第三十三話 海の丘
ルミシャ
朝、火のそばに椀がひとつ残されていた。 まだ、あたたかい。 あたしのぶん。
もう、いつものことだった。
ティユラが先に立ち上がった。
「行くよ」
「どこへ?」
答えなかった。
めずらしく、ティユラが前を歩く。 あたしはついていくだけだった。
何日かそうして歩いた。
ティユラは行き先を言わない。 あたしも訊かなかった。
ある日、風が変わった。
しめった知らない匂い。 遠くで、低くざわめく音。
坂をのぼりきって。
ティユラが足を止めた。
丘の下にそれがあった。
青がどこまでも。 空とおなじ色をして。 地の果てまでうねっていた。
海だった。
息が止まった。
あの一覧のいちばん最初。 丸のついていたところ。
あたしが読み上げたのを。 この女は覚えていた。
あの子が果たせなかった約束を。 ティユラが連れてきた。
あたしを。
本で見たことしかなかった。
二千年。 たいていは見てきたのに。
これだけは知らなかった。
岸も、潮の匂いも、昔とおなじじゃないだろう。 あの子が見せたかった海とは、もう違う海かもしれない。
それでも、目の前にあった。
うまく、言葉が出なかった。
「……ひとつ目だ」
海を見たまま、ティユラがつづけた。
「あの紙に、書いてあったやつ」
誰かが。 あたしのためにこんなことを。
二千年、なかったことだった。
目の奥が熱くなる。
でも、今度のは。 かなしいんじゃ、なかった。
ふたりで長いこと。 海を見ていた。
風が髪をさらっていった。




