無音の戦場
2035年5月5日 午後11時12分
建物の陰から、装甲を纏った数人の敵影が現れた。
明らかに雑兵とは違う。
精鋭――マジックキャンセラーを背負った、対魔術師専用の部隊だ。
天乃は、一瞬で状況を把握する。
(――来るか)
装甲兵の一人。
わずかな肩の揺れ、指の動き、体重移動。
次に何が起きるか。
どのタイミングで、どこを狙ってくるか。
天乃は、まるでそれが当然であるかのように理解していた。
銃口が上がる。
天乃は撃たれると考えるより先に動いていた。
銃声が響く。
だが、弾丸は天乃の体を掠めることすらできなかった。
ほんの一拍早く、滑るように身を低くし、逆に敵の間合いへと踏み込む。
驚愕する装甲兵。
その隙を逃さず、天乃は短刀を動力源の接合部の隙間へと突き立てた。
鋭い金属音と火花。
敵は呻き声をあげて膝をつき、天乃は無駄なく距離を取った。
間森が遮蔽物の陰から援護射撃を加え、もう一体の兵を牽制する。
天乃はその間も、‶魔眼〟で周囲を走査し続ける。
(……まだいるようだな)
さらに異質な気配が近づいていた。
これまでの兵士たちとは明らかに違う。
天乃は、無言でわずかに姿勢を低くし、次なる襲撃に備えた。
2035年5月5日 午後11時15分
静寂が、一瞬だけ場を支配した。
無人兵器は全滅し、精鋭部隊も半数以上が倒れた。
警備隊員たちはわずかに息をつく。
だが、天乃だけは警戒を解かなかった。
‶魔眼〟が捉える。
暗闇の向こう、舗装の割れた路地を、何かが――
(――違う)
天乃は、‶直観〟で理解していた。
普通の兵士ではない。
気配が重い。
まるで生物ですらないかのような、異質な圧。
重く踏みしめる足音とともに、一体の存在が姿を現す。
それは異形の兵隊。
人間の形をしている――
だが、その動きは機械的で、どこか不自然だった。
全身に装着された制御装置。
皮膚の下で不規則に脈打つ魔力。
そして背負った巨大な装置からは、
先ほどまでのマジックキャンセラーとは比べ物にならない、強烈な逆位相波動が放たれていた。
(……強化兵の試作型か)
天乃は即座に推測を立てた。
これは通常兵向けのマジックキャンセラーではない。
明らかに、魔術師を『殺す』ためだけに作られた兵器だ。
しかも――天乃の‶魔眼〟がその本質を捉える。
この異形、既に人間ではない。
生体改造、魔力操作、認識阻害。
複数の技術が無理やり繋ぎ合わされたキメラである。
(……化け物だな)
天乃は、小さく息を吐いた。
そして、冷静に戦術を組み立てる。
この敵は――
魔力を感知して即座に逆位相の波動を叩き込んでくる。
魔術の発動すら許さない。
近接戦闘能力も高い。
正面からやれば、並の魔術師では瞬殺されるだろう。
だが、天乃は違った。
‶魔眼〟がある。
‶直観〟がある。
そして――勝てない戦いは勝たない。
天乃は、一歩、静かに地面を蹴った。
敵が反応する。
その動きすら、天乃には見えていた。
(――右肩、わずかに重い。旋回速度に遅れが出る。左斜め前にわずかに死角あり)
即座にコースを選び、滑るように駆ける。
異形が、背負った装置から逆位相波を放出する。
空気が震える。
常人なら、それだけで膝を折るだろう。
だが天乃は、魔術に頼らない。
‶魔眼〟という異能を頼りに、異形の懐へと踏み込んだ。
すれ違いざま、短刀を敵の背中の制御装置へ滑り込ませる。
鋭い金属音と火花。
天乃は即座に跳び退く。
異形が、ギギ、と機械じみた音を漏らし、膝をついた。
(……潰せる)
天乃は冷たく確信した。
だが――異形の背中の装置が、赤く脈動を始める。
制御が失われ、内部から魔力が暴走している様子が‶魔眼〟に映し出される。
(これは、自爆ッ……!)
天乃は一瞬で読み取った。
魔術キャンセラーを用いた装置ごと、最後に敵諸共破壊する作戦だ。
天乃はすかさず、無言で指示を後ろに飛ばした。
間森と緋澄も即座に理解し、全員が距離を取る。
爆発。
光と衝撃。
路地裏を吹き飛ばすほどの爆風が、周囲を飲み込んだ。
しかし――天乃たちは既に安全圏へと脱していた。




