第二十五話 冷たい扉
ルミシャ
鐘の音が聞こえた。
市のざわめきも。
街道の匂いが、土埃から人の匂いへ変わっていく。
ひらけた先に街があった。 あたしのいた頃よりずっと大きい。
ティユラの足がすこし重くなった。 気のせいじゃない。
近づくほど、口数が減る。 坑道のときとは違う黙り方だった。
街に入ると、何人かがティユラを見た。 ふつうの目じゃない。
ささやきが流れた。 「あの目……」 「祖の、血筋の」
誰もティユラを見ていなかった。 ティユラの血を見ていた。
坑道の酒場とおなじだ。 あのときは「便利な力」。 ここでは「尊い血」。 呼び名が変わっただけ。
ティユラはまっすぐ前を見て歩いた。 慣れるしかなかった顔で。
「ここ、いたの?」 あたしは訊いた。
すこし、間があった。
「育った。 祖の血を絶やすな、と」
それ以上は言わなかった。
血を継ぐための子ども。 ネルフィの血を繋ぐためだけの。
生まれたときから「ティユラ」じゃなく、「祖の血」だった。
だから、出ていったんだろう。 便利な力として売られるほうがまだましだ。 そっちには嘘がないから。
おかしな話だった。 隣を歩くこの女はネルフィの血。 あたしの知らないあの子の続き。
でも、あたしはこの女を血で見ていない。 ティユラとして見ている。
たぶん、この街でただ一人。
通りの果てにそれが見えた。
白い石の大きな建物。 塔と、回廊と、いくつもの窓。 人がひっきりなしに出入りしている。
あの奥にあの子の字が眠っている。 読まれないまま、ずっと。
あたしが読みに行く。
足が重かった。 ティユラとおなじ重さで。
それでも、入った。
中は古い紙の匂いがした。 墨と、蝋と、大勢の人の。
低い話し声。 羊皮紙をめくる音。
高い天井から光が落ちていた。 柱のあいだを人が行き交う。
学者。 学生。 魔導士。
みんな、忙しそうに、賢そうに。 封印の祖が遺した術を学んでいる。
壁という壁にあの子の名前。 あの子の言葉が額に入れて飾られていた。
『封印の祖、曰く――』
あの子はそんな偉そうなこと言わなかった。 失敗して、半分泣いて、笑ってた子だ。
ティユラが奥へ進む。
止める者はいなかった。 むしろ、道を空けた。
「祖の、血筋の方だ」
誰かが頭を下げた。
ティユラは会釈も返さない。 ただ、まっすぐ歩いた。
ここでは血が鍵になる。 誰も本人を見ない、その血が。
進むほど、人が減った。 明るさも減った。
賑わいが遠ざかり、飾られた言葉も消えていく。
廊下の突き当たりに扉があった。
ほかのどの扉とも違う。 古くて封の紋様が幾重にも巻いてある。
『立入、禁ず』
扉の向こうの空気がすこし歪んでいた。 何かよくないものが抑え込まれている。
あたしの肌がそれを覚えていた。 あの落ちた日の感じ。
ティユラが扉に手を当てた。
封の紋様がひとつずつほどけていく。 血に応えて。
この奥に。 あの子の最後の言葉と。 あたしを落とした時層の綻びの名残が。
左手をポケットの中で握った。 透けかけた指を。
最後の紋様が消えた。
扉が重く内へ開いた。
冷たい空気が流れ出してきた。 ずっと閉じ込められていた古い空気。
あたしは足を踏み入れた。




