不機嫌な暴君とマンションに潜む刺客
2036年6月6日 午後2時49分
「ういーっす。ってか寒っ!」
「……雹霞姉ぇ、使ったわね?」
間森と水無月が戻ってくる。どうやら、部屋の温度から何があったのか双方ともに察しているようだった。
「まぁ、流れ上、已む無くな」
義妹に詰め寄られ、雹霞は若干バツが悪そうに言葉を濁す。
「ちょっと! 天乃はその、妙なやつではあるけど、ただの人間よ? 殺す気なの!?」
「加減はしたさ」
「ええ、そうでしょうね。雹霞姉ぇが手加減しなかったら天乃死んじゃってただろうし。でも、そんなことゆってるんじゃないの。たとえ手加減してても雹霞姉ぇの魔術は人を殺しかねないってゆってるの。そこらへんわかってる?」
「わかっているさ、そのくらい。人を殺さない訓練は積んでいる」
若干すねたように雹霞は口を尖らせた。
「成果は?」
そんな義姉を水無月はジト目で見る。
「いまいちだな。人間は脆過ぎる」
「雹霞姉ぇが強すぎるの! いい加減自覚して。お願いだから」
「自覚はしているさ、ずっとな。でもなぁ……」
「――その先をゆったら、烈火兄ぃに――」
「烈火には云うな。わかった。私が悪かった。鋭意努力する」
「大体、雹霞姉ぇは――」
雹霞が困ったかのように義妹に頭を下げているのを後目に、間森が天乃に近寄ってくる。
「災難だったなあ。うちのボスは何かしでかさないと気が済まない質なんだろうな。生きてっか?」
「かろうじて、な。マジで死にかけたよ、今回は」
「だろうな。殺気で満ちてやがる。あの人、なぜか知らんが本気でお前を殺しにかかってたみたいだな」
「――はい?」
「まぁ、今の雹霞さんからは殺気を感じないが……気ぃつけろよ? さすがに、あの人相手じゃ分が悪い。最年少で特務課の課長にまでなってんのは伊達じゃないからよ」
「……気を付けろって、具体的にはどうすりゃいいんだよ」
「一番いいのはもう会わないことだ。接触を断つこと。……なんだが、こいつは難しいかもな」
「なんでだよ、要はここに来なきゃいいんだろ?」
「……まぁ、そうなんだがな」
間森が微妙に言葉を濁していると、義妹から説教を受けていた雹霞が渋々といった感じで天乃の方に向かってくる。
「天乃、その、申し訳なかったな。まぁ、許せ。ちょっとした余興だ」
「むっ」
後ろの水無月の視線が鋭くなる。
「いや、ちょっと過激すぎたな。傾き過ぎたというか。まぁ、なんだ、その、ご、ごめん、なさい」
結局、雹霞はしどろもどろになりながら、義妹の圧力に屈して謝罪に追い込まれていた。
「これっきりで勘弁してくださいよ?」
さすがに見かねた天乃は、謝罪を受け入れることにする。
「甘くない? 天乃?」
水無月のキッとした目が今度は天乃の方を向く。
「あんた、さすがに甘いわ。アタシのときもそうだったけど。自分を害する者への甘さは、いつか身を滅ぼすわよ」
「なら、この状況でどうしろと……?」
「ふん、知らないわよ」
理不尽な……という言葉を辛うじて飲み込んだ天乃は、横から間森が差し出した書類を見せられる。
「まぁ、というわけで、慎。こいつにサインと指印をしろ。本来なら読み聞かせとかいろいろあるんだが、今回は省略だ。どうせこの調書が使われることはないんだしな。水無月妹もそれでいいか?」
間森が水無月に確認をとる。
「いいわよ。面倒ごとはなしにしましょ。ってゆうか、その呼び方何とかならないわけ?」
「水無月ちゃん」
「水無月妹でいいわ」
「そういやぁ、まだ、アーサー・リードの行方がわかんねぇんだわ。結界から出てきた気配がない。というか、お前らが言っている壊れた甲冑も見つかってない。結界ごと消えちまったんだ」
「そうなの?」
「あぁ、だから、気を付けてくれ。どこから奴が現れるかわかんねぇからよ。そもそもの目的もいまいちわかんねぇしな」
そのような間森と水無月のやりとりが行われている間に、天乃は一応調書を斜め読みし、内容を確認してから署名と指印を済ませる。水無月は投げやりに名前を走り書きすると、適当に指印を押した。
「じゃ、確かに受け取ったぜ。これで用事は終わりだ。雹霞さん、このあと、俺が慎を家まで連れて行きゃいいんですかね?」
「うーん。どうも記憶喪失というのは本当らしいが、そこまでする必要はあるまい。地図アプリで場所を表示しておいてやれ。お前はこの部屋の後片付けだ」
雹霞の執務室は先程の魔術のせいであちこちが凍り付いたままだった。
「うーい。ってことだ、悪いな。っと。今、スマホに位置情報を送った。そこがお前の家だ。今日は大人しく帰ってゆっくり休んでくれ。それと、明日は午前中に百目鬼さんとの面談があるから、学校には来るように、って話だ」
「わかった。学校は……第三高校、この位置か。家から近いな」
