第二十七話 ページの染み
ルミシャ
ページをめくった。
あの子の字が続いていた。 急いで書いたみたいにところどころ掠れて。
読むつもりはなかった。
でも、唇がまた勝手に動いた。 さっき名前がこぼれたときとおなじに。
あの子の言葉をあたしの声がなぞっていく。 止められないまま。
『きみが落ちてから、ずいぶん経った』 『わたしは、もうおばあさんだよ』
笑ってしまいそうな軽い書き方だった。 あの子のしゃべり方そのままの。
『みんな、わたしを偉い人だと思っている』 『封印の祖、なんて呼ぶんだ。笑える』 『失敗して、きみを落としただけなのに』
そこだけ字が乱れていた。
『きみがわたしを庇ったこと、ずっと忘れない』 『わたしが、落ちるはずだったのに』 『ごめん』
少し間を置いて、また続いていた。
『きみは、まだどこかにいる気がする』 『時層の庭なら、歳を取らないかもしれない』 『だから、書いておくね』 『戻ってきたとき、困らないように』
次のページに箇条書きがあった。
あたしたちが昔ふざけて作ったやつ。 いつか、ふたりでやろう。 そう話したくだらないことの一覧。
『枯れない樹の実を、探す』 『海の見える丘に、行く』 『あの甘味処の、いちばん高いやつを頼む』
海のところに丸がついていた。
『いちばん最初は、これ』 『きみ、見たことないって言ってたから』
あたしは覚えていた。 海を本でしか知らなかったこと。 あの子が連れていってあげると約束してくれたこと。
一覧のいちばん上。
あたしの、名前があった。 そのとなりにちいさく。
『ぜったい、また会う』
そのあとはもう書かれていなかった。 インクが途中でかすれて消えていた。
会えないまま死んだんだ。 ずっと、待って。
喉の奥が鳴った。
おかしかった。 二千年、なんともなかったのに。
魔物に囲まれても。 自分の指が透けていくのを見ても。 ああ、また減った。 そう思うだけだったのに。
目の縁が熱くなった。
ぽたり、と。 ページに染みが落ちた。
あの子の字の上に。
止まらなかった。 止め方を、忘れていた。
ティユラはぜんぶ聞いていた。
それでも、何も言わなかった。
あたしはページに手を当てて。 しばらく、動けなかった。




