加速する罪、停止する罰
2036年6月6日 午後5時04分
薄暗くなってきた道を《行き止まり》を先頭にして御堂、刹那と続く形で進んでいく。《行き止まり》は淡々としているが、御堂は緊張した面持ちである。
「そうビビんなよ。テメェが抵抗しねェ限り、俺から手ェ出すことたァねェんだからよ」
「それは……そうなんでしょうけど。あなたに関してはいい思い出がないもので」
「いったいいつの話をしてやがる?」
「そういうところよ、《行き止まり》」
「訳わかんねぇ」
「そういえば、三日前、うちの研究員が一、人行方不明になったのだけど、知らない?」
「あぁ? 知らねェ――なんで俺に訊いた」
「さぁ、なんでだと思います?」
「うざってェ、知ってるよ。それがなんだ?」
「いや、一応、お礼をと思いまして」
「やめろ、単なる仕事だ。っつうかあんな欠陥品を御堂はなんで作ってんだ?」
「さぁ、私が作ったわけじゃないし。あの父の考えなんて知らないわ」
「そぉかい。使用者が死んじまう薬なんざァ碌なもんじゃねぇと思うがねェ」
「やっぱり……か。あなたが殺したわけじゃないんですよね?」
「さァな。それよりも今回の処分の心配でもしてろ」
「今回は正当防衛ですよ」
「その辺の判断は理事会が行うとして、だ」
《行き止まり》が立ち止まり、首を傾けて御堂に目線を向ける。
「テメェ、それが真意って訳じゃねぇんだろ」
「……」
「沈黙は肯定と受け取るぜェ?」
「……そうです。今回はあなたを呼ぶためでした。それほどの敵でしたので」
御堂の目はまっすぐに《行き止まり》を見ている。
「けっ、開き直られてもなァ。言っとくが、変な温情は期待すんなよ。俺はテメェのお守りなんざ金輪際ごめんだぞ」
「でも、あなた以上の適任者はいない……ですよね?」
「あんまり調子に乗んなよ? 面倒なら消しちまうぞ?」
《行き止まり》は御堂に向かって片手を向ける。
「人間なんざ、この手で触れるだけで簡単に殺せる。それはテメェもよく知ってんだろ?」
「あなたに、私は殺せない。少なくとも今は」
「……」
「沈黙は肯定と受け取りますよ?」
《行き止まり》は忌々し気に舌打ちすると、そのまま進み始める。
「(ひやひやするわ、御堂さん。あまり彼を挑発しないで)」
「(わかってるわよ。私もあいつに関していえば立派なトラウマもちなんだから。今も心臓バクバクよ)」
そのような会話をしているうちに《行き止まり》たちは道を封鎖している三人の警備隊に出くわす。
「よぉ、封鎖役のトップにつなげ」
「《行き止まり》だな。本人確認のために身分証の提示を――」
「あァん? んなもんいちいち携帯してねェよ。《流星》ァ、テメェの出せ。それで足りんだろ」
「……まぁ、いいけど」
御堂は学生証を警備隊員に提示する。警備隊員は手持ちのカードリーダーに学生証を通す。
「第三高校中等部三年生、御堂彩芽。――確かに。《流星》本人との確認が取れました」
カードリーダーを持った警備隊員が隣の隊員に報告する。隣の隊員は、無言で無線機を《行き止まり》に渡す。
「《行き止まり》だ。《流星》の身柄を確保した。封鎖を解け」
『ご苦労、《行き止まり》』
無線の向こうから男性の声が聞こえてくる。《行き止まり》はその声に聞き覚えがあった。
「その声……伏見か?」
『そうだ。よくわかったな』
「なるほどねェ、俺も信用されてねェってわけだ」
『そういうわけではないがな。たまたまシフトが空いていたので、立候補したんだよ』
「どうだか。まァいい。今回は特になんもねェぞ。《流星》も大人しいもんだ」
『そうか。では、封鎖を解くとしよう。ときに、《行き止まり》、封鎖空間内に人はいるか?』
「はあ? あぁ、そういや、現場にあと二人いたな。一人は怪我してたが、命に別状はねェから、病院行けっつって二人とも放ってきたが」
『そうか。できれば、参考人としていろいろと聴取したかったんだがな』
「それは、警備隊の都合だろ? 俺の仕事とは関係ねェ。それに、参考人なら勝手に付いてきた奴が一人いる。そいつでも聴取してろ」
「あの、私は御堂さんのために来たのであって――警備隊に協力するとは言ってないのだけれども」
刹那はこのままでは警備隊に連れて行かれると思い、抵抗の意を示す。
「だ、そうだが」
『そうかい。それは困った。そこにいる彼女の協力を取り付けるために、我々は少々強引な手段をとることもできるのだがね。……今回は止めにしておこう』
「へェ、そりゃあどういう風の吹き回しだ?」
『簡単な話だ。今回の件はどうせ我々の管轄の外で処分が決定し、なかったことになる。つまり、事情聴取は時間の無駄だ』
「そうだろうな。《流星》が絡んでる時点でそうなる公算が高い」
『我々は所詮、治安維持のための雇われ部隊だ。本分を逸脱してまで権限を振りかざすべきではない』
