはある。
今日、当主会議があること。
「まぁ、いいんだろ。昨日水無月に気にするなって釘を刺されたところだからな」
天乃はそう述べると、まったく気にしていないかのように13区へ向かうバスに乗り込む。
迷いがない。
躊躇いもない。
「まぁ、オレ達が気にしても仕方ないってよ。なんだか援軍も味方につけたみたいだし、順調だから気にすんなってさ」
水無月の余裕を、そのまま信じている。
「そう、なんだ」
御堂は小さく頷く。
本当に順調なのかどうかはわからない。
でも。
天乃が信じているなら、それでいいと思ってしまう。
「だから、今日のオレ達は楽しむのが仕事ってこと。わかったか?」
真正面から言われる。
御堂は一瞬、視線を逸らし、それから小さく笑う。
「わ、わかった」
その笑顔は、少しだけ硬い。
けれど、嘘ではない。
――今日は、楽しむ。
それが自分の役目。
当主会議も、水無月も、13区との因縁も。
全部、今日は脇に置いて。
バスが動き出す。
窓の外、街並みが流れていく。
隣に座る天乃の距離が、ほんの少し近い。
(……今日くらいは)
彼がいても、いなくても私は私だ。
そう言い聞かせたあの日とは、少しだけ違う。
今日は。
彼がいるから、楽しみたい。
御堂はそっと窓ガラスに映る自分を見つめ、
ほんの少しだけ、髪を整え直した。
それ以上、その話題について触れることはなくなった。




