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Replica  作者: 根岸重玄
恋情加速偏

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血で繋がらない家族と血縁から生じる立場

 2036年7月10日 午後5時40分


「条件がある」


 開口一番、烈火(れっか)水無月(みなづき)にそう告げた。


 昨日、右京(うきょう)が渡したとする封筒を受け取るため、義兄と待ち合わせしたのである。


 その予想外の返答に、水無月(みなづき)はわずかにたじろぐ。


 烈火(れっか)は、理屈より情で動く人間だと思っていた。

 少なくとも、彼女に対しては。


 まさかこの場で“条件”という言葉が出てくるとは思わなかった。


「条件って何?」


「うん、僕をこの当主会議に出席させることだ」


 あっさりと告げられる。


「ど、どうゆう意味?」


「親父殿の思惑に乗るようで癪だけどね。風華(ふうか)は未成年だろう? 当主会議はその場合、後見人を伴っていいことになってるんだよ」


 淡々としているが、視線は真っ直ぐだ。


「後見人? つまり、アタシの後見人に烈火(れっか)兄ぃを指名しろってこと?」


「そういうこと」


 水無月(みなづき)は一瞬、右京(うきょう)の顔を思い浮かべる。


 確かに、どうして烈火(れっか)を経由して情報を渡すことにしたのか。

 そこには少なからず意図があったのだ。


「どうして直接渡さないのか、これで腑に落ちたわ」


「あぁ、ご丁寧にも“中身を読んでから風華(ふうか)に渡すか決めろ”という伝言付きだったよ」


 烈火(れっか)は軽く肩をすくめる。


「それで、どうだい? 僕も一緒に出席していいかい?」


 その問いは、試すものではない。

 ただ確認しているだけだ。


烈火(れっか)兄ぃが一緒だと心強いけど、アタシの面倒事に巻き込むのは――」


 言い淀む。


 それは本心だった。


 右京(うきょう)には遠慮しない。

 だが烈火(れっか)には、してしまう。


「へぇ、風華(ふうか)はそんな遠慮をしちゃう妹になったのかい? それは非常に悲しいよ」


 芝居がかった口調。


 だが、目は笑っていない。


「あぁ、今まで一体どれだけの迷惑を掛けられてきたか。風華(ふうか)はそれすら忘れてしまったらしい」


 その言葉に、水無月(みなづき)は小さく息を詰める。


 迷惑を掛けてきたのは事実だ。

 そして、助けられてきたのも。


 血は繋がっていない。


 それでも。


 烈火(れっか)はいつも“兄”だった。


 右京(うきょう)もまた、血縁ではない。

 けれど彼は父を名乗り、烈火(れっか)は兄を名乗り、そして水無月(みなづき)は――その家に居場所を与えられた。


 血がないからこそ、役割で結ばれている。


 それがこの家の形だ。


「……わかったわかった。烈火(れっか)兄ぃにも参加してもらう」


「じゃあ、交渉成立だ」


 その言い回しに、水無月(みなづき)は小さく苦笑する。


 このあたり、右京(うきょう)烈火(れっか)では交渉の仕方が似通っている。


 だが、決定的に違う。


 右京(うきょう)は相手を追い込む。

 烈火(れっか)は、逃げ道を残したうえで背中を押す。


「まぁ、とりあえずこれを渡しておくよ。詳細は帰ってから目を通したらいい。ざっくり要約すると――」


 封筒を差し出す。


狗飼(いぬかい)家の新当主就任と、風華(ふうか)辰上(たつかみ)家として当主会議に組み込もうっていうのが議題だよ」


「アタシが辰上(たつかみ)家って、どこで漏れたのかしら?」


 動揺は表に出さない。


 だが、指先がわずかに強く封筒を握る。


「その様子だと、風華(ふうか)は知っていたみたいだね」


「ええ」


「まぁ、僕も親父殿も知っていたわけだけど、ここから漏れた可能性はないと思っていい」


 烈火(れっか)の声音には自信がある。


 この男は、守ると決めたものに関しては徹底している。


「じゃあ、どこから?」


「興味深いのは、ここだよ。発議者は狗飼(いぬかい)の新当主ってこと」


朱音(あかね)が?」


「つまり、事情を知ったのは彼女だってことさ」


 水無月(みなづき)は黙る。


 狗飼(いぬかい)朱音(あかね)


 あの少女が、どこまで見えているのか。


「問題はどこから知ったのかってことね」


「こればかりは推測にしかならないから、このまま放置しよう。それで、風華(ふうか)、君はどうしたい?」


 問いは柔らかい。


 だが核心を突いている。


 水無月(みなづき)は少しだけ視線を逸らす。


「いまさら辰上(たつかみ)家だって言われても困るわね」


 それは本音だ。


 名を与えられても、血が騒ぐわけではない。


「とはいえ、名目上、君が辰上(たつかみ)の血を引くことは否定できない。そうなると、あくまで形骸化した当主という“実体のない存在”になるのが落としどころかな」


「……そう」


 実体のない当主。


 それは安全策だ。


 責任だけを残し、権力を持たない位置。


 烈火(れっか)は、水無月(みなづき)が矢面に立たない形を自然に提示している。


「じゃあ、後見に関する手続きはこっちでやっておくよ」


「うん、ありがと」


 素直に礼を言う。


 右京(うきょう)相手なら、絶対に言わない言葉。


「なぁに、可愛い妹のためだからね」


 烈火(れっか)は微笑む。


 それは作り物ではない。


「それより風華(ふうか)。おなかすいてない? これから一緒にご飯でもどう?」


「うん!」


 即答だった。


 このあたりの水無月(みなづき)の対応は、右京(うきょう)とは天と地ほどの差がある。


 血は繋がっていない。


 それでも。


 家族の形は、ひとつではない。


 そして水無月(みなづき)は、自分が“選ばれてここにいる”ことを、誰よりも理解している。


 だからこそ、義兄から差し出された手は、振り払わないのだ。


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