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Replica ― Amphitheatrum Ideale ―  作者: 根岸重玄
双輪開花編

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101/403

静寂に集う刃

 2035年5月5日午後3時13分


 重厚なドアが静かに開く。

 天乃(あまの)は、何も言わずに室内へと足を踏み入れた。

 無駄な挨拶も視線の交流もない。ただ、必要とされる場所へ淡々と進む。

 応接セットの奥。

 ソファに座るのは、百目鬼(どうめき)亜澄(あすみ)――浅木特区の理事会を構成する一人にして、天乃(あまの)の祖母。

 その隣、壁にもたれかかるように立っているのは、

 柄物のシャツにサンダルという、場違いなほどラフな格好の男――天乃(あまの)(かささぎ)

 気怠げな笑みを浮かべている。

 そしてもう一人、壁際に控えるスーツ姿の男。

 サングラスをかけた整った顔立ちに、無駄な動きはない。

 間森(まもり)啓吾(けいご)

 さらに、部屋の隅には、

 赤い着物に身を包み、黒髪をポニーテールにまとめた小さな少女――英莉(えり)が、静かに控えていた。

 人形のような外見と、淡い存在感。

 天乃(あまの)の入室を確認し、百目鬼(どうめき)が口を開いた。


「あ――慎、来たわね」


挿絵(By みてみん)


 天乃(あまの)は小さく顎を引くのみで応じる。


「まずは紹介からね」


 百目鬼(どうめき)が視線をサングラスの男に向けた。


「彼は間森(まもり)啓吾(けいご)くん。懐古主義者(ノスタルジア)に潜入して情報を掴んでいる、こちら側の協力者よ」

間森(まもり)啓吾(けいご)っす。まあ、今はそっちの味方ってことで」


 間森(まもり)はサングラス越しににこやかに笑い、軽く手を挙げた。

 だが、その軽い仕草の裏に、天乃(あまの)は本能的な違和感を覚える。


(……態度は軽いが、信用できるかは別問題だな)


 天乃(あまの)は目線ひとつでそう判断した。


「さて、本題に入りましょうか」


 百目鬼(どうめき)は、わずかに表情を引き締めた。


間森(まもり)さんからの報告によると――懐古主義者(ノスタルジア)は現在、非常に厄介なものを開発しているわ。――マジックキャンセラー。魔術を無効化する装置よ」


 天乃(あまの)の表情が僅かに硬くなる。

 魔術師にとって、魔術を封じられることは即ち無力化を意味する。

 それが実用段階に達しているというのは、危機的状況だった。


「そして、その実証実験の標的に選ばれたのが――緋澄眞琴(ひずみまこと)


 天乃(あまの)はわずかに視線を落とした。

 記憶の奥底に残る、あの銀青(ぎんせい)色の魔力。

 まだ正式に浅木の住人になっていない少女を、懐古主義者(ノスタルジア)は標的に選んだ。


「前回の襲撃以降、彼女には警備隊から護衛をつける予定よ。慎、あなたと間森(まもり)くんには、そこに紛れ込んで彼女を守ってもらう」

「了解」


 天乃(あまの)は即答した。

 間森(まもり)も、片手を挙げて軽く応じる。


(かささぎ)さんには、別ルートから仕入れた襲撃計画の詳細を探ってもらうわ」

「了解了解」


 (かささぎ)はひらひらと手を振った。


「ナイトウォーカー様には、非常時に備えて待機してもらいます。慎や間森(まもり)くんに万一があった場合は、即座に行動を開始していただきたいのです」


 百目鬼(どうめき)の言葉に、赤い着物姿の少女――英莉(えり)は静かに、確かに頷いた。

 天乃(あまの)はその小さな動きを一瞥するだけで、再び前を向く。


「以上よ。各自、速やかに準備に入って」


 百目鬼(どうめき)はそれだけ告げると、書類に視線を落とした。

 天乃(あまの)は振り返らず、静かに部屋を出た。

 これから始まるのは、

 ただの護衛任務ではない。

 見えない脅威が、すぐそこに迫っているのだ。


 2035年5月5日午後6時10分


 夜の気配を孕んだ空気が、コンクリートの建物群をなでる。

 浅木特区外・本州某所、警備隊の仮設指令室。

 そこに向かって、天乃(あまの)間森(まもり)は並んで歩いていた。

 無言のまま数分。

 やがて、間森(まもり)がぽつりと口を開いた。


「……一応、言っとくけどさ」


 天乃(あまの)は視線を向けずに耳だけ傾ける。


「俺、魔術師じゃないから。正面から魔術バトルされたら、正直あんまり役に立たないかもしれないぜ?」


 サングラスの奥、間森(まもり)の表情は読めない。

 ただ、その声色には妙な軽さがあった。

 天乃(あまの)は、特に意外とも思わずに応じる。


「――問題ない」


 事実を受け止め、あっさりと返す。


(元々、そこは期待していない)


 天乃(あまの)にとって重要なのは、敵の動きを乱すための戦力が、どれだけ揃うかだけだった。

 間森(まもり)が魔術を使えなくても構わない。

 それに応じた使い方をすればいい。


「……へぇ、随分あっさりしてるな」


 間森(まもり)が、興味深そうに肩をすくめた。


「普通、もうちょっと驚くと思ったんだけど」

「無能じゃなければそれでいい」


 天乃(あまの)は淡々と告げる。

 本当に戦えないなら、最初から組み込む価値もない。

 だが、百目鬼が現場に送り出した以上、

 何らかの能力はあるはずだと割り切っていた。


「――了解。一応、それなりには動けるつもりだから、期待しすぎずよろしくな、慎くん」


 間森(まもり)は、わざと軽い調子で言った。

 天乃(あまの)はその言葉にも特に反応せず、無言で足を止めた。

 視線の先――警備隊の仮設指令室には、制服姿の隊員たちが集まり、厳重な警備体制が敷かれているのが見えた。


(ここからが、本番だ)


 天乃(あまの)は、静かに呼吸を整えた。

 守るべき対象――緋澄眞琴(ひずみまこと)

 彼女を巡る闘争が、すぐそこまで迫っている。

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