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二千年のルミシャ  作者: 河野広明
第二章
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第三十七話 大きな木

ルミシャ

街を離れて幾日か歩いた。

ティユラはついてきた。 どこへとは訊かなかった。 あたしもなぜとは口にしなかった。 そういう二人だ。

ただ、歩く速さは前より落ちていた。 ときどき足を止めて息を整えた。 そのたびに、あたしも止まった。 追いつくのを待つふりをして。

丘をひとつ越えた。

そして、見えた。

――大きくなっていた。

二千年前、ここに植えたのは指くらいの苗だった。 今、目の前にあるのは見上げても梢の分からない木だった。 幹は両腕で抱えても回らない。 枝が空の半分を覆っていた。

あたしは十七のままだ。 木だけが大人になっていた。

「……でかい木」

ティユラが見上げていた。 何のことか分かっていない声だった。

風が吹いた。

枝で何かがいっせいに揺れた。

紙だった。 細長い紙が枝という枝に、数えきれないほど結ばれて揺れていた。

近づいた。

紙には字が書いてあった。 雨にも陽にも二千年さらされたはずの字が消えていない。

手の届く枝から一枚を裏返した。

『ルミシャ、誕生日おめでとう。 来年は、二人で結ぼうね。 会いたいよぉ。』

手が止まった。

あたしの名前だ。 あたしの誕生日だ。

知らないくらい歳をとった字だった。 でも、知っている書き方だった。

ネルフィ。

隣でティユラが覗き込んだ。 字を目で追って、すぐに離した。 読めないらしかった。 でも、何も訊かなかった。

顔を上げた。

紙は上へ続いていた。 低い枝にも、その上にも、もっと上にも。 数えきれないところまで、ずっと。

一枚が一年だ。

一年に一度あの子はここへ来ていた。 あたしのいない誕生日に。 何度も。 何度も。

短冊は途中で終わっていた。 そこから上はただの幹だった。 何も結ばれていない幹が空へ伸びていた。

ネルフィが結べなくなってからの分だ。 あの子がいなくなってからも、木は伸びつづけた。

いちばん下を見た。

地面のすぐ上。 ほかのどれより古くて、ほかのどれより低いところに二枚だけ並んでいた。

膝をついた。 ティユラも隣にしゃがんだ。 息を整えながら。

片方は知らない字だった。

ううん。 知っている。

ずっと若いネルフィの字だった。 歳をとる前の、まだ角の丸い、笑っているみたいな字。

『一人前の魔法使いになりたい』

声に出して読んだ。

ティユラがこっちを見た。 「……誰の?」 かすれた声だった。

「ネルフィ」

名前を口にした。 二千年ぶりに、誰かに向かって。

「あたしの友達だった」

一人前の魔法使いになりたいと書いた子は。 なった。 誰よりも、なった。

でも、この字はまだ何も知らない。 ただ、なりたかっただけの頃の字だ。

もう片方はあたしの字だった。

『ネルフィと海に行ってみたい』

願ってはいたんだ。 たぶん。

海なら、行った。 ティユラと二人で。

こんなことを書いたんだっけ。

ティユラが短冊を見ていた。 読めない字を。 それでも、じっと。

あたしはもう一度、声に出して読んでやった。 「ネルフィと海に行ってみたい」

ティユラは何も言わなかった。 ただ、海を見たときと同じ目をしていた。

二枚の願いごとが根元で並んでいた。 ネルフィの願いと、あたしの願い。 どちらも、まだ何も知らない十七の字で。

その上で、あの子がひとりで結んだ年月が風に揺れていた。

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