双影の誓い
2035年5月5日 午後11時38分
舗装もまばらな小道を、制服姿の少女――遊上真理が慎重に歩を進めていた。
その姿は、まるで緋澄眞琴そのもの。
それもそのはず、彼女は鵲が用意した囮だった。
本物の緋澄を守るため、危険を引き受けて別ルートを移動している。
そして、案の定――
「やれやれ、ほんとに来たか」
木陰から、派手な柄のアロハシャツを着た鵲が現れた。
その軽口とは裏腹に、纏う気配は鋭く研ぎ澄まされている。
「落ち着いて。君には指一本触れさせないさ、――眞琴ちゃん」
鵲はわざと遊上をそう呼んだ。
周囲に潜む敵の耳を欺くために。
その直後――
複数の黒い影が、小道を塞ぐように飛び出してきた。
懐古主義者の別働隊だ。
銃を構え、一斉に遊上を狙う。
「さて、こっちも用意は万端ってわけだ」
鵲はちらりと隣に視線をやる。
そこにいたのは、小柄な少女。
赤い着物、黒髪を淡い黄色のリボンでポニーテールに結んだ――英莉だ。
鵲は、英莉の後ろに回り、髪を結う薄黄色のリボンに手をかけた。
「僕がやるのも、ちょっと珍しいんだけどね」
その呟きと共に、慎重にリボン――『魔人の枷』を解く。
カチリ、と乾いた音が響く。
直後、英莉の髪が金色に染まり、瞳も金に変わった。
魔人――エリザベート。
幼い外見のまま、放たれる存在感は圧倒的だった。
「ほう……狩りの時間か。良き哉」
エリザベートは愉悦を滲ませて立ち上がる。
その声は幼くも、どこか人間離れした響きを帯びていた。
「行こうか、エリザベート」
「うむ、こちらは任された。鵲よ」
鵲は足元の小石を拾い、指先で弾く。
それだけで、一人の懐古主義者の手首が粉砕された。
続けて鵲は敵に肉薄し、素手で敵を叩き伏せていく。
魔術は一切使わない。魔力による補助だけだ。
だがその動きは、人間離れしていた。
一方、エリザベートも指先を鳴らす。
空気が震える。
直後、甲高い共鳴音が響き――敵の脳内を直接揺らす超音波が放たれた。
耳を押さえて悶絶する懐古主義者の構成員たち。
続けて、エリザベートは足を踏み込む。
飛翔魔術による高速移動。
敵に一瞬の猶予も与えず、身体強化を施した小さな手刀が首筋を断つ。
「っ、引けッ――!」
指揮官が叫ぶも、もう遅い。
鵲は悠然と歩を進め、全ての敵を順番に叩き潰していく。
わずか数分後。
このルートを塞ごうとしていた懐古主義者たちは、壊滅していた。
鵲は肩を軽くすくめ、物陰に隠れていた遊上に目を向ける。
「お疲れ様。これで、こっちは完了だ」
そして、エリザベートが静かに近づいてくる。
無言で頭を傾け、再びリボンを差し出す。
「はいはい、お疲れ様、エリザベート」
鵲は微笑みながら、彼女の金髪を整え、薄黄色のリボンを結い直す。
カチリ。
その音と共に、金髪と金眼は消え、再び黒髪と黒い瞳を宿した英莉が立っていた。
その姿を、物陰から見ていた遊上は息を呑んだ。
(……すごい)
安堵と、同時に得体の知れない畏怖が胸を満たす。
だが、この囮作戦があったからこそ――
本命である緋澄と天乃の戦場への負担は、大きく軽減されていたのだ。
何より、この瞬間のために、天乃は《認識変換》を用いていた。
本来、《魔人の枷》を解除できるのは天乃慎のみ。
だが、意志を持たぬ魔導書に対してなら、認識を変えることで一時的な偽の解除者を設定できる。
今、《魔人の枷》は天乃鵲こそが唯一の解除者だと認識していた。
すべては、最初から仕組まれた計画の内。
――この囮の戦場も、確実に勝利の布石となっていた。




