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Replica  作者: 根岸重玄
記憶喪失編
24/286

偽物

2036年6月6日午後20時12分


「いきなり《虚言(きょげん)(いまし)め》とは。

 いったいどういうつもりじゃ,妹御(いもうとご)よ?」


 英莉(えり)は,無垢(むく)な笑みを浮かべた目の前の少女を詰問(きつもん)する。


「この場合,英莉(えり)は悪くないよね。英莉(えり)は騙されただけだもん。

 そこにいる兄貴の贋作(レプリカ)に」

「この主殿(あるじどの)が,贋作(がんさく),じゃと?」


 英莉(えり)は何を言っているのだという目で少女を見るが,少女はそんな視線も(かま)わず続ける。


「そう。一口に偽物(にせもの)といってもさまざまな種類があるわ。

 本物とは別人の偽者(フェイク)

 本物に迫る贋作(レプリカ)

 本物から作られた複製(コピー)

 本物の代わりとなる代替(オルタナティブ)

 本物と同じ形をした合同(クローン)

 本物を模して造られた模造(イミテーション)

 本物の幻である幻影(ファントム)

 本物の姿を映す虚像(ヴァーチャル)

 本物と共に生まれた双子(ツインズ)

 本物の影である投影(トレース)

 本物の振りをした擬態(ミミック)

 本物が失われた際の補填である予備(スペア)

 本物と似て非なる似非(フォルス)

 ここにいる兄貴はその中でも贋作(レプリカ)に当たるの」

講釈(こうしゃく)(うけたまわ)るが,妹御(いもうとご)よ。その根拠はなんじゃ?」


 英莉(えり)天乃(あまの)を少女から(かば)うように前に出る。


「根拠? 消去法よ。

 私はさっき列挙したもののうち,()()()()()()()()()

 ここにいる兄貴の贋作(レプリカ)が最後なのよ」

「そうではない。

 この主殿(あるじどの)を偽物と断じた根拠を問うとるのじゃ」

「あれ? それこそ英莉(えり)には言うまでもないと思ってたけど。

 兄貴はもう()()()()()()()()()()()()。そうでしょ?

 だったら,そこにいるのは偽物でなくて何なのー?」


 少女は可愛らしくコテンと顔を(かし)ける。

 天乃(あまの)にはそれがひどく(いびつ)な光景に見えた。


「ここにいる天乃(あまの)(しん)は本物じゃとわっちが保証する。それでは足りんか?」


 英莉(えり)は物分かりが悪い幼子(おさなご)に言って聞かせるような口調である。

 それでも,少女は英莉(えり)の言葉を信じようとはしない。


「あれ? 嘘じゃないね。

 《虚言(きょげん)(いまし)め》が発動しない。どういうことなの?

 少なくとも,英莉(えり)は本物だと疑ってないんだねー?」

「これ以上の問答は不要と思うがの」

「そうだね。まったく,いったいどういう絡繰(からく)りなのかなー」


 少女はバタバタと手足を動かして「気ーにーなーるー」などといっている。

 天乃(あまの)は,少女に気付かれないようにこっそりと英莉(えり)に話しかける。


「なぁ,英莉(えり)。この頭のブッ飛んだのは,オレの妹ってことでいいのか?」

「そうじゃ。あれが主殿(あるじどの)妹御(いもうとご)であることは間違いない。

 忠告しておくが,あれを前に嘘は吐かないことじゃ。

 《虚言(きょげん)(いまし)め》という術式に()まるのでな」

「《虚言(きょげん)(いまし)め》とは何だ? 現状特に何もないが」

「そこの贋作(がんさく)ぅー?

