↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Replica ― Amphitheatrum Ideale ―  作者: 根岸重玄
双輪開花編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

111/427

合理の獣と敵対者

 2035年5月5日 午後11時54分


 (かささぎ)の言葉に、間森(まもり)が、警戒を滲ませて口を開いた。


「……魔術の魔導書化なんて、そう簡単にできるものじゃないだろう?」


 至極当然の疑念だった。

 だが、(かささぎ)はあっさりと肩をすくめていう。


「君の云うとおりさ。魔導書の作成なんてものは、魔術の極致だ。毀棄されぬ構造、才能の継承、そして己の魔術を抽出する技法。どれも一朝一夕には至らない。普通なら、ね」


 (かささぎ)は口元を吊り上げ、にやりと笑った。


「でも、僕に限っては例外だ」


 間森(まもり)が目を細める。

 (かささぎ)は続けた。


「僕は魔術師だけど、ほとんど魔術を使わない。理由? 単純だ。僕の魔術は、使い勝手が悪い。効果は極端、燃費も最悪。……だけど、こういう時には向いてる」


 そう云って、(かささぎ)は両腕を広げた。


「じゃあ、始めようか。痛みはない。すぐに終わるさ」


 そして、静かに詠唱を始めた。


「‶――貴方に与えられた概念(なまえ)は、貴方を創った者の願いである〟」


「‶我は常世すべての願いを踏み躙る者〟」


「‶為すべきことを果たせぬ無常を、呪うがいい――〟」


 その声は、次第に異質な重みを帯びていく。


「‶没入開始――《概念抽出》〟」


 詠唱が終わった瞬間、

 (かささぎ)の手が、眩い光に包まれた。

 彼は何も見ていない。ただその手を振るうだけ。

 それだけで――

 緋澄(ひずみ)の身体から、永遠に魔術が失われた。

 抵抗も、痛みも、苦しみもない。

 ただ、静かに、取り返しのつかない喪失だけが残った。

 (かささぎ)は、抽出した魔術を掌の中に収めると、用意していた荊の意匠をあしらったブレスレットへとそれを流し込んだ。

 金属が淡く震え、内部に新たな魔力の核を抱え込む。


「――ほら、これで完成だ」


 荊のブレスレットを軽く掲げながら、(かささぎ)は云った。


「これは魔導書 《荊の女王》。今からは――」


 (かささぎ)の視線が、静かに遊上(ゆがみ)へ向く。


「これを持つ者が、緋澄(ひずみ)眞琴(まこと)。持たぬ者が、遊上(ゆがみ)真理(まり)だ」


 宣告のような声音だった。

 世界が、決定的に変わった。不可逆の形で。


 静寂の中で――

 遊上(ゆがみ)が、ふと天乃(あまの)の顔を見た。

 今さらながら、はっきりと気づいた。

 この男は二日前、自分の任務を台無しにした張本人だ。

 あの時は、悔しさと怒りしかなかった。

 だが、今なら分かる。


 ――あれは、助けだった。


 あの情報が懐古主義者(ノスタルジア)に渡っていたなら、自分も、緋澄(ひずみ)も、救われなかったかもしれない。

 遊上(ゆがみ)は、恐る恐る口を開いた。


「……あのとき、仕事を邪魔されたって思ってたけど。今は……助けられたんだって、思ってる。あの情報を渡さずに済んだから」


 天乃(あまの)は、わずかに眉を動かしただけで、すぐに視線を逸らした。


「礼を言われる筋合いはない。ただの仕事だ」


 突き放すような声音。

 その冷淡さに怯んだ遊上(ゆがみ)の前へ、緋澄(ひずみ)が一歩出た。


「……そういう云い方はないでしょう」


 静かだが、強く響く声だった。

 だが、天乃(あまの)は即座に応じる。


「事実だ」


 その冷たさに、緋澄(ひずみ)の目が苛立ちに揺れる。

 真正面から、言葉を放つ。


「あなたには感謝しているわ。でも――そういうドライすぎるところは嫌いよ」


 緋澄(ひずみ)は、まっすぐに天乃(あまの)を見据えた。

 天乃(あまの)は一瞬、彼女を見返し、すぐに返す。


「好かれる必要もない」


 嘘のない、冷徹な声だった。

 空気が張りつめる。

 微妙な緊張が、場を満たしていく。

 遊上(ゆがみ)が慌てて手を伸ばし、姉を制そうとする。


「ま、まぁまぁ……お姉ちゃん、落ち着いて……!」


 だが、緋澄(ひずみ)は止まらない。


「だったら――あなたと私の間に、貸し借りもないということね?」


 天乃(あまの)は即答した。


「ああ、そうなるな。オレは仕事をしただけだ。オマエがそれに感謝する必要もない」


 その言葉に、(かささぎ)が肩をすくめながら口を挟んだ。


「はっはぁ、天乃(あまの)君は相変わらず『合理の獣』だねぇ。『考える葦』も真っ青だ」


 芝居がかったその声音は、おそらくパスカルの『パンセ』を意識したものだった。

 だが――

 緋澄(ひずみ)の目には、もはや一切の躊躇がなかった。


「だったら――もう感謝はしない」


 低く、しかし確かな声で言い放つ。


「猫を被るのも、やめにする。貴方は私の『敵』よ。――天乃(あまの)(しん)


 その瞳には、複雑な感情が滲んでいた。

 恩人への感謝も、怒りも、寂しさも――すべてを抱えたまま。

 それでも緋澄(ひずみ)は、宣言した。


 天乃(あまの)は、それを黙って受け止めた。

 そして、わずかに笑みを見せ――


「いいだろう」


挿絵(By みてみん)


 そう答えた。


 そこにあったのは、決定的な敵対ではなかった。

 互いを認め合った、対等な立場への変化。


 戦友にも似た、奇妙な距離感が、確かに二人の間に生まれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。