第十二話 金の裂け目
ルミシャ
土と、枯れた草の匂い。 でも、どこか饐えた匂いが混じっていた。
鳥の声がしなかった。 虫も。 北へ近づくほど、音が痩せていく。
日が高いのか低いのか、わからなかった。 光がまっすぐ落ちてこない。
村の入口に、人影がいくつか。 こちらを見て、すぐに目をそらした。
村は半分死んでいた。
手前の家はまだ人が住んでいる。 けれど奥へ行くほど、家が色を失っていた。
朽ちているんじゃない。 ただ止まっていた。
洗濯物が、風もないのに途中で固まっている。 犬が片足を上げた形のまま動かない。
ティユラは村を一瞥した。 顔色は変わらなかった。 こういうものを何度も見てきた目だった。
「思ったより、進んでる」
荷を下ろす。
「急ぐよ」
村のいちばん奥。 そこにあった。
最初は空気の歪みかと思った。 陽炎みたいな。 でも、近づくと違った。
地面から、頭の上まで。 宙が縦に裂けて、金色に光っていた。
円じゃない。 細長い。 上と下がすっと尖っている。 獣の瞳を縦に裂いたような形。
その輪郭が光る金の線で描かれていた。 内側にも、びっしりと。 見たことのない文字。 幾何の形。 それらが重なり、回り、絡みあっている。
魔法陣だ。 それを、目のかたちに引き伸ばしたような。
縁の金は整いすぎていた。 誰かが丁寧に描いたみたいに。 美しくて、ぞっとした。
その中心は―― 見ようとすると、目が滑る。
金の文字の向こう側。 何層もの時間が。 重なって、よじれて、淀んでいた。
知っている。 この淀み。 この、外と切り離された静けさ。
あたしが二千年いた場所だ。 中から見ていた景色を、いま外から見ている。
気づけば、一歩踏み出していた。 裂け目のほうへ。
あの中なら。 時間は止まっている。 誰も、あたしを置いていかない。 二度と。
二千年、苦しんだ場所のはずだ。 なのに。 たまらなく、帰りたかった。
――ばか。
あたしは足を止めた。 爪が手のひらに食い込んでいた。
ティユラがあたしを見ていた。
「……あなた」 「なに?」 「顔が、白い」
「平気」
嘘だった。
ティユラはそれ以上訊かなかった。 けれど、あたしと裂け目を一度見比べた。 覚えた、という目で。
ティユラが裂け目の前に立った。 両手を上げる。
指先から、あの光が伸びた。 化け物を縛った、あの鎖。 それが何本も宙を走って。 裂け目の縁に、縫いつくように絡んでいく。
ネルフィの魔法だ。 二千年前、あたしを呑んだのと同じ手つきで。 いま、その口を縫い閉じようとしている。
光の鎖が縁に食い込んだ。 裂け目が軋んだ。
閉じる―― と思った、その時。
裂け目の奥で、何かが動いた。
層のいちばん深いところ。 淀みの底。
そこから、ぬるりとこちらを―― 見た。
ティユラの鎖が止まった。 彼女の顔から、はじめて色が引いた。
「……下がって」
押し殺した声だった。
裂け目の底のものが、ゆっくりと。 こちらへ起き上がってくる。