「まったくそのとおりだ。常にそうあってほしいもんだがな」
『ははは、耳が痛い話だ』
「じゃあな、伏見。俺はこのまま《流星》を連行する」
『ああ、こちらはこれで撤収するよう各部隊に通達しよう』
《行き止まり》は無線機を警備隊員に向かって無造作に放り投げると、そのまま振り向かずに先へと進んでいく。
「おら、《流星》。早く来い。それとも、気絶したまま引きずられんのがお好みか?」
「行ーきーまーすー」
2036年6月3日 午後10時34分
『それで、こんな時間に火急の用事とは何事ですかな? 百目鬼理事』
そこは百目鬼亜澄のオフィスだった。現在、合計十三人の理事の内どうしても都合のつかなかった二名を除き、十一名がこの緊急のオンライン会議に参加している。発言をしたのは禿頭の老人――理事の一人、遠山譲であった。
「ええ、別に明日でもよいとは思ったのですが、こういった情報は早く共有した方がよいと思いまして。――本物の《流星》が放たれます」
『……御堂家の御令嬢が?』
『いったいいつ?』
『何を破壊するのかね?』
『何が起こるというのだ』
理事たちは各々思ったことを口にしている。百目鬼は、それを意に介さず、必要な事項だけを淡々と告げる。
「《流星》が観測されるのは、六月六日午後四時四十四分、第六学区の路上です。対象は――空といえばよいのですかね。真上です」
『どういうことだ』
理事たちを代表して遠山が百目鬼に質問をする。
「さぁ、詳しくはわかりかねます。そういうものだということは、皆さんもおわかりでしょう?」
『それはわかっておる。だが、《流星》は、許可なく使用してはならんことになっておる。その使用により、たとえ人的物的損害が出なかったとしてもだ。だが、御堂彩芽の人格的に考えて、彼女は無意味に力を誇示するタイプではないということではなかったか』
「ええ、そうです。何らかの事情があるとみてよいでしょう。そこで、この場で御堂彩芽への処分を決定しておきたいと思います」
『それは、どういうことかね?』
「《流星》は、先の五月二十八日の事件を各国に説明するための最有力候補でした。あの光速飛翔物体は、現状、我が国が保有する魔術の中では《流星》以外では説明できません」
『それは承知している。それで?』
「しかし、現状の《流星》ではそれをなし得ないということも皆さんであればご承知のはず。例の一件、他に候補がないという理由で彼女には泥を被っていただきました。当初はそれで問題なかったのですが、今回、彼女が何らかの理由で《流星》を使用します。――これは止められません」
『つまり、前回は初犯ということで執行猶予を付けられたが、今回はそれが使えんということだな』
「ええ。そういうことです。時期も最悪です。あれからまだ約一週間しか経っていません」
『学則に法れば、退学処分まであり得る。だが、この程度で《流星》を手放すにはあまりに惜しいという感情論を抜きにしても、御堂家の人間を外に出すことはできない』
「しかし、学則を曲げてはそれこそ問題です。公平性が担保されていないルールなどに誰が従うでしょう? そこで、この一件、処分を私に一任してほしいのです」
『確かに、彼女は第三高校の中等部所属――学則に法れば、担当は君になるな』
『どうするつもりかね』
「それは――」
2036年6月6日 午後5時36分
「はァ? どういうことだ、百目鬼。それが今回の処分だと?」
《行き止まり》が声をあげたのは、浅木大学附属第三高校の理事長室の室内であった。《行き止まり》、御堂、刹那は無事目的地に辿り着き、その部屋にいた百目鬼に事情を説明したところ、百目鬼から、今回の処分が決まったとの話が告げられたのである。
「そうですよ、《行き止まり》。これは理事会の承認を得たものです。彼女には、今後、あなたの助手となってもらいます」
「――要らねェな。なんだそりゃ? 俺にとっての罰ゲームでしかねェんだが」
「そこまでいわなくても……」
御堂は、散々な言われように若干憤慨した様子であるが、処分に不満は述べなかった。
「そうですよ、《行き止まり》。彼女はあなたに足りない遠距離攻撃の役を埋めてくれるでしょう」
「関係ェねェな。俺の術式の最大射程距離は五十メートルはある。それ以上はいらねェだろ」
「ですが、常にそういう訳にはいかないでしょう? 彼女なら常時一キロメートル以上の精密射撃が可能ですよ」
「どこで役に立つんだよ、その技術」
「少なくとも、手数は多いに越したことはないでしょう?」
「だから、それが不要だっつってんだよ」
《行き止まり》は頭痛がするかのように頭を抱えている。そんな彼の様子にも百目鬼は一切頓着しない。既に決定した事項を告げるだけである。
「わかってませんね、《行き止まり》。これはあなたに拒否権があるものではありません。理事会が決定した処分です」
