第五十四話 白い雫
ルミシャ
声をたぐって、のぼった。
一歩ごとに、金の文字がまた増えていく。
百年。
千年。
来たときと、逆に。
やがて、足の下がやわらかくなった。
花の匂いがした。
風が、頬にもどってきた。
庭が、また閉じていく。
剥がした嘘が、上からかぶさってくる。
でも、もういい。
光が見えた。
そこへ、手を伸ばした。
外だった。
ティユラが、石にもたれて倒れていた。
呼ぶのに、ぜんぶ使ったみたいに。
目が、半分しか開いていない。
「……かえって、きた」
そう言って、笑おうとして。
笑えずに、咳をした。
赤が、口の端をつたった。
間に合え。
ひざをついて、雫を両手で、ティユラの胸の上にかざした。
「もう、しゃべらないで」
雫が、指のあいだから、こぼれた。
白い光が、ティユラの体に染みていく。
でも、ティユラは動かなかった。
目を閉じたまま。
息は浅いまま、口の端の赤も止まらない。
間に合わなかったのか。
降りて、迷って、かけすぎたのか。
雫を、両手で強く押し当てた。
「おねがい」
ゆっくりと。
雪が、水になるみたいに。
ティユラの体が、光を吸っていく。
失われた時間が、もどっていく。
あの子に与えすぎた寿命が、あの子のところへ。
ティユラの頬に、血の気がさした。
浅かった息が、すこしずつ、深くなる。
口の端の赤が、それきり、増えなかった。
止まった。
ちゃんと、止まった。
あたしは、なにも失っていなかった。
雫も、左手も、なにも。
ぜんぶ、ネルフィが先に払っていてくれたんだ。
二千年前に。
一生かけて。
だから、あたしは、ただ受けとって、ただ渡すだけでよかった。
ティユラの息が、寝息に変わっていた。
あたたかい、ふつうの、生きている息に。




