集団戦 狗VS幻 そして毒舌
ダージン視点
(まったくやってくれたわね。最後まであの子はバカだったんだから)
片手に集めた魔力を炎の槍に変え放つ初級魔法【炎槍】。
鬼を背負った犬(狼?)の魔族は、私が放った炎槍を苦も無く避けていく。
あまりにも軽々と避けるその姿を見て、余裕を装うために浮かべていた笑みが思わず歪みそうになってしまう。
(いくら早さも威力も無い魔法とはいえ、あまりにも軽々と避けてくれるわね。
まだ炎槍なら使えるけど、残りの魔力ではまともに幻術は作れないから、何とか策を巡らせて当てるしかないわね)
現在の自分に出来る事で、策を練っていく。
(それに魔力が少ないのもそうだけど、私の体の方も――)
「ずいぶん苦しそうな笑みでござるな」
突然それまでこちらを睨みつけるだけで、話しかけてこなかった犬の魔族は間合いをとりつつそう声を掛けてくる。
「ここは肉の焼け焦げる臭いが充満しているせいで某の鼻が役に立たぬでござるが、それでもこれだけ近くにいれば香ってくるでござるよ」
人の顔と違い犬の顔のためわかりづらいが、それでも口角が上り牙を見せたのを見て私の体の様子に気付かれたとわかる。
「オナゴよ、お主相当な傷を負っているでござるな。
簡単な治療は施しているようでござるが、それでも某の鼻に届く血の臭いからしてなかなかの深手でござろう」
ペッパー君が爆発した瞬間、距離があった私の所にも強烈な爆風が襲いかかり、私は勢いよく後方に吹き飛ばされた。
地面に受け身も取れずに叩きつけられその衝撃で全身裂傷を負い、爆音で鼓膜をやられ耳からは血が流れ、風圧の衝撃は肋骨の骨を三本も折った。
そして何より不運だったのが、爆発で折れたのだろう鬼の強靭な牙が飛んできて、腹部に深く突き刺さってしまったことだ。
(日頃は運がいい方なんですけどね。こんな場面に限っていつも不運に見舞われている気がしますね)
でも不運をいい訳にして、戦わないという選択をとる訳にもいかない。
(これはあの子が命懸けで作ってくれたチャンスなの。だからこれぐらいの傷気にしてなんかいられないわ)
犬の魔族に傷の事を見破られたとしても私は気にしない。
むしろ気付いたという事実を利用して見せる。
先程までと変わらない余裕の笑みのまま言葉を紡ぐ。
「クスス、本当にあなたは私の血の臭いを嗅いだの?
相当な深手?そう思うのならそのまま鬼を背負って逃げればいいではないですか。
でも私の血の臭いが本当だったらですけどね」
「…なに?」
「忘れましたか?
私は幻使い。あなたの嗅いだ私の血の臭いも私が作り上げた幻かもしれませんよ?」
そう言ってハッタリをかける。
たとえ魔法で幻を作ることができなくても、こうやって言葉で惑わすことぐらいはできる。
私が幻使いだと知っている者ほど、惑わせやすい。
姿なき者に姿を与え、思考の迷路誘い込む。
幻を作れない時こそ、幻使いの真価が問われるのだ。
(まだまだ、これからですわよ)
◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇
スーラ視点
(あの血の臭いが幻だと?)
