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二千年のルミシャ  作者: 河野広明
第一章
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第十一話 一つの皿

ルミシャ

湯気が、立っていた。

枕元の皿に、パンと、干した果実。 まだあたたかい茶も。

ティユラが、置いていったらしい。

昨日のことは、訊かれなかった。 南で何をしていたのかも。 何を見て、ああいう顔をしていたのかも。

ただ、皿が、一つ多かった。

あたしは、起き上がった。 パンをかじる。 味は、しなかった。

「次の仕事が入った」 ティユラは、自分の荷をまとめている。 「街を出る。北の村」

「……また、討伐?」 「ううん」

ティユラの手が、一瞬止まった。

「綻び」

聞いたことのない言葉のふりをした。 実際、この時代の呼び方は知らない。

「なに、それ?」

ティユラは、すぐには答えなかった。 あたしを見ていた。 何かを量るみたいに。

「……本当に、知らないんだ」 「知らない」

嘘だった。

「時の、綻び」

ティユラの手が、また動きはじめる。

「世界には、ときどき、ほつれる場所がある」 「時間が、うまく流れなくなる。淀んで、よじれて、外と切り離される」 「放っておけば、広がる。村ひとつ、時間ごと呑まれる」

――淀んで。 ――よじれて。 ――外と、切り離される。

知っている。 誰よりも。

あたしは、その中に、二千年いた。

「封じるしかない。結界で縫い止めて、固定する」

ティユラの指先に、淡い光が灯った。 あの、化け物を縛った光。

「この術は、封印の祖から続いている。二千年前の、大魔導士の」

――ネルフィ。

世界を縫い止めているのは、あんたの魔法だ。 あたしが、あんたを庇って落ちた時層の綻び。 それを塞ぐのも、おなじ術。

あんたは、世界じゅうにいる。 伝説になって。 魔法になって。 時のほつれを、ぜんぶ繕って。

なのに。 あたしの呼ぶあんたは、どこにもいない。

ティユラが、ふいにこちらを見た。 琥珀と、深い緑。

あんたの目だけが、ここにある。 あんたは、いないのに。

ティユラは、何も知らずに、その光を仕舞った。 伝説みたいに語られる術を、道具みたいに使って。 それが、ふにゃっと笑うあの子の手から始まったことも、知らないで。

「行くよ」

外に出ると、北の空が、低く曇っていた。

足が、すこし重い。

横で、ティユラが、あたしを見ていた。 強張った、あたしの顔を。

何も訊かずに、前を向きなおす。 けれど、覚えた、という目だった。

――怖いのか。 それとも。

もう一度、あの中を見てみたいのか。

自分でも、わからなかった。

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