第四十一話 拭えない頬
ルミシャ
短冊は上へ続いていた。
一枚が一年。 あの子がひとりで重ねた年が上へ、上へと続いていた。
ぜんぶ読むには、登るしかない。
木に手をかけた。
「登るの」
ティユラが見上げた。 梢も見えない高さを。
「……あなた、正気?」
「途中まででいい」
短冊のあるところまで。 その上はただの幹だ。 あの子のいない千九百年。
ティユラが咳をした。 ちいさく口の奥で。 それから、手の甲で口元を拭って、木に手をかけた。
「先に言っておくけど」
「私、こういうの得意じゃないから」
登りはじめた。
枝は太かった。 二千年ぶんの太さで、足をかけても揺るがない。
低いところの一枚はもう読んだ。 来年は、二人で。 会いたいよぉ。
その少し上に次の一枚が結ばれていた。
手を伸ばして、裏返す。
『ルミシャ、誕生日おめでとう。 今年こそ、迎えに行くから。 会いたい。』
声に出して読みはじめた。 ティユラに聞こえるように。
あたしが庭の底で止まっているあいだ、あの子はずっとひとりで手を伸ばしていた。
最後の一行で、声が掠れた。
枝をつかむ手に力がこもる。
なんで、今ごろ。 二千年、平気だったのに。
一滴だけ、頬を伝った。 枝から手を離せなくて、拭えなかった。
ティユラがすぐ下から見上げていた。 あたしの顔をじっと。
「ネルフィは」
「あなたを、助けようとしてたんだね」
それから、ちいさく俯いた。
しばらく、動けなかった。
ティユラも、何も言わなかった。
風が吹いて、まわりじゅうの紙が鳴った。
あの子が、生きたぶんだけ。
その音のなかに、しばらくいた。
やがて、また登った。
ゆっくりと。
すこし上の一枚は、いつもと違った。
『ルミシャ、誕生日おめでとう。 今年は、ちょっとだけ、ふてくされてる。 早く出ておいでよ、って。 ……ごめん、嘘。 きみのせいじゃないのに、ひどいこと言った。 会いたいだけなんだ。』
あの子が、拗ねていた。
早く出ておいで、と書いて。 すぐに、ごめん、と消して。
二千年で、はじめて見る弱音だった。
拗ねるくらい、まだ信じてた年なんだ。 迎えに行ける、って。
そういう年も、あったんだ。
枝が細くなる。 ティユラの息が浅くなる。
咳をする。
待つ。
また登る。
待つ。
どれくらい、そうしていただろう。
ある高さで、手が止まった。
字が、震えていた。
線が、すこし。
それまでと、ちがって。
あの子の手が、歳をとりはじめていた。