オナゴの言葉が思考を惑わせる。
(いやそんなはずわないでござる。
某の鼻に届いた血の臭いは確かに本物でござった)
狗族の血を引く者として、自分の鼻には自信がある。
だが――、
(モニターで見ていたが、あのオナゴの幻は一流であったでござる。
音ですら幻にかけていたでござるから、まさか血の臭いも、いやそんなはずは……)
一度浮かびあがった疑心は簡単には払拭できず、なおかつ乱れた心は反応を鈍らせる。
「あら?いいのかしら隙だらけよ?」
至高の渦に沈みかけていた所をオナゴの言葉で浮上させられる。
そして気付いたときには、目前に炎の槍が迫っていた。
(油断したでござる)
慌てて横に飛び炎の槍を避ける。
するとまるで図ったかのように、それまで形も無かった炎の槍が片足に突き刺さった。
「グッ」
「クスス、本当に隙だらけだったわね。
あなたが避けた炎槍は幻、本物はあなたの足に刺さった物よ」
オナゴの言葉通り、避ける前の炎の槍は陽炎のように消えて無くなる。
「姿は上手く消せても、音も気配も温度もちゃんとあったからしっかりと注意していたら引っ掛からなかったのにね」
(まさしくその通りでござるな)
オナゴのいう通り、幻に引っ掛かったのは自身の心に隙が生まれたせいだ。
片足の炎槍を掴み力づくで抜き去る。
傷口が焼かれているためか、そこまで出血はないが先程のように軽々とは避けることはできないだろう。
(これも全ては某が未熟のせいか)
本当ならばすぐ逃げられたのに、ヤードをこんな風に痛めた敵の一人、しかも見た目が満身創痍状態のオナゴ、そのため逃げる前に仕留めてしまおうと考えてしまった。
それが仇となった。
いらぬ怪我を負い軽々とは魔法を避けられなくなった。
だがそれでもまだ状況はこちらが有利のはずだ。
このままあのオナゴを相手にしていたら、またいらぬ攻撃を受けてしまう可能性がある。
(ならば余計な欲を出さずに、ここは去らせていただくでござるよ)
そう結論を出し、ゆっくりとオナゴを睨みつけたまま後退していく。
「クスス、逃げるんですか?」
無視だ。
あのオナゴの言葉に反応してはいけない。
「あら?もう言葉も返してくれませんか。
寂しいですわね。
それとも怖くて声が出ませんか?」
無視だ、無視。
今は去ることだけ考えろ。
「はぁ…、仕方ありませんわ。
あなたが本気で逃げ出そうとしたら、私では追い付かないでしょうから今回は鬼の命は諦めますわ。
それでは負け犬さん、尻尾巻いてとっとと帰って下さい」
無視しなければいけない。
それはわかっている。
だが狗族にとって『負け犬』という言葉は『犬死』と同じぐらい最大限の侮辱だ。
その言葉を言われて素直に去るわけにはいかない。
ゆっくり後退していた脚が止まり、反対に足が一歩前に――、
「何してるのスーラ!
あなた馬鹿なの!大馬鹿なの!!ってメーサは大声で怒鳴るの」
出しそうになった足は後ろからの怒鳴り声で何とか踏みとどまる。
「あんな軽い言葉に騙されるなんてそれこそ愚かなの!
今大切なのはその背中に背負った仲間の事なの」
背後から私の横まで来たメーサは指をビッシっと伸ばし突きつけ気付かせてくれる。
「あの女は私が相手するから、スーラはさっさと下がるの」
「わかったでござる」
危うくまたも間違った選択をしそうになった某は今度こそ、正しい選択をする。
「感謝するでござるよメーサ殿」
「仲間なんだから当たり前なの」
その言葉に某は安心して敵に背を向け、ヤードを治療するために主殿の元に走り出した。
「クスス、鬼、犬ときて今度は幼女ですか。
このダンションは本当にいろんな魔族がいるのですね」
「幼女とは失礼なの。
メーサはもう立派なレディなの、おばさん」
ピッシ
あたりの空気が一瞬にして凍りつく。
「クスス、レディですか。
そんなツルペタな体でレディだなんて胸を張るなんてクスス、あぁごめんなさい張る胸も無いわねおませな魔族さん」
「すでに弛んできた胸を持つ人の僻みなんて見苦しいだけなの。
精々自慢の幻で自分を誤魔化して慰めればいいとメーサは思うの」
両者口元には笑みが浮かんでいるのに、目が一切笑っていない。
主殿の元に急ぐスーラの背後から聞こえてきた会話に思わず武瑠璃と身震いしてしまう。
(確かにあのオナゴの言葉は某を惑わせたでござる。
しかしメーサ殿の毒舌も負けてはおらぬでござるな)
相手の心をかき乱すのはオナゴもメーサも同じ。
背後の空気がいろんな意味で一段冷え込んだのを感じたスーラの足は、さらに一層速さを増し主の元へと急がせる。
それはヤードの命が心配というのが大部分だが、あの場に居たくないという気持ちもあったのは否定できなかった。