「…………わぁったよ。けど、助手ってことは、こいつの使い方は俺に決定権があるんだろぉな?」
「え? それは、ちょっとヤだなぁ」
《行き止まり》は親指で横にいる御堂を指すが、御堂は若干困り顔である。もっとも、百目鬼はそんな御堂の様子などお構いなしである。
「もちろんです。それが人間としての尊厳を傷つけるものでない限り、《流星》は《行き止まり》の管理下に置かれます。それが今回の処分の肝です。ただし、指示は《行き止まり》の仕事に関する範囲内に限定されるのものとします」
「そうかい。なら、《流星》、早速指示する。仕事は俺一人でするから、今後、何もするな。いや、そこらで可能な限り丸い石でも拾って集めてろ」
「もちろん、だめですよ、《行き止まり》。それは、御堂さんを一個の人格と認めないものです。彼女を活かす指示ができないようなら、さらに監視役を置く必要がありますが」
「冗談じゃねェぞ、百目鬼。これ以上足手まといを増やそうってんなら、こっちにも考えがあるぞ?」
《行き止まり》は凄んで見せるが、百目鬼は堪えた様子もなく話を続ける。
「では、精々彼女をうまく使うことですね、《行き止まり》。彼女が使えないというのならば、あなたの手で使える人材に育て上げることです」
「はっ、おいおい、ますます罰ゲームめいてきたじゃねェか」
「お互い様ですね」
御堂が《行き止まり》に対し、『べー』と舌を出す。
「では、《行き止まり》、次の仕事は、追って指示を出します。今日は解散していいですよ?」
「……俺は納得してねェんだが?」
「あぁ、御堂さん。あなたにはこちらを渡しておきます。仕事の呼び出しは基本これで行います。仕事に必要な連絡先はその中に入っていますので、私用で使わない限り、自由に利用して下さって構いません」
百目鬼は御堂に一台の携帯端末を渡す。
「わかりました。要は、私も今後はこの街の治安維持システムに正式に組み込まれるってことでいいんですよね?」
「そうですね。社会奉仕――それが今回の件に対する罰です。もちろん対外的なポーズにすぎませんが。要は、これまで非公式に依頼していたものを公式なものにすることとしたというだけにすぎませんので」
百目鬼のいうとおり、御堂はこれまでも非公式に現場に居合わせた一般人としての協力を依頼されてきたという実績がある。
「ずいぶんと甘い対応だな、百目鬼よォ」
「そうでもありませんよ? 無期限の社会奉仕は休学と同等の重い処罰ですので」
「かっ、どのみち、この街と関わってしか生きていけねェこいつみたいな『原型術師』にとっちゃあ、ちょっと先に職場体験すんのと変わんねェだろが」
「そういう考え方もできなくはないですね」
百目鬼は否定しないが、《行き止まり》のいうことは的を射ていた。
『原型術師』というのは、御堂家を含むいくつかの家系を指す言葉で、特性説が生まれた根拠ともなった家系である。その特徴は、特定の特性の術式に特化しているということである。例えば、御堂家は加速に特化している。御堂家の人間は、加速系統の術式しか扱えない代わりに加速の分野においては他の追随を許さないほど強力な術式を扱えるのである。
だが、そのように強力な術式は調節が容易ではなく、使い勝手はよくないことから、社会には馴染まない。実際、御堂は《流星》という非常に強力な術式をもっているが、そのような強力な術式の使いどころなど、戦争だけだろうといわれている。だからこそ、使用が禁じられているのであり、御堂は、血が滲むほどの努力を積み重ねて《加速砲撃》という最高で拳銃の銃弾ほどの威力という劣化した術式の仕様変更に成功したのである。もっとも、その《加速砲撃》にしても一般の魔術師の扱う魔術としては強力すぎるのである。
また、現在社会が求めているのは一点に特化した人材ではなく、まんべんなくいろいろなことができる魔術師である。そういった点で、御堂は卒業も魔術を活かそうと思ったならば、どのような魔術師であっても研究の対象にできるこの浅木市のような街にしか居場所がないのである。実際、御堂の親族は何らかの形で浅木市に依存している。
「ですが、《行き止まり》、私は、あなたのように『原型術師』であるということを理由にこの街のシステムに組み込まれることをメリットとは考えられませんし、考えたくもありません。御堂さんも、今回の件はしっかりと厳罰であるということを胸に刻んでおいてください。あなたは、貴重な選択肢を一、つ失ったのです」
「……わかりました。では、失礼します。いこっ、刹那」
御堂と刹那は一礼すると、理事長室から出ていく。残ったのは百目鬼と《行き止まり》だけである。
「さて、《行き止まり》。あなたに追加で仕事を依頼しておきます」
「あァん? なんだよ」
「あなたには、《流星》を完成させてもらいます」




