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Replica  作者: 根岸重玄
記憶喪失編
23/286

《虚言の戒め》

 2036年6月6日午後18時52分


 天乃(あまの)英莉(えり)は机を挟んで会話を続けていた。


「オレが魔術師(まじゅつし)?」

「そうじゃな。古式由来の百目鬼(どうめき)家の血筋が不能者のはずあるまい?

 だいたい,その魔眼(まがん)はどう説明する気じゃ?」


 英莉(えり)は呆れるように肩を(すく)めて見せる。


「……そうだとして,なぜ,オレは魔術(まじゅつ)を使えないことになっている」

「ふむ,それは。

 ――その方が都合がよかったからじゃな」

「どういう意味だ?」

「のぉ。主殿(あるじどの)は今,魔術(まじゅつ)を使えるか?」

「いや,使い方がわからない。

 そもそもどんな魔術(まじゅつ)を使えるのかも知らない」

「じゃろう?

 魔術(まじゅつ)は一朝一夕で習得できるものではない。

 それこそ,ある程度の下地が必要なのじゃ。

 主殿(あるじどの)が記憶と魔術(まじゅつ)に関する知識を失った場合,主殿(あるじどの)はきっと魔術(まじゅつ)を失うと考えた。

 故に魔術(まじゅつ)を使えなくともよい学科に入学したのじゃ」

「まさか,それだけのために作られたのか?」


 天乃(あまの)の脳裏には,


 『曰く,百目鬼(どうめき)亜澄(あすみ)は自分の孫のために第三高に未成年の非魔術師(まじゅつし)を迎え入れる組を作った,守護霊システムを含めた現行制度は全て我欲の産物だって噂ね。』


 という水無月(みなづき)の言葉がリフレインする。


「無論,これは副次的な効用じゃ。あの制度の主眼は別にある」


 天乃(あまの)の考えがわかるという英莉(えり)は,天乃(あまの)の考えを見透かしたようにそれを否定する。


「そもそも,この教育機関――浅木(あさき)の設立の趣旨目的に照らせば,主殿(あるじどの)は入学の必要すらなかったらしいぞ」

「どういうことだ?」

「この魔術(まじゅつ)特区浅木(あさき)は,この国における魔術(まじゅつ)関連の教育機関じゃ。

 つまり,自身の力を完全に制御でき,魔術(まじゅつ)に関する知識を十分に獲得できる環境にあるのであれば,そもそも,ここに来なくてもよいのじゃよ。

 実際,主殿(あるじどの)は義務教育は,外の普通の教育機関で済ませておる」

「そうか,確かに。

 そうでないとおかしなことになるか」


 仮に,高校入学以前にも浅木(あさき)にいたのであれば,天乃(あまの)魔術(まじゅつ)を使えないなどとは扱われ得ない。

 少なくともかつての同級生が違和感をもってしまうのは避けられないだろう。


「まぁ,もっとも,先程言った条件を満たす魔術(まじゅつ)使いなどほぼおらん。

 それに,仮に条件を満たしておっても,魔術師(まじゅつし)ならば義務教育から浅木(あさき)で教育を受けるのが普通じゃ」

「そうなのか」

「そうじゃろ?

 外の教育機関では,結局,いまだに偏見がすさまじいというからな。

 それこそ,檻に入っていない猛獣のような扱いにならざるを得ないらしいぞ。

 それはそれで痛快じゃったらしいがな」

「……そうか」


 それは,いったいどのような光景なのだろう。

 ただの子どもが,少し特殊な能力があるというだけで遠巻きに見られるというのは。


「ふん。ニンゲンはそういうとき,とことん陰湿じゃからな。

 とはいえ,浅木(あさき)に入れなかった魔術(まじゅつ)使いはそのような扱いを受けざるを得ん。

 浅木(あさき)にも定員があるからの。

 魔力が弱すぎて暴走しても大した被害をもたらさないと判断された者などは積極的に落としておるそうじゃ」

「そうなのか」

「すべて百目鬼(どうめき)から聞いた話じゃから,真実なのじゃろ。

 最近は魔術(まじゅつ)使いとしての能力を持ったニンゲンが増加傾向にあるから,将来的には浅木(あさき)以外の受け皿も必要になるじゃろうという話じゃ」

「あれ? 何でこんな話になったんだっけ?」

「ん? わっちもなんでこの国の将来を(うれ)いとる立場から語っとったのじゃろ?