 何こそこそ喋ってんのさー」


 この少女は別に油断しているわけではない。

 目の前で会話がされていれば,嫌でも気づくというものであろう。


「まぁ,いいや。

 贋作(がんさく)(くん)は《虚言(きょげん)(いまし)め》が気になるのでしょうー?」


 少女は,無垢(むく)な笑みを天乃(あまの)に向ける。

 天乃(あまの)は,覚悟を決めて少女と会話することを選択する。


「あぁ,そうだ」

主殿(あるじどの),発言には気をつけるのじゃぞ。

 妹御(いもうとご)に嘘は通じんのでな」

「むぅ。もう無駄だもんねぇー。

 1回はかかってるから,これからは詰めるだけだもんねぇー」


 少女はケラケラと愉快(ゆかい)そうに笑う。


「ずいぶん余裕そうだな。

 悪いが,オレもいきなり偽物だと言われて内心穏やかじゃないんだ。

 つい,手が出ることもあるかもしれないぞ?」

「なるほどねー? 曖昧な言葉を語尾につけることで嘘を吐かないようにしてるのねー。

 そして,強硬手段に出たときに私にどんなカードがあるのか図ろうとしたのかなー?

 兄貴並みの小賢(こざか)しさはあるねー,確かに」


 少女は部屋の中に一歩入ってきて満面の笑みを天乃(あまの)に向ける。


「ふーん。ねぇ,おもしろそうだからちょっとお話ししようか。

 まず,私の《虚言(きょげん)(いまし)め》は大した術式じゃあないの。

 簡単に言うと,嘘吐きに付いた嘘相当の(むく)いを受けさせる。

 ()()()()の術式なの。

 報いを受けさせるか否かは私が決められるけど,報いの内容は私にもわからない。

 ただ,その副次的効果として,私は相手が嘘を吐いたかどうかわかる。

 ここまではいいかな?

 そこで,提案。ゲームをしましょう?

 私はあなたに3つ質問するわ。あなたはそれに答える,それだけ。どう?」

「そのゲームに参加するオレへの見返りとお前の利益は?」

「見返りは私から与えるものは特にないわ。でも,相応のものを得られると思うよー?

 利益は《虚言(きょげん)(いまし)め》の蓄積回数が最大で3つ増えるってことかなー。

 その内容次第では,私はあなたを殺せるようになる」

主殿(あるじどの)妹御(いもうとご)の遊びに付き合う必要はないぞ。

 ここはわっちに任せてくれんか?」

「だめだめー。言っとくけど,英莉(えり)には話してないからー。

 決めるのはそこの贋作(がんさく)(くん)だよー。

 どうかなー? やってみる?」

「……いいだろう,受けよう」

主殿(あるじどの)!?」


 英莉(えり)は驚いた顔で天乃(あまの)を見る。

 このゲームを受けるメリットがないように英莉(えり)には思えたのだ。


「安心しろ。考えはある。気になっていることがあるんだ。

 このゲームを通じてその違和感の正体を突き止めることが先決だと判断した」

「そうこなくちゃ」

「ただし,ルールを少々変更したい。

 質問を全部で5回にする代わりにパスを2回まで認めてほしい」

「うーん。どうしよっかなー?」

「どうだろうか」

「まぁ,いっか。3問答えるっていうところは変わんないわけだしねー」


 少女は,笑みを深める。


「じゃあ,第1問,あなたの出身地は?

 細かい地番とかまで知ってたらそれも答えてね」

「……」

「どうしたの? 出身地だよ? 聞こえなかった?」

「聞こえていたさ」

「じゃあ,出身地は?」

「……たしか,東京だったはずだ」

「あれ? ダウト。嘘だね」


 カチッと何かが更に()まった感覚がする。


「え?」


 驚いた声を出したのは,天乃(あまの)ではなく,英莉(えり)である。

 英莉(えり)天乃(あまの)が記憶喪失だと知っている。

 つまり,天乃(あまの)が自身の出身地を知っていることなどあり得ないのだ。


「あれあれー? どうしたのかなー。嘘吐きはだめだよー?」

「…………次の質問だ」

「んー? テンション低いなぁ。

 第2問,あなたの両親の名前は?」

「……パス」


 天乃(あまの)は少し考える素振りをするかのように周りを見渡し,パスを選択する。

 

「パスかー。あと1回だねー」

「そうだな」

「じゃあ,第3問,あなたの生年月日は?」

「パス」

「えー? これもパスー? これ結構簡単だと思ったんだけど」


 この質問には,天乃(あまの)(あらかじ)め決めていたかのように即答でパスを選択する。


「ま,いっかー。これでパスはもうだめだよー? 第4問,あなたの名前は?」

天乃(あまの)(しん)

「う・そ・つ・き・だ・ね」


 カチッとまた何かが()まった感覚がする。


「どうなっておる妹御(いもうとご)よ!