「んじゃ、帰るわよ、天乃」
「ああ、じゃあな、啓吾。雹霞さんも」
「ん? あぁ」
曖昧に返事をする雹霞に別れの言葉を告げ、天乃と水無月は執務室を出ていった。
「本当に甘い奴になったものだ。あの性格にはどうも慣れん」
「ほんとっすね。まぁ、でもなるようになるっすよ」
「そんなことより、啓吾。この部屋、覇夏と二人で何とかしておいてくれ。私は用事ができた」
「なんとかって……。まぁ、何とかしますが。お出かけで?」
「あぁ、百目鬼さんに直接訊きたいことができた」
「了解っす。多分地下からだと遠回りになるっすけど」
雹霞は魔術師としては一流だが、日光を長時間直接浴びることができない体質という欠点を持っている。それ故に、この特務課も地下に移されたという経緯がある。
「仕方がないだろう? 私が外出するためだけにいちいち天災を振りまくわけにもいくまい?」
「おぉ、雹霞さんがそこを自重するくらいには常識的でよかったっすよ」
「いや、実際そうしていたら怒られたのだ、烈火に。私もムカついたのでな。危うく烈火を殺してしまうところだったよ。全治二か月の重傷を負わせてしまった。あっはっは」
「あんた、ほんとにやめてくれよ。いちいち深いんだよ、闇が! 迂闊に冗談も言えねぇ」
2036年6月6日 午後3時01分
天乃と水無月は、特務課を出ると、そのまま建物の外に向かっていた。
「んじゃ、今度こそ、アタシは学校に行くわ」
「オレも、今度こそ家に帰るとするよ。いろいろとありがとうな」
「本当よ、アンタのせいで無駄に疲れたわ」
「うーん。その点についてはオレに過失はないと思うがな。オレは被害者だろ?」
「どうだか。忘れてるだけで、アンタに原因があるんじゃないの?」
「それは、否定できないけど」
「まぁ、アーサーはどこかへ消えちゃったらしいし、気をつけて帰ることね」
「正直、もう会いたくない部類の人だよ」
「目的もよくわかんなかったしね」
「目的……か。オレにもあったんだろうな。わざわざ浅木に来てやりたかったこと。忘れちまったけど」
「なによ、急に?」
「いや、今日は何回も死にかけたからね。そこまでして叶えたい願いだったのかだろうかと思ってね」
「費用対効果の話?」
「そういうんじゃないけど、なんか、モチベーションに欠けるなぁと」
「ここでやってく自信がないってこと?」
「そうだな。こんな危ない街で生きていくには目的意識がないとやってらんないなぁと」
「ゆっておくけど、普通に暮らす分にはそこまで危険はないわよ?」
「なんだろうな? ここまで、説得力に欠けるセリフを投げかけられたのは初めてだ」
「まぁ、今日のアンタは、アンラッキーだってことよ」
「まだ午後三時すぎだよ。もう一波乱ありそうじゃないか、やめてくれよ」
「あはは、ないわよ。そうそう命がけの出来事なんてね」
天乃と水無月はそう言いながら警備隊の本庁の建物の外に出る。
「あの、すみません」
建物を出たところで、一人の男に声をかけられた。その男は長身の金髪碧眼の整った顔の西洋人で、六月だというのに黒いコートを羽織っていた。
(この季節にコート? 変なヤツね)
(君が言っちゃいけないセリフだよね、それ)
この季節にサイズの合ってない冬服を着ている自分のことは棚に上げて暴言を吐く水無月を窘めながら、天乃は一歩前に出る。
「なんでしょうか?」
「人を探しててね。黒に赤のメッシュ入りのカラーの髪にオーバーオールを着た少女に会わなかったかい? 身長はこのくらいなんだが」
男が手をかざすあたりだと、身長は百四十五センチほどであろうか。もちろん、天乃には身に覚えのない少女である。
「見てないわ。そんなに目立つ子なら、記憶に残ってるはずだけど」
天乃に代わり、後ろにいた水無月が答える。
「そうかい。ありがとう」
そう言って、男はその場を立ち去ろうとした。
「あの、警備隊に用事があって来たんじゃないんですか?」
天乃は立ち去ろうとする男に声をかけるが、男は一瞬考える素振りを見せ、納得したかのように言葉を発する。
「ん? あぁ、警備隊かい? そこまで事を大きくしたくはないんだ。どうせ、時間になったら落ち合う予定だからね。そこにも現れなかったらお世話になるとしよう」
「そうですか」
「それでは、また」
そう言って男は立ち去った。
その後、天乃は家に、水無月は学校に向かって歩いていた。もっとも、両者の方向は同じため、途中までは一緒に行くことになった。
「変な人だったわね。研究者かしら?」
「だから、格好については君も言えないよね?」
「仕方ないじゃない? 冬服が『虚空の旋律』本体なんだから」
「……そうだったんだ」
「何だと思ってたのよ?」
「いや、変わった格好だな、としか」
「失礼なヤツね。一応ライフル弾もストップできる高性能防具としての使い道もあるわ」
