第二十二話 透ける手
ルミシャ
水色の光が、坑道を満たした。
氷の格子が、影を絡めとる。 時間をまとった影。 それごと留めた。
ばらばらの時間が、格子に刺さって止まる。
もう一筋を、ティユラへ。 渦に引かれかけた、その体を。 光の線で手繰り寄せる。
あたしは、左手を握った。
格子が、内へ縮む。 影ごと。 一点に。
消えた。 音もなく。
ティユラが、こちらへ倒れ込んでくる。 渦の際から、引き戻された。
間に合った。
――その瞬間。
裂け目の金が、いっせいにあたしを向いた。 村のときの、比じゃない。 この巨大な綻びが、ぜんぶ。
ここに、いてはいけないものがいる。
世界が総出で、あたしを消しにかかった。
ああ。 また、これだ。
足が消えた。 膝から下が、景色に透けてなくなる。 腕も。 肩も。
それでも、慌てなかった。 二千年、世界に拒まれてきた体だ。 こうなることくらい、知っている。
持っていきたければ、持っていけばいい。 ――でも、ぜんぶはくれてやらない。 約束を、まだひとつも果たしてない。
退いていく金に、軽く逆らった。 力むまでもなかった。 世界の理を、指先で押し返すみたいに。
金の光が、しぶしぶ退いた。
あたしは、まだいた。 足も、腕も戻った。
でも。 さっきより、ずっと薄い。 また、減った。 今度は、大きく。 もう、戻らないぶん。
膝をついた。 さすがに、立っていられなかった。
ティユラが立ち上がった。 あたしを一度見て。 それから、裂け目に向き直る。
両手を上げた。 淡い光の、鎖。 化け物の消えた裂け目に、走らせる。
今度は、錆びなかった。 縁を縫う。 ひと針。 ひと針。
巨大な綻びが、軋みながら閉じていく。 金の文字が、ひとつずつ消えて。 最後に、坑道が暗くなった。
松明の火だけが、残った。
静けさが戻った。
ティユラが、こちらへ来る。 あたしの前に、膝をついた。
あたしは、まだ立てない。 左手が震えていた。 透けかけた、指先が。
ティユラの目が、その手を見ていた。 それから、薄くなった輪郭を。 それから、あたしの服を。
何かが、彼女の中で繋がっていく。
古い本。 読めない紋様の、布。 ありえない力。 そして、消えかける体。
ティユラの唇が動いた。
「……あなた」 「あなたは、いつの人なの?」
いつの。
その問いが、いちばん近かった。 誰もたどり着けなかった、ところに。
あたしは答えなかった。 答えれば、ぜんぶ終わる気がした。
それに。 立っているのも、そろそろ限界だった。
膝が崩れて。 あたしは、前へ倒れた。
ティユラの腕が、それを受け止めた。
落ちるな、と。 あの夜と、おなじ手で。
薄れていく意識の底で。 あたしを抱きとめる腕が、震えているのがわかった。




