禁じられた戦場
2035年5月5日 午後11時20分
異形の強化兵による自爆によって発生した爆風が通り過ぎた後、辺りには煙と瓦礫の匂いだけが残った。
異形の強化兵は跡形もなく消え去り、警備隊の小隊も警戒しながら周囲の制圧を急いでいた。
天乃は、緋澄と間森を庇う位置を維持しつつ、素早く撤退ルートを探っていた。
(……想定より敵の数が多い。これ以上、無理に戦うのは得策じゃない)
冷静な判断。
勝てない戦いは勝たない。
それが天乃の流儀だった。
だが――
そこにあった空気が、捻じれたかのような錯覚を覚えた。
天乃の‶魔眼〟が、路地の先に新たな存在を捉える。
――赤。
爆心地の煙の中から、赤い中華ドレスを纏った女が現れる。
黒髪を高く結い、二十代前半にしか見えない若さ。
だがその瞳には、年齢を超えた支配者の光が宿っていた。
「ようこそ。――ここまでたどり着いたことは、褒めてあげる」
高圧的な声が響く。
天乃は、一瞬で悟った。
(――今までの連中とは格が違う)
間森が銃を構え、緋澄も指先に種子を握る。
その女性――《禁絶》は、楽しそうにその様子を冷笑した。
「自己紹介は不要よね。どうせすぐに覚えられなくなる」
次の瞬間、空気が重く、圧縮されるような感覚。
天乃の‶魔眼〟がそれを捉える。
(……これは、魔術の兆候ッ)
「来るぞ!」
天乃の叫びに、《禁絶》は静かに宣言する。
「‶呼吸、禁止〟」
途端に、世界が凍りついた。
肺が動かない。
空気が喉を通らない。
だが、天乃は即座に‶魔眼〟を通して《認識変換》による術式の走査を開始する。
(……これは範囲型ではない。対象選択型――!)
目視した対象を選び、特定の行動を禁止する。
それが彼女の魔術――《独断禁絶》だった。
――ならば、対象を誤認させればいい。
天乃はすぐさま《認識変換》を発動し、《禁絶》自身を、緋澄だと誤認させた。
《禁絶》が魔術を使えている以上、ここにはマジックキャンセラーの影響は及んでいないのだ。
次の瞬間、《禁絶》が自らの魔術で呼吸を奪われ、顔を顰めた。
「……っ、く……!」
術式が崩壊する。
緋澄は天乃の《認識変換》により一足早く窒息から解放され、すぐに体勢を立て直す。
天乃も、大きく息を吐き、わずかに肩を揺らした。
(……ひとまず、一手)
だが、《禁絶》はすぐに次の一手を放った。
「固定、禁止」
天乃の足元のアスファルトが、ぐにゃりと泥沼のように溶け出す。
ずぶずぶと沈み込み、足を取られ、逃げることすらできない。
天乃はすぐに《認識変換》を発動、対象となった地面を別の場所に移し替えた。
だが――
(……なるほど)
天乃は《禁絶》の機転に舌を巻いた。
《認識変換》によって対象地面をずらしても、既に溶けた地面に足を取られてしまった天乃は、その場から脱出できなくなっていた。
固定を禁止することによってアスファルトの地面を溶解し、天乃がその対象を変更することによって地面が再度固定される。
この流れによって、天乃の両足は物理的にアスファルトの地面に縫い留められてしまったのだ。
(解除されるのを前提とした二段構え……!)
天乃が舌打ちする間に、《禁絶》は脚のホルスターから取り出した拳銃の銃口を天乃向ける。
間森が援護に動こうとする。しかし――
「射撃、禁止」
再びの禁止宣言。
間森の銃弾は大きく逸れ、援護は叶わなかった。
(……まずい)
天乃は判断する。
このままでは確実に撃たれる。
だが――その瞬間。
緋澄が動いた。
小さな種子を天乃の足元へ投げ込む。
ぱきん、と小さな破裂音が響く。
瞬く間に異常生長した蔦の根が、地面を突き破り、天乃の足を拘束していたアスファルトの地面を破砕する。
(……助かった!)
天乃は爆ぜた地面の破片を蹴って脱出し、即座に体勢を立て直すと、《禁絶》に向かって駆け出した。
《禁絶》は、即座に銃撃を敢行する。
しかし、天乃は、‶直観〟に従って銃弾が放たれる前に、すでに身体を傾けており、飛来する弾丸を紙一重で回避していた。
「――っ!?」
《禁絶》の表情に、初めて困惑が浮かぶ。
天乃はさらに短刀を振りかぶる。
だが、その瞬間――
「攻撃、禁止」
《禁絶》が叫ぶ。
天乃の短刀は振りかぶったまま、まるで空中で凍りついたように止まった。
(……ッ!)
至近距離。
《禁絶》はためらわず、銃口を再度向ける。
続けて発砲。銃声が鳴る。
この至近距離では逃げ場がない。
だが――
天乃は、短刀を振りかぶった姿勢を利用して、身体を捻り、その場で回転する。
異様な身のこなしで、至近距離の弾丸を回避した。
そして――
そのまま《認識変換》を発動する。
攻撃禁止の対象を、《禁絶》自身へと移し替える。
《禁絶》が、咄嗟に動けず硬直する。
その瞬間を、天乃は逃さなかった。
短刀を握り直し、《禁絶》の肩口へ、鋭く突き立てた。
鈍い音と共に、血が弾ける。
「……っ!」
《禁絶》は、片膝をつき、その場に崩れ落ちた。