 主殿(あるじどの)天乃(あまの)(しん)であることに間違いなどあるまい」


 黙って様子を見ていた英莉(えり)もさすがにこれには異議を唱える。


「言ったでしょう? これはこの贋作君と私のゲームなの。関係ない英莉(えり)は黙っててよ。

 それに,これは贋作(レプリカ)なんだから,名前が『天乃(あまの)(しん)』でないのは当たり前でしょう?

 それは本物の兄貴の名前なんだから」

「そ,そんな馬鹿なことがありうるのか……」


 英莉(えり)は,困惑の(きわ)みにあるように頭を抱える。


「ふふふー。じゃあ第5問ー。私は誰でしょう」

「……」

「どうかなー? 最後の質問だけど」


 天乃(あまの)は立ち上がると,少女へと近寄っていく。


「な,なにかな? それ以上近寄ったら《虚言(きょげん)(いまし)め》を発動させるよー?

 いままで君が付いた嘘は傷病歴詐称,出身地詐称,氏名詐称だよー。

 少なくとも,氏名詐称は重罪に分類されてるからね。

 経験則だけど,一発で再起不能もあり得るよー?」


 ニヤニヤと笑う少女に向かい合うように英莉(えり)のそばで天乃(あまの)は足を止める。


「いや,ここでいいんだよ,ここで。

 それと,ゲームは()()()()()()()()?」

「な,なにをー? まだ5問目に答えてないじゃん」

「オマエの第1問は?」

「出身地を聞いたじゃん」

「それが違う。それは,第2問だ。

 お前の第1問は,『聞こえなかった?』だ。

 オレはそれに,『聞こえていたさ。』と回答している。

 故に,『私は誰でしょう。』は6問目なのさ」

「え? な,なによそれ。ズルじゃん」

「だから,本来はその質問に答える必要はないんだが。

 ()えて答えるなら,虚像(ヴァーチャル)――それがお前の正体だ」


 天乃(あまの)は言い終わる直前に英莉(えり)のリボン――『魔人の(かせ)』を解く。


「エリザベート! ここから離脱(りだつ)しろ!」


 エリザベートは,瞬時に天乃(あまの)の腕を片手で掴むと,『漆黒(しっこく)(つばさ)』を起動する。

 そのまま,目にも留まらぬ速さで掴んだ天乃(あまの)ごと窓を突き破って外へと飛び出す。

 窓を割った音はエリザベートが消しており,飛び散ったガラスの破片は時間を巻き戻すように元の場所に戻っていき,窓ガラスが修復されていく。




主殿(あるじどの)

 妹御(いもうとご)の術式の射程距離はわからんが,このまま可能な限り離れるぞ!」

「いや,屋上だ。マンションの屋上に向かえ,敵はそこだ!」

「じゃが,《虚言(きょげん)(いまし)め》がすぐにでも来るぞ」

「それは気にするな! 今は屋上だ」

「――わかった。主殿(あるじどの)を信じよう」


 エリザベートは天乃(あまの)を抱え直し,屋上に向かって飛翔(ひしょう)する。


 ――そこには,誰もいなかった。


「誰もおらんぞ! 主殿(あるじどの)

「……」

主殿(あるじどの)? 主殿(あるじどの)っ!?」


 屋上に降りたエリザベートが見ている前で,天乃(あまの)吐血(とけつ)し,(ひざ)をついて(くず)れ落ちる。


「《虚言(きょげん)(いまし)め》か!? 妹御(いもうとご)めっ,どこまで本気なんじゃ!」

「ち,違う,ぞ。エリザ,ベート――探せ。

 近くに,いるはずだ,術者は!!」

「どういう意味じゃ?」

「は,話している,時間は,ないっ!!」


 天乃(あまの)(ふるえ)える(あし)に力を入れ,強引に立ち上がる。


「結論から,いう。オレに“妹”はいない!!」

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