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Replica ― Amphitheatrum Ideale ―  作者: 根岸重玄
双輪開花編

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静かなる戦端

 2035年5月5日 午後11時03分


 夜の帳が、静かに街を覆っていた。

 天乃(あまの)は、道路脇の影に身を潜めながら、辺りに意識を張り巡らせていた。

 隣では、間森(まもり)が低く息を吐き、銃器の安全装置を外す音が微かに響く。

 その中心に――護衛対象、緋澄(ひずみ)がいる。

 制服姿のまま、防弾加工を施された車両に乗り込む準備をしている。

 指令室からの無線は、今のところ異常なしを告げていた。

 しかし、天乃(あまの)は、空気の密度そのものが変わったような違和感を覚えていた。


(――来る)


 間違いない。

 明らかに何かが近づいている。

 肉眼で確認できるものは、まだない。

 だが、警戒領域に引っかかる微細なノイズ。

 電子機器の反応、気流の揺らぎ、魔力の波動。

 それらが、天乃(あまの)の本能に警鐘を鳴らしていた。

 間森(まもり)もわずかに表情を引き締めた。


「……察知したか」


 低く呟き、背後に控える警備隊員たちに手信号を送る。

 即座に散開する隊員たち。

 天乃(あまの)は、緋澄(ひずみ)の側へ一歩踏み出すと、彼女にだけ聞こえる小声で告げた。


「動かないでいろ。下手に動けば、標的になる」


 緋澄(ひずみ)は緊張でわずかにこわばった顔をしていたが、天乃(あまの)の指示に素直に従った。


「了解したわ」


 小さな声で、しかし確かな意志を込めて答える。

 天乃(あまの)はその応答を確認し、再び周囲に意識を巡らせる。

 そして――建物の陰、街灯の死角。

 複数の気配が、ゆっくりと包囲を完成させつつあった。


(数は……十以上)


 その中に、通常の人間とは異なる波長を持つ存在が、混じっている。

 魔術師か――あるいは、マジックキャンセラー搭載兵器か。

 天乃(あまの)は、無言で腰の内ポケットに手を伸ばした。

 ‶魔眼〟が、夜の闇を貫く。


(――ここからだ)


 護衛任務。

 最初の試練が始まる。


 2035年5月5日 午後11時08分


 閃光弾が夜空を裂き、敵影が一斉に飛び出してきた。

 天乃(あまの)は既に動き出していた。

 視線の先――四脚歩行の小型兵器が、背中に奇妙な装置を積んで接近してくる。


(――マジックキャンセラー搭載機か)


 天乃(あまの)はそれを即座に見抜いた。

 魔術の発動を無効化するための装置。

 魔術師にとって、これほど厄介な存在はない。

 だが、天乃(あまの)の顔色は変わらなかった。

 静かに‶魔眼〟――‶魔術師殺し〟が輝く。


(触れさせなければいい)


 天乃(あまの)は、‶魔眼〟を介して、対象の「認識」に干渉した。

 四脚兵器たちが、本来進むべき軌道をわずかに誤認する。

 左右反転。距離感の誤差。

 わずかな「認識」のズレが、致命的な錯誤を生み出す。

 一機が、隣を走る別の機体と衝突した。

 金属音と火花が散る。

 二機の機体がもつれ、転倒する。

 天乃(あまの)は即座にさらに一機に意識を向け、再び「認識」をずらした。

 敵機が壁と思った場所に実際には道があり、そこへ滑り込むようにして突進を繰り出す――

 だが、直後に待ち構えていた間森(まもり)の銃撃を受け、制圧される。

 パン、パン、と抑えた二発の銃声。

 正確無比な間森(まもり)の射撃が、小型兵器の動力源を撃ち抜いていた。

 間森(まもり)はサングラス越しにちらりと天乃(あまの)を見たが、何も云わなかった。

 互いにやるべきことを理解していた。

 天乃(あまの)は、魔術で誤認を生み出す。

 間森(まもり)は、その隙を正確に突く。

 必要な連携だけを、完璧に果たす。

 そして――

 護衛対象の緋澄(ひずみ)もまた、小さな種子を指先から解き放ち、瞬時に(いばら)を生み出して敵を絡め取る。

 敵の武器が絡め取られ、抵抗する間もなく地面に引き倒された。


(……冷静だな)


 天乃(あまの)は、‶魔眼〟の端で緋澄(ひずみ)の戦いぶりを確認し、内心で評価する。

 だが、その視界の先、まだこちらに向かっている影があった。

 天乃(あまの)は、息を殺しながら静かに思考を加速させる。


(――さて、ここからが本番だ)


 敵の本隊は、まだ動き出していない。

 全ては、これからである。

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