「魔導書は毀棄できない、だったか?」
「そうよ。だから、どんな危ない魔導書も禁書指定して封じるしかないの」
「そういえば、――――っとこの言い方だと誓約に引っかかるのか。――――これもだめか。うーん。……なぁ、禁書ってどこにあるんだ?」
「国立魔導図書館。浅木の中央よ」
水無月はそっけなく答えた。
「そこって誰でもはいれるのか?」
「許可が必要ね」
「許可を得る条件は?」
「自分で調べたら?」
天乃には、水無月は明らかにこの類の質問に答えることを嫌がっているのがわかった。
「やっぱりか」
「一人でなんか納得されると不愉快ね」
水無月は苛ついていることを隠そうともしない。
「わかった。この件はもう触れない」
「あんたのその妙に察しのいいところ、ムカつくわ」
「あはは……。じゃあ、お返しってわけじゃあないけど、オレについても一つ。どうも、オレの起源は“順応”にあるらしい。雹霞さんが言ってたけど」
「“順応”が起源……!?」
水無月は驚きを隠せない様子であったが、天乃は続けた。
「そう、それが《王宮勅令》が効き易い理由だろうってさ。どうかしたか?」
水無月の動揺した様子に、さすがに天乃は疑問を持つ。
「……アンタ、天乃慎って名前よね?」
「そうだけど」
「――”我,汝の真名を問う”」
「――――今の《王宮勅令》だよな? 特になんともないぞ」
水無月はほとんど不意打ち気味に天乃に『王宮勅令』を用いる。水無月の《王宮勅令》は、魔術の分類の中で『詠唱が必須の魔術』に分類されるのだが、日常会話の中に混ぜても違和感なく用いることができるので、使用したことを相手にも気付かせないというメリットがある。
もっとも、天乃には魔力の流れで水無月が術式を使ったか否かがはっきりとわかることから、その利点はほとんど意味のないものとなっている。
「どうゆうこと? ”我,汝の出自を問う”」
「――――――それも無効だ」
「くっ、神の術式……か。記憶に干渉する類の術式は全部弾かれるってこと!?」
「そうなんだろうな。なぁ、急にどうしたんだよ? さすがに変だぞ?」
天乃はなぜか動揺した様子の水無月に声をかける。
「いや、その……なんでも、ないわ。忘れて」
「まぁ、また水無月には甘いと言われるかもしれないが、実害があったわけではないし、今回は不問ってことで」
「あんた、意外と根に持つのね。まぁ、助かるわ。今回はアタシが悪かったわけだし」
水無月は自分で言ったことだけに苦笑いをする。
「そうだな、それじゃあ俺はここを右みたいだ」
「そう、学校はここをまっすぐ行ってすぐよ。ん? ここを右?」
水無月は一瞬首を傾げる動作をした。
「そうだが、どうした?」
「うーん。なんでもないわ。それじゃ、縁があったらまた会いましょ」
そう言って水無月は去っていった。
天乃は、そのまま道を折れ、地図に示された場所へとたどり着く。
「こ、ここか?」
そこは学生寮ではなく五階建ての分譲マンションだった。この浅木にある分譲マンションは主に教職員や研究者向けのものなのであるが、どうやら天乃はなぜか学生の身でありながらファミリー向けの分譲マンションで生活しているらしい。
(ローンとかどうなってんだ? そもそも、なんで敢えて分譲? 訳がわからん。いや、祖母が理事って話だから特別になんかの措置が取られてると信じよう。オレもそこまで馬鹿じゃないはずだ)
嫌な予感しかしない中、天乃は五階までエレベーターで上がっていく。
(五百十三号室、ここか? そういえば……鍵ってどこだ?)
天乃は、学生証のときと同様に財布の中を探してみると、それらしきカードキーが見つかった。
(とりあえず、入ってみるか)
カードをかざすと、小さな電子音がして扉のロックが解除された。天乃は、そのまま扉を開く。
(……風?)
窓が開いていたのか、中に入った天乃の顔を風が撫でた。
「遅かったではないか、主殿」
急に声をかけられ、天乃はビクッと体をすくませる。
声のあった方を見てみると、八歳くらいの人形のように整った見た目の幼い少女がいた。少女は赤い着物を羽織っており、その髪型はサイドテールで、その黒髪の根元は薄い黄色のリボンで結ばれている。
天乃はその少女の名前を知っていた。病院に現れた金髪の少女が変身(?)した姿で、英莉と名乗った少女であった。
英莉は別の少女に後ろから羽交い絞めにされるようにしながら、首元にナイフのような刃物を突きつけられていた。刃物を突きつけている少女は、黒髪に赤のメッシュが入ったカラーの髪の少女であり、その格好はオーバーオールであった。
英莉は首に刃物を突き付けられながらも怯える様子もなく天乃に話しかけてくる。
「なぁ、モノは相談なんじゃが、わっちを助けてくれんか?」




