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Replica  作者: 根岸重玄
記憶喪失編
17/286

詠唱

 2036年6月6日午後16時06分


「《流星(ミーティア)》?」


 天乃(あまの)はぼんやりと,その術式の名前を聞いたことがあることを思い出す。

 それは,つい1時間半ほど前に聞いた術式だった。


(確か,雹霞(ひょうか)さんによると,一点突破における最強の攻撃術式だったか?

 それをこいつが?)


「やめておきなさい,御堂(みどう)さん。

 これまでのは小競(こぜ)り合いってことで見逃されるかもしれないけど,街中で《流星(ミーティア)》なんて使ったら,警備隊も統括理事会も黙ってないわ。

 あなた,ただでさえ今は微妙な立場なのに」

「わ,わかってるわよ,言ってみただけだって」


 御堂(みどう)はそういうが,刹那(せつな)が止めなければ《流星(ミーティア)》を使っていたであろうことは,天乃(あまの)には容易に想像できた。


「それで? 相談,終わった?

 帰る気になったかな? 第三中のツートップのお二人?」


 オーバーオールの少女はゆっくりと近づきながら声をかけてくる。


「あらあら,そんな恥ずかしい呼び名まで知ってるの?

 誰が言いだしたのか知らないけど,正直,迷惑だわ」


 刹那(せつな)はそういいながらも不可視の攻撃を数回繰り返したようだ。

 天乃(あまの)は,オーバーオールの少女が魔術(まじゅつ)を使って,それらを()き消す姿を見た。


「さぁて,あの妙な術式の正体を看破(かんぱ)して攻略法を見つけないといけないんだけど,なぁ」


 そういって,御堂(みどう)魔術(まじゅつ)を使わずにスリグショットを撃ち込む。

 しかし,オーバーオールの少女がナイフを振ると,弾は瞬く間に勢いを失い,今度は届くことなく落下し,地面に転がる。


「これもダメか」


 オーバーオールの少女が立ち止まる。


「ねえ,どうしても帰ってくれない?」


 そういって,こてんと首を横に(かし)げる。


(くそっ,考えろ。アイツはなぜ,最初の刹那(せつな)の攻撃を避けた?

 ああやって掻き消せるなら,最初から消してたはずだ。

 というより,アイツが何らかの方法で魔術(まじゅつ)を消せるとして,アイツはどうやって見えない攻撃を消しているんだ?

 刹那(せつな)の攻撃は,空間が歪んでいる程度でオレにもほとんど見えていないってのに。

 その兆候をどうやって感知している? 

 それに魔術(まじゅつ)じゃない純粋な物理攻撃にも対応できている。

 まだ情報が足りないのか?)



「なぁ,お前,どうしてオレを狙うんだ?」

「うーん。仕事? だから?」

「仕事?」

「そう。殺し屋なの,私」

「殺し屋って……」

「一周回って新しいわね」


 御堂(みどう)刹那(せつな)は冷めた目で殺し屋を名乗るオーバーオールの少女を見やる。

 だが,その実力は一流といわざるを得ない。

 第三中のツートップと呼ばれている御堂(みどう)刹那(せつな)だが,その実力は折り紙付きであり,こと戦闘においては,並みの魔術師(まじゅつし)では全く歯が立たないのである。


 刹那(せつな)は,不可視の矢を放つ《架空の矢》という魔術(まじゅつ)の使い手である。

 《架空の矢》は地球上には存在せず,宇宙を満たすとされていた架空元素(エーテル)を生成し,放出する魔術(まじゅつ)であり,特性説的に説明すると,生成特性と放出特性を兼ね備えた術式である。

 もちろん,実際の宇宙は真空であり,架空元素で満たされてなどいないのであるが,刹那(せつな)はその()()()()()()()()()()()架空元素を自己の認識によって歪めた世界内に生成し,固形化させ,放出することができるのである。

 架空元素は,この世には存在しない物質であるため,物理法則が通用せずいかなる化学変化も生じないというのが特徴である。


 御堂(みどう)は最強の攻撃力を持つ『《流星(ミーティア)》』に加え,それを使いやすく劣化させた《加速砲撃》という魔術(まじゅつ)の使い手である。

 これらは,特性説的には加速特性に属する。

 《加速砲撃》は,その軌道上を加速しながら進むレールを作り出す魔術(まじゅつ)ともいうべきものである。

 あくまで,御堂(みどう)が力を加えて射出した対象を加速させる術式であるため,放出特性ではなく,加速特性のみの術式である。

 なお,先ほど,天乃(あまの)を攻撃したのは,この《加速砲撃》である。



「ところで,お二人さんは帰らないの?

