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二千年のルミシャ  作者: 河野広明
第一章
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第十九話 雪雲

ルミシャ

朝の、ギルドの大広間。 古い木と、紙と、汗の匂い。 依頼の貼り紙が、壁を埋めている。 受付の前に、列。

ティユラはいつも通りだった。 昨夜のことは、そぶりも見せない。 帳面のことも。 古い本のことも。

あたしも訊かなかった。 お互い、知らないふりがうまい。

畑の礼金を、受付で受け取る。 銅貨が何枚か。 ティユラはそれを、半分こした。

「あなたの、杭の分」 「……一本だけど」 「一本でも、働きは働き」

荷物持ちが報酬をもらった。 おかしな話だ。

ティユラは貼り紙の壁の前に立った。 指で何枚か、めくっていく。

一枚で、手が止まった。

古い廃坑の名前。 そこに、大きな時の綻びが出ている。 何人か、封印使いが入った。 誰も戻っていない。

報酬の額が、ほかと桁が違った。 それだけ、誰も受けないということだ。

受付の男が、ティユラを見た。 すがるような目で。

「ティユラ様なら、あるいは」

ここでも同じだ。 誰も、この女を見ていない。 "封印使いのティユラ様なら"、だ。

ティユラは貼り紙を剥がした。

「受ける」 「ほ、本当ですか?」 「うん」

迷いはなかった。 こういう仕事を断らない女だ。 たぶん、断り方を知らない。

ふと、ティユラがこちらを見た。

「危ない。死人が出てる」 「知ってる。聞いてた」 「……来なくていい」

初めてだった。 この女があたしを置いていこうとしたのは。

取引なら、ここで切れる。 あたしは強い。 一人で、どこへでも行ける。 ティユラも、それをわかってる。

でも。

「行く」 「……なんで?」 「荷物、持つから」

ほんとうの理由は、言わなかった。

二千年。 ずっと、置いていかれる側だった。 世界に。 ネルフィに。 時間に。

なのに今は。 あたしが、置いていかれたくない。 この、めんどくさい女の隣を。

ほしいものが、またできてしまった。 ――あたしの残りは、もうこんなに少ないのに。

ティユラはしばらく、あたしを見ていた。 何か言いかけて。 やめた。

たぶん、昨夜の続きを飲み込んだ。

「……勝手にして」 「するよ」

廃坑は、北のさらに北。 三日、歩く。

ティユラが先に歩きだす。 あたしはその荷を半分、肩にかけた。

軽いほうじゃ、なかった。 今日は、重いほうを持った。

ギルドを出ると、空が低かった。 北の、雪雲だ。

死人の出る場所へ、二人で向かっている。 なのに。 足取りは、なぜか軽かった。

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