第二十四話 古い本
ルミシャ
外で犬が一度だけ鳴いた。
あとは、静かだった。
冷えた石と、消えかけた蝋燭の匂い。
宿の灯りはもう細い。
ティユラは寝ずに何かを読んでいた。 膝の上に古い本。
あの本だ。 前にも、夜に開いていた。 あたしには読めないものを読むみたいな顔で。
ティユラが顔を上げた。
「ねえ」
あたしを見て。
「これ、読める?」
ページをこっちに向けた。
古い字だった。 かすれて、角ばって。 この時代の誰にも読めない字。
あたしは読めた。 読めてしまった。
『封ずるとは、別離なり』
声に出す前に、口が動いていた。
ティユラはしばらく黙っていた。 責めるんじゃなく。 答え合わせをするみたいに。
「やっぱり」
本を閉じた。
「坑道から、そんな気がしてた」
あたしがいつの人間か。 この女は訊かないと決めた。 でも、わかってしまうことまでは止められない。
「もっと、ある」
ティユラが本を持ち上げた。
「これは写しの、ほんの一部だ。 封印の祖が遺した書がそっくり残ってる。 誰も読めないまま、ずっと。 祖の名を負う、学府の奥に」
封印の祖。
あの子の字。
二千年、誰も読めなかったあの子の言葉。
「血を引く私は、奥に入れる。 でも、一文字も読めなかった」
ティユラの指が古い背表紙をなぞった。
「あなたなら、読める」
それから、すこし目を伏せた。
「来てくれ、とは言わない。 ただ――知りたいんだ。 あの人が、最後に何を書いたのか」
断れるわけがなかった。
あの子が最後に何を遺したのか。 ずっと、知らずにきた。
「行く」
ティユラが目を見開いた。 こんなに早く頷くと思わなかったみたいに。
知るわけがない。
あの書が誰の手のものか。 あたしとあの子のものだなんて。