 だったら,邪魔だから排除しちゃうけど,文句言わないでね?」


 殺し屋を名乗るオーバーオールの少女は,ゆらりと体を揺らすと,一直線に天乃(あまの)達に向かって走ってくる。


「ちっ」


 御堂(みどう)が舌打ちすると,オーバーオールの少女に向かって右手の手のひらいっぱいに掴んだパチンコ玉を投げつける。

 天乃(あまの)の目には複雑な軌道を描く紫色の魔力が見えていた。

 パチンコ玉は,それぞれその紫色のレールの上に乗り,加速しながらオーバーオールの少女の周囲に向かっていく。

 それぞれが亜音速――当たればただでは済まない一撃である。


「逃げるわよ」


 御堂(みどう)はそう叫び,逃げる体勢を作るが,


「逃がさない」


 とオーバーオールの少女が呟く。

 次の瞬間,御堂(みどう)は目を疑った。

 オーバーオールの少女は今までのようにナイフを横薙(よこな)ぎに振るのではなく,正面に構え,パチンコ玉の嵐の中に突っ込んだのである。

 そして,ナイフ1本で器用にパチンコ玉を(さば)き,軌道(きどう)()らし,叩きつけてほかの弾にぶつけて,体一つ分の穴を開け,踊るようなステップで鉄の嵐を正面から(くぐ)り抜ける。


「うそっ!?」


 御堂(みどう)刹那(せつな)は信じられない光景を目撃し,瞬間的に固まる。

 一方,天乃(あまの)だけは,この光景に天啓(てんけい)を得ていた。

 彼我(ひが)の距離はおよそ15メートルといったところだが,この距離は既にオーバーオールの少女の射程内でもある。

 オーバーオールの少女が本気を出せば,この距離を一瞬で詰めることなど容易であろう。

 天乃(あまの)は,攻撃する関係で自然と前に出ていた御堂(みどう)刹那(せつな)の制服の襟首(えりくび)をつかみ,後ろに引っ張る。

 さきほどまで,刹那(せつな)の頭部があった場所をオーバーオールの少女のナイフが一閃(いっせん)する。


「あっ」


 刹那(せつな)は引っ張られながらも瞬時に助けられたことを理解し,《架空の矢》を正面に放つ。

 オーバーオールの少女は独楽(こま)のように回転し,《架空の矢》を(かわ)しつつ,天乃(あまの)の肩にナイフを深々と突き立てる。


「ぐあっ」


 天乃(あまの)は刺されたことで悲鳴をあげつつも,()()()()()()()()()()()()()ので,ナイフを持つオーバーオールの少女の手を(つか)もうとする。

 しかし,オーバーオールの少女はあっさりとナイフを手放し天乃(あまの)の手を躱す。

 そして,オーバーオールのポケットに手を入れ,次のナイフを取り出す。



「やるー。天乃(あまの)君! ナイフ1本取られたよ」



 オーバーオールの少女はナイフを構えながら,呑気に天乃(あまの)に話しかける。

 そこに,天乃(あまの)の背後の死角からギリギリ天乃(あまの)を躱すように亜音速(あおんそく)の弾がオーバーオールの少女に向かって飛んでいく。

 オーバーオールの少女はそれをナイフを薙ぐことで勢いのない弾に変えつつ,後ろに下がりながら余裕をもって躱す。


「お()めに与り光栄だな……

 だが,おかげで大体わかったよ」

「へぇ。やるじゃん。答え合わせ,する?」

生憎(あいにく),仕組みはわかったが突破口はまだ(ひらめ)いてなくてね。

 っつうかマジで(いて)ぇ」

「そりゃあ,結構深く刺さったからねぇ。痛いだろうなぁ」


 喜々とした声でオーバーオールの少女は答える。


「ちょっと,その肩,あんた,大丈夫なの!?」


 先程の奇襲(きしゅう)も躱され,いよいよ打つ手がなくなった御堂(みどう)が,心配そうに天乃(あまの)に話しかける。


「大丈夫じゃねぇな。すっげぇ(いて)ぇ」


 ちょいちょいっと御堂(みどう)の肩を刹那(せつな)が叩く。


「ねぇ,御堂(みどう)さん,提案があるんだけど」

「何よ,刹那(せつな)

「私たち,そろそろお(いとま)したほうがよろしいのではないかしら?」

「な,なに言ってんのよ,刹那(せつな)!」

「だって,言ってたでしょう,彼女?

