第四十話 高い枝
ネルフィ
気がついたら、床に座りこんでいた。
ぺたんと。 腰が抜けたみたいに。
肩がじんと熱い。 さっき誰かに思いきり突き飛ばされた。 その感じだけが残っていた。
部屋がしんとしていた。
ずっと低く唸っていた陣の音がない。 インクの匂いもない。 紙を引っ掻くあの音も。
「ルミシャ」
返事はなかった。
「ルミシャ、どこ?」
さっきまで、すぐそこにいたのに。 わたしの隣で文句ばっかり言っていたのに。
いない。
床に手をついて、ぺたぺたと触ってみた。 あの子が座っていたあたりを。
焦げ跡も、へこみも、なんにもない。 ほんとうになんにも。
……うそ。
肩だけがまだ熱かった。 突き飛ばされたあの感触だけ。
ルミシャがわたしを突き飛ばしたんだ。 わたしのかわりに、あの子が落ちた。
それから、わたしは陣を組みなおした。
何度も。 何度も。
同じ場所に同じ紋様を描いて、あの裂け目をもう一度開けようとした。
開かなかった。
ルミシャは死んでなんかいない。
あの光の向こうに落ちただけ。 どこかにいる。
だったら、迎えに行けばいい。 わたしが開けたんだから。 わたしが閉じ込めたんだから。
それから、わたしは魔法ばかりやるようになった。
ごはんもろくに食べないで。
ルミシャがいたら、怒られるようなことばかり。 「また食べてないでしょ」って。
でも、いないから。 誰も言わないから。
ルミシャの誕生日がきた。
ひとりであの丘にのぼった。
苗はすこしだけ大きくなっていた。 去年、二人で結んだ二枚がまだ揺れていた。
『一人前の魔法使いになりたい』 『ネルフィと海に行ってみたい』
ルミシャの字を指でなぞった。 へたくそな字。 あいかわらずへたくそ。
新しい紙を一枚。 なにを書こうか、すこし迷って。
『ルミシャ、誕生日おめでとう。 来年は、二人で結ぼうね。 会いたいよぉ。』
声に出して、読んでみた。
「来年は、ね」 「ちゃんと迎えに行くから」
いちばん高い枝に背伸びして結んだ。 まだ、すぐ届いた。
ひとりで結ぶのなんて今年だけ。 来年はぜったい二枚。
そう思っていた。




