第二話 一枚の葉
ルミシャ
草の匂いがした。
雨上がりの、土の匂い。 花の、甘い匂い。
風の音。 どこかで、水が流れている音。 それから――何もなかった。
目を開けると、空があった。 高く、青く、雲がゆっくり流れていく。
あたしは草の上に倒れていた。
体を起こす。 痛みはなかった。 どこにも、傷はなかった。
見渡すかぎり、庭だった。
花が咲いていた。 木が枝を広げていた。 小川が光を弾いて、流れていた。
美しかった。 そして、誰もいなかった。
「……ネルフィ?」
声が、思ったより遠くまで響いた。 返事はなかった。
「ネルフィ!」
風が花を揺らした。 花びらがいくつか、落ちた。
あたしは立ち上がって、振り返った。 落ちてきたはずの場所には、ただ草が続いていた。 裂け目も、光も、もうどこにもなかった。
戻る道はなかった。
歩いた。 どれだけ歩いても、庭は終わらなかった。 柵もなく、壁もなく、ただどこまでも続いていた。
腹は減らなかった。 喉も渇かなかった。 夜が来ても、眠気は来なかった。
ここでは、体が止まっていた。
やがて、花が散った。 木の葉が色を変えて、落ちた。 小川の縁に、薄い氷が張った。
季節が巡っていた。 誰も見ていない庭で、時間だけが律儀に動いていた。
あたしは落ちた葉を、一枚、拾った。 木の根元に置いた。 次に葉が落ちる頃、それが何枚になったか、数えられるように。
わかったことが、ひとつあった。
ここは、暗闇じゃない。
あたしは闇に閉じ込められたんじゃない。 時間に、閉じ込められたんだ。
小川を覗き込んだ。 水の中で、水色の髪が揺れていた。 ネルフィが、水みたい、と笑った色。
まだ、あった。
あたしは水面の自分に言い聞かせた。
帰る。 何年かかっても、ここの理屈をぜんぶ解いて。 帰って――あの約束の、いちばん上から、順番に。
葉がまた一枚、落ちた。
数えはじめる。
一。