 狙いは天乃(あまの)さんだって。だったら,私たちは関係ないじゃない」

「……」


 刹那(せつな)の提案に,御堂(みどう)は思わず絶句する。



「うっわー。それはさすがの私でもドン引く提案ねー。

 まぁ,いいけどねー。私のターゲットは天乃(あまの)君だもん。

 邪魔しないならあなた達には手を出す理由はないし」

「マジで言ってんの,刹那(せつな)?」

「ええ。大マジね。天乃(あまの)さんには申し訳ないけど,ここで私たちにできることはないわ。だったら,私たちは,私たちができることをしましょう?」

「そう,私たちにできること,ね。

 ……なら,()()()()()()じゃない」


 御堂(みどう)はそういいながらスリングショットにパチンコ玉を装填(そうてん)する。


「ちょっと,御堂(みどう)さん!? やめなさい!」

「だぁいじょうぶ,《流星(ミーティア)》なら使わないわよ」

「……そう。なら,お手並み拝見といきましょうか」


 刹那(せつな)は,御堂(みどう)が撤退しないなら自分も残るという。

 その瞬間,御堂(みどう)は安心したかのように目を閉じる。



「“――私が放った物体は、流星(ひかり)の如く(はな)()く”」



詠唱(えいしょう)!? させないよ」


 オーバーオールの少女が血相(けっそう)を変えて,一歩前に出る。

 そこに,刹那(せつな)が顔色一つ変えずにカウンター気味に《架空の矢》を打ち込もうとする。


「邪魔!!」


 しかし,何らかの方法でそれを察したオーバーオールの少女は,ナイフを一薙ぎし,《架空の矢》が生じる前に消し去る。


「ッ!!」


 先程から,攻撃が一度も成功せず,苛立(いらだ)刹那(せつな)に対し,天乃(あまの)はそっと声をかける。


「(合図をしたら,“壁”を作れ)」


 そして,オーバーオールの少女の方へ走り出す。


天乃(あまの)さん!?」

天乃(あまの)君!?」


 天乃(あまの)の予想外の行動に刹那(せつな)もオーバーオールの少女も思わず声をあげる。



「“近寄ること(なか)れ、何時(いつ)しか離れ往く運命(さだめ)なら”」



 御堂(みどう)は周囲の状況を一切無視して詠唱(えいしょう)を続ける。

 そもそも詠唱(えいしょう)とは,特殊な魔術(まじゅつ)などを用いるときに主に用いられる言葉による()()()である。

 その文句は心の奥底にある渇望(かつぼう)を具現化するというものであり,唱えている本人にもどのような言葉を口にするかわからないし,状況によってどのような効果が生じるかもわからないという一種のギャンブルのようなものであった。

 ただし,己の心の奥底にある渇望を理解し,折り合いを付けながらある程度訓練することで,同じ文句で同じ事象を引き起こすことが可能となる。

 それは,魔術師(まじゅつし)にとっての切り札である嵌技(エンゲージ)没入(ダイブ)のスイッチになっていることが多く,それを阻止するためには,詠唱(えいしょう)を中断させるしかない。

 もっとも,詠唱(えいしょう)中は完全に無防備になるため,実戦での使用は極めて困難であるというのが大方の見方であり,有用な能力が発言するとは限らない詠唱(えいしょう)をまともに訓練している魔術師(まじゅつし)は少ない。

 ところが,ここにそんな稀有(けう)魔術師(まじゅつし)がいた。

 御堂(みどう)はとある理由から詠唱(えいしょう)の習得を余儀なくされており,実戦で投入するのも今回が初めてではない。



 天乃(あまの)は,オーバーオールの少女の目の前に向かって突き進む。

 オーバーオールの少女がそれに一瞬身構(みがま)えたとき,天乃(あまの)は声をあげる。


「今だ!!」


 その瞬間,天乃(あまの)とオーバーオールの少女の間に十本弱の不可視の矢が突き立てられ,オーバーオールの少女が天乃(あまの)に振るったナイフがその“壁”に弾かれる。


「ちぃ」


 オーバーオールの少女は,弾かれたナイフと天乃(あまの)の口元に浮かんだ笑みを見て天乃(あまの)が自分の魔術(まじゅつ)の秘密を看破(かんぱ)したことを確信する。

 図らずも答え合わせが終わってしまったのである。



「“私が(いだ)けたものは一つもない――”」



 そして,この瞬間,御堂(みどう)詠唱(えいしょう)が完成する。


 オーバーオールの少女は,瞬時に撤退(てったい)を決断した。

 御堂(みどう)詠唱(えいしょう)がどのようなものであれ,それが完成した状態で戦闘を継続するというのは,それだけでいつ踏むかもわからない地雷原でフルマラソンしろといわれているようなものなのである。

 これが嵌合(かんごう)型なら,どんな些細な条件が相手の嵌技の条件に合致するかわからないし,仮に没入(ぼつにゅう)型であった場合,この瞬間から何らかの相手にとって有利な現実改変が行われるのである。

 したがって,ここは撤退がセオリーである。

 ()()()()()御堂(みどう)の篏合は容赦(ようしゃ)がなかった。

 オーバーオールの少女が(きびす)を返そうとした瞬間,カチッと何が(はま)まった感じがしたのである。


(はま)まった」


 御堂(みどう)は冷酷な表情でそれを告げる。


「チェックメイトよ。殺し屋のお姉さん」

活動報告にも書きましたが,作中の疑問,質問について募集しています。

ここまで読んでいただいた方でこの部分がわからない,などありましたら,今後の展開に関わらない限り,答えていきたいと思います。

今後ともよろしくお願いいたします。

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