 んー,思い出せんということは大した話ではなかったということじゃろ」


 けらけらと英莉(えり)は笑うと,立ち上がる。


主殿(あるじどの)よ,そろそろ飯にせんか? 空腹じゃろう?」


 そういえば今日は結局昼も食べ損ねたな,と考えた天乃(あまの)は,思い出したかのように空腹に襲われる。


「あー,そうだな。だけど,何かあるのか?」

「まぁ,座っとれ。飯の用意はわっちの仕事じゃ」

「そうなのか。

 ……なんか,悪いな。世話になる」

「……ッ!!

 あ,主殿(あるじどの)は,わっちのことをもう少し道具のように考えた方がよいぞ?

 なんか,このような扱い初めてじゃから,わっちとしても,ちぃとムズ(がゆ)い」

「……なぁ,これはちょっと訊いといた方がいい気がするんだが,オレってどんなやつだったの?」


 英莉(えり)は少々困ったように苦笑いすると,ぽつりと,呟くように言葉を発する。


「…………まぁ,難儀な性格じゃったよ」

「あー,なんとなくわかったよ。

 英莉(えり)が言葉を(にご)すってことは,そういう性格だったってことだろ?」

「気にせんことじゃ。

 しかし,なんじゃろな。今の主殿(あるじどの)と前の主殿(あるじどの)は全く性格が違うと言えばそうなのじゃが,根っこの部分では同じと感じるのぉ。

 わっちとしても,ほとんど違和感なく自然に接することができておる。

 この調子なら,他の者らともそれなりにうまくやっていけるじゃろ」


 英莉(えり)はひらひらと手のひらを振って台所へ向かう。

 天乃(あまの)は,何か手伝った方がよいかとも思ったが,足手(まと)いにしかならない未来が目に浮かんだので,自重することとする。

 手持無沙汰となった天乃(あまの)は,机上のノートパソコンの電源を入れる。

 

 パスワードを要求されるが,当然,覚えているはずもない。


「なぁ,英莉(えり)。このパソコンのパスワードってなんだ?」

「ぱすわーど? さぁのぉ。わっちは知らんぞ?」

(それじゃあ,完全にゴミじゃないのか,これ。

 ん? 魔力の残滓(ざんし)?)


 天乃(あまの)が目を凝らすとキーボードには微かな魔力の残滓(ざんし)があった。

 その残滓(ざんし)には濃淡(のうたん)があったことから,順番に押せということだろうか。

 天乃(あまの)は,魔力の残滓(ざんし)の濃い順番にキーを押していく。


(R-E-P-L-I-C-A-0-5-2-8か。どういう意味だ?)


 天乃(あまの)がパスワードを入力し,エンターキーを押すと,パスワードは正しかったようであり,パソコンのデスクトップが表示される。

 デスクトップにはいくつかのショートカットがあったが,天乃(あまの)の目に留まったのは『Read me』というタイトルのメモ張だった。

 天乃(あまの)はメモ帳を開く。


天乃(あまの)(しん)

