集団戦 彼女のしたこと
ミント視点
補助魔法を習得しようとする者は必ず初めに、スキルと知識を一つずつ学ぶ。
スキルは【援護】。
このスキルがないと補助の魔法は他人に掛けることができない。なのでは補助魔法使いは全員このスキルを持っており、このスキルを持つ事が補助魔法使いの証明でもある。
そして『過負荷補助付与』という知識。
補助魔法を付与すれば自身の何倍もの力を一時的だが高めることができる。そこに目を付けたある男が、仲間に過剰ともいえる補助魔法の付与を頼み、自分よりもはるかに実力が上の相手に戦いを挑んだ。
結果、男は相手に一太刀も浴びせることなく、己の限界まで付与された補助魔法の魔力に耐えられず内側から爆散した。
この話は補助魔法は人によって付与できる数が違っており、もしも付与する人の限界以上の補助魔法をかけたらどうなるか?その実例としてまず教えられる。
なので補助魔法を使うものは、付与する相手の限界を見極めながら、必要に応じた魔法を選択し付与していく技術を求められる。
それなのに私は、ペッパーに言われるがまま彼に限界以上の補助魔法をかけてしまった。
私は父親の顔を知らない。
母親は場末で娼婦をしていたので、おそらく父親は客の誰かだったのだろう。
「あんたは女の子でよかったね。男だったら生まれてすぐ処分されていたよ」
商売をしているとき以外の時間は酒に溺れていた母親の代わり、小さい頃から私の面倒を見てくれた娼館を取り仕切る顔役の大婆様が、何かあるたびに口癖のように私にそう言い聞かせる。
実際娼館には私以外にも誰が父親なのか分からない子供が数人いたが、その子達も私と同様女の子だけで男の子の姿を見ることはなかった。
「お前らには将来ここで働いて金を稼いでもらうからね大事に大事にするよ。でもね、ただ飯食らいになる男はここにはいらないんだよ」
その言葉の意味を、産まれてすぐに死産という結果にされた弟で実感させられた。
弟の小さな亡骸を墓地の片隅に埋葬したとき、その時私の心も一緒に埋まったんだと思う。
なぜならそれ以後私はひどく酔っぱらった酔客にいきなり殴られても一切抵抗せず、躾のためだと言って喜々として鞭を振るってきたすでに働きだした女達のいじめにも反抗せず、生理が来ると同時にすぐに客をあてがわれ働かせるようになっても文句すらいわなかった。
私はただ黙って従っていた。
顔役の大婆様はそんな私を「良い仕上がりだ」と喜んでいた。
少し年上の女性達からは同情するような目を向けられた。
年の近しい者達からは不気味なものを見たかのように距離をとられた。
全てがどうでもよかった。
私はただ死にたくなかっただけなのだ。
生まれたばかりの弟が上げた産声をあの日確かに聞いた。
生きたいと精一杯主張していたあの鳴き声が耳に木霊し、その声が理不尽に容赦無く首を絞められ途切れた音が耳にこびり付いている。
生が死に変わる音を聞いた瞬間、私はこんな風に命を奪われたくないと思ってしまった。
ただ黙って指示に従うのは命を奪われたくないという私の処世術だった。
そんな生活を長く続けていたからだろう。
ある日違法営業の摘発のため店を調べられ、戸籍が無いことが判明しここから抜け出せるようになっても、今まで人に従って生きてきた私はどうしていいか分からなかった。
何をしていいか分からず立ち尽くす私に、新たに生き方の指針をくれたのは摘発を指揮していたコウラ隊長だった。
「まったくあの婆め、税金誤魔化すために戸籍を登録しなかったな。それともいつ消えてもいい存在だと思ってわざと登録しなかったのか?
