第二十一話 止まった手袋
ルミシャ
坑道の口は、山の腹に空いていた。 鉄と、水の匂い。 奥から風が吹いてこない。 空気が止まっている。
入る前からわかった。 ここは、時間がおかしい。
入口の脇に、荷がいくつか。 封印使いの装備だ。 持ち主はいない。
落ちた手袋が、宙で止まっていた。 落ちる途中のかたちのまま。
何人も、ここで消えた。
ティユラは松明に火を入れた。 いつもの、硬い仕事の顔。 でも、息がいつもより浅い。
「離れないで。時間が、よじれてる」 「わかってる」
坑道を下る。
奥へ行くほど、時間がばらけた。 水滴が、落ちずに宙で震える。 さっき通った分かれ道が、もう苔むしていた。 来た道が、来たときと違う。
足元の、自分の足跡。 ずっと昔の化石みたいに固まっていた。
あたしは知っている。 この、時間がほどけていく感じを。 二千年、この中にいた。
そして奥のあれが、あたしを呼んでいる。
坑道のいちばん奥。 そこにあった。
村のとは、比べものにならない。 天井まで届く、金色の裂け目。 獣の瞳を、何倍にも引き伸ばしたような。 そのまわりで、時間が渦を巻いていた。
見ているだけで、肌が引っぱられる。 あたしの輪郭が、そっちへ溶けたがる。
ここに入れば。 二千年の続きが、待っている。
ティユラの声で戻った。
「来た」
ティユラが両手を上げた。 金色じゃない。 あの淡い光の、鎖。 裂け目の縁に走らせる。 縫い止めようと。
ネルフィの魔法。 あの頃と、おなじ手つきで。
裂け目が軋んだ。 閉じる――かに見えた。
その時。 渦の底から。
出てきた。
村の化け物より、ずっと大きい。 時間をまとった、影。 通った跡が、一瞬で千年老いていく。
ティユラの鎖が絡みついた。 けれど、触れたそばから錆びてほどける。 村のときと、おなじだ。 でも、速さが違う。
影が腕を薙いだ。 ティユラの鎖が、ぜんぶ千切れた。
「ティユラ!」
影が、彼女に覆いかぶさる。 ティユラがよろけた。
その体を、渦が引いた。 裂け目の、すぐ際まで。
あの渦に落ちたら。 ティユラが、時間に呑まれる。 あたしが味わった、あれを。
考える前に、左手がポケットから出ていた。
――減るぞ。 わかっている。 今度は、指先だけじゃすまない。
それでも。
あたしは、水色の光を放った。




