第二十六話 硝子の覆い
ルミシャ
埃の匂いがした。 それと嗅いだことのない古い匂い。
いや。 一度だけ、ある。 落ちた、あの日に。
音がなかった。 外の賑わいは扉一枚で消えていた。
代わりに低い震え。 音にならない、空気の軋み。
ティユラが指先に淡い光を灯した。
部屋の奥が見えた。
宙に亀裂があった。 小さなけれど確かな世界のほつれ。 幾重もの封の鎖がそれを縛り上げている。
あたしを落とした時層の綻びの欠片だ。
肌が粟立った。 あたしの足元で開いたあの口。 その子どもみたいなやつがここで縛られている。
「祖が、最後に遺したものだ」
ティユラの声が沈んでいた。
「危なすぎて、誰も触れない。 だから封じて、ここに置いてある」
その手前に台があった。 硝子の覆いの下に古い綴り。
あの子の字だ。
近づくまでもなく、わかった。 角ばって、せっかちで。 インクの撥ねたあと。
二千年、誰にも読まれなかったあの子の手。
覆いを外した。
指がすこし震えた。 透けかけたその指が。
寒さのせいだと、思いたかった。
最初の一行に目が落ちた。
『ルミシャ。きみは、まだ生きている気がする』
唇が勝手に動いて。
「……ルミシャ」
声に出してしまった。 あたしの、名前を。 あの子の字で。
息が止まった。
落ちたあとも、あの子は。 あたしに宛てて書いていた。
指がページをめくれずにいた。
読めば、わかってしまう。 あの子がどう生きて、どう死んだか。
ティユラが隣に立った。 何も訊かずに。
あたしが読むのを待っている。
あたしは息を吸った。
そして、ページに指をかけた。