まぁどっちでもいい。あの婆には冥土に行く前にしっかり落とし前つけさせてやる。
さて問題はお前さんだな。
クソが、死んだ魚みたいな目しやがって」
店の調査資料を見て私の事情をある程度理解したのだろう。
こんな風な性格にした大婆様に怒り、どこか寂しげな目でまっすぐ私を見る。
「それでお前さんはこれからどうしたい」
「わかりません」
どうしたいと聞かれても困る。
何か指示を出して欲しい。
「あ~、そうだよな。今のお前さんにこう聞いても答えなんか出ないよな」
しばらく何かを考えるように上を向いていたコウラ隊長はやがて考えがまとまったのか、一つ提案をする。
「お前さん、うちで働かないか?」
「わかりました」
尋ねられたので即答で了解します。
私の答えに苦笑を浮かべるコウラ隊長。
「まぁしばらくはそんな感じだろうよ。
だがまぁ、うちで働いていればいずれそのままじゃいけないと思ってその性格も直っていくだろうよ。
何せ俺達の本来の仕事は街の外周に来る魔獣退治だからな。死にたくなければ自分の意志で行動していかないといけないからな」
その言葉通り、コウラ隊長の下で働き始めた当初それまでのように指示に従って動いていた私でしたが、自分で考えて動かないと死んでしまう場面に何度も会いました。
補助魔法を覚えたきっかけはコウラ隊長の指示でしたが、その使用については全て私に委ねられました。
戦闘前、事前に補助魔法を頼まれればすぐに付与しました。
ですが問題は戦闘中です。
戦いの最中仲間は目の前にいる敵に集中しているためなかなか自分から補助魔法を頼む事はありません。
ですが後ろにいる私には彼等に補助魔法を付与すべきだとわかります。
このままでは仲間は倒れてしまい、私の方まで敵が来てしまう。
おそらくコウラ隊長はこうなる状況を見越していたのでしょう。
仲間を守るには死なないためには、自分で決め、自分から行動する必要があると。
荒治療とも言えるこんな行動を何度も何度も繰り返すうちに、私も自分の意志をしっかり持ち、行動できるようになりました。
でも三つ子の魂百まで、いまだに強く頼まれてしまうとどうしても断る事ができず、大人しく従ってしまいます。
そして今回も、決意を込めた目でペッパーくんにが私に頼みごとをしてきました。
「ミントさん、お願があります。
俺に付与できるだけ補助魔法を付与して下さい」
その言葉と決意を固めた瞳でペッパー君が何をしようとしているか分かりました。
「ダメだよそれは、そんなことしたらペッパー君どうなるかわかってるでしょ」
「わかってますよ。
でも今こんな現状になったのは俺のせいなんです。
だから俺が責任をとります」
だから補助魔法をかけて下さい、そういい頭を下げる。
頭ではちゃんと理解できていた。
駄目だ、断らないといけない。そんな事をしたらペッパー君が死んでしまう。
でも私に対しまっすぐ頭を下げるその姿を見たら、断ることができなかった。
「【筋肉増加】【俊敏】【硬化】【精神安定】【危機判断】【心肺上昇】【対電撃】【対炎劇】【対氷撃】【対空撃】【痛覚遮断】【微量幸運上昇】」
ペッパー君の限界である三を大幅に超える付与を掛けていく。
これで後はペッパー君が魔力を体に走らせようとしたら、過負荷となった魔力が暴走して大爆発を起こす。
「こんなつらい役押し付けてすみません」
そうつらそうな顔で頭をもう一度下げたペッパー君は、あとは振り返りもせずに戦いを続けるウーロンさんと鬼に向かって駆け出した。
私はその背中に声をかけることもできず、ただ見ていることしかできなかった。
ウーロンさんを間一髪で助けた姿を。
彼の腹が爆散し上半身だけになった姿を。
血の気を無くし真っ青な顔をしながらも、それでも必死に鬼の拳を掴む姿を。
そして、大爆発する彼の姿を。
あまりにも強力な爆発の威力で私はその場から吹き飛ばされてしまう。
あおむけに倒れた私の体に爆発によって飛ばされた土や木の枝、そして粉々になったペッパー君の肉片が降りそそぐ。
私は頼まれたから従っただけだ。
今まではそう誤魔化してきた。
だけど今回はそう誤魔化せない。
頬に落ちてきた彼の肉片の生温かさが、自分の行いの浮き彫りにさせる。
きっとこの日の自分の愚かな行いを私はずっと悔やみ続けていくのだろう。
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