 このメッセージを読めているということは無事『殺し屋』の手から生き残ったということだろう。

 最初に断っておくと,『殺し屋』にお前の殺害依頼を出したのは俺だ。

 もっとも,さすがに撃退は不可能だと思ったから,エリザベートという制限時間を設けさせてもらった。

 どうしてそんなことをしたのか。

 お前は疑問に思うだろう。

 まず1つ目は俺が築いたネットワークの強度を図るためだ。

 あの時間帯なら,高確率で御堂彩芽(みどうあやめ)と出会えることはわかっていた。

 そして,彩芽(あやめ)が6月6日の午後4時44分に《流星》を使用することは既に決まっていた。

 それが,どういう理由によるものかを図りたかったというのが第1の理由だ。

 第2の理由はお前を図るためだ。

 本気ではない『殺し屋』にあっさりと殺されるようでは,どのみち,これから先を乗り越えることはできない。

 かといって,ある程度の覚醒なしでは『殺し屋』は手に余る,それくらいの難易度を選んだつもりだ。

 覚えてはいないだろうか。明らかに致命傷を負った,または負う直前かどちらかのタイミングで都合のよいことが起こったということはないだろうか。

 もし,その感覚が残っているなら,それは予兆だ。

 俺の選ばなかった可能性の1つだ。

 今は意味が分からないだろうが,いずれわかるときがくる。

 まだ,細かな理由はいくつかあるが,割愛(かつあい)する。

 今は必要なことだけ伝えよう。

 百目鬼(どうめき)亜澄(あすみ)に会え。

 以上,健闘を祈る。 天乃(あまの)(しん)より』


(なんだこれ。オレからのメッセージ?

 オレは,いったい何がしたかったんだ?

 それに,署名だけは手書きだな。正式な文章というわけでもないだろうに,なんでだ?)


 天乃(あまの)はとりあえず,そのほかにも何かないかを探る。

 だが,見つかったのは,学校の教科書やさまざまな魔術(まじゅつ)に関連する論文をスキャンしてPDFファイルにしたものなど,魔術(まじゅつ)関連の資料が大量に見つかったほかには,目ぼしいものは見つからなかった。

 天乃(あまの)が,なんとなくそのうちの1つの論文(タイトルは「浅木(あさき)で生まれた子どもたち」である)に目を通していると,英莉(えり)から声がかかる。


「おーい。主殿(あるじどの),おまたせじゃ。

 とりあえず今日は時間も時間じゃし,手の込んだものは作れんからの」


 そう言って英莉(えり)が持ってきたのはミートソースパスタと生野菜のサラダだ。


「ありがとう,あれ? オレの分だけ?」

「まぁの,わっちは通常の食事を必要とせんからな。

 食えんわけではないが,食う必要もないので,食っておらんのじゃ」

「そう,なのか。なんか悪いな」

「気にするでないわ。それより,食事をしながら少々話の続きをしようと思う。

 話し忘れておったことがあったのをデュラムセモリナ粉をこねていたときに思い出したのじゃ」

「待て,このパスタ……手作りなのか」

「話しておくべきことというのは――」

「無視かよ」


 そのとき,ガチャという音とともに玄関のドアが開く音がする。


「ただいまー,英莉(えり)ー,ご飯できてるー?」

「ぁあ,話す前に帰ってきてしもうた」

「あれ? 生きてたの,兄貴?」


 天乃(あまの)が,玄関の方から聞こえた声に振り替えると,そこには御堂と同じ制服を着た少女が立っていた。


「おかえりじゃ,妹御(いもうとご)。いうておらなんだか? 今日から主殿(あるじどの)が帰ってくると」

「ふうん。なんか,頭に大怪我したとかいう話だったっけ?」


 少女が天乃(あまの)に問い掛ける。

 天乃(あまの)は,先程の英莉(えり)と少女の会話から,少女が自身の妹であると知り,少々困惑したが,記憶喪失の説明としてそういうことになっているのだと瞬時に理解し,返事をする。


「え?

 ――あぁ,そうなんだ」

「しまった。だめじゃ,主殿(あるじどの),返事をするな!」


 英莉(えり)が止めるが,天乃(あまの)は既に返事をしてしまった後である。

 ――カチッと何かが()まった感覚がする。


「《虚言の戒め》

 ちょろいね,この兄貴は。

 さて,質問に答えてもらおうか」

作中の疑問,質問について募集しています。


ここまで読んでいただいた方でこの部分がわからない,などありましたら,今後の展開に関わらない限り,答えていきたいと思います。


あと,気が向いたら評価もお願いします。

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