戦準備 魔道具屋と交渉
「おい、生きてるかクソジジイ!」
領主の館を後にした俺は、街の大通りを少し外れた場所にある馴染みの店にそう言いながら入って行く。
すると店の奥から元気な嗄れ声で店の店主が怒鳴り返してくる。
「喧しいぞ、このクソジャリが!!
あいにくじゃが、ワシはお主が血反吐吐きながら死ぬ姿を見るまで死なんわ!!」
歳のせいか毛髪は真っ白になり、体はしわだらけになっているが、その眼光だけはそこら辺若者にも負けないぐらいの光を宿した爺さんが元気よく出てくる。
「元気そうで何よりだよ、ハンマード爺」
「ふん、お前に心配されるほど老いてはおらんわ」
ハンマードと呼ばれた爺さんは言葉使いこそ乱暴だが、そこに箱裏に向けて一切の悪意は無く、逆にその口の悪さが職人としての性質を表しているよう思える。
「まあまあ、祖父ちゃんもそんな風に強がっちゃって、よるトイレに行く回数が増えたのは歳のせいじゃないの?」
「喧しい!
歳のせいなんかじゃない!あれは、えっと…、そう飲み過ぎたせいじゃ。
若いもんと同じ、いやそれ以上飲んでおるせいでトイレに行く回数が増えているだけじゃ」
「はいはい、そうですね」
奥から二人分のお茶を持って来たハンマード爺に顔立ちが似た女性が、笑顔のままハンマード爺さんのいい訳を軽く流しながら、それぞれの前にお茶を置く。
「はいコウラさん」
「ありがとうなシィデラス」
「ふん、こんな奴にこんな奴にお茶などもったいないわ。
水でも出しとけばいいものを」
「駄目よお祖父ちゃん、いくらお気に入り様だからってそんなこと言っちゃ。
コウラさんはうちの店で大量に商品を買ってくれるんだから、それなりの対応をするのが礼儀でしょう?」
「ふん」
孫にそう諭され、ハンマード爺三はおもしろくなさそうに鼻を鳴らしそっぽを向く。
「もう、そんな所は本当に子供みたいなんだから。
それでコウラさん今日は一体どんなようですか?
私の記憶が正しければ、コウラさん達は今日はまだダンジョンを調査してる筈だったと思うのですが?」
「あぁ、本来ならその筈だったんだけどな。
少し状況が変わった」
俺の言葉に、二人の雰囲気が変わる。
「何かありましたか?」
「あったと言えばあったんだが、それはまだ予兆みたいなものだ。
本番はこれからになる。
そのために今日はここに来たんだ。
この街、いやこの国一番と言っていいほどの腕を持つ魔道具師の道具を買うために」
大通りから外れた場所にあり、店の外観もそれほど見栄えのするほどではないが、それでもここで売られている魔道具の数々はどれも、他の店で売っている魔道具よりも一段性能が高い。
その理由はこの店で売られている魔道具を造っているのが、魔道具造りの名家『ハンマード家』だからだ。
昔あった人魔戦争で、非力な人間が強力な魔族に勝つために生み出した数々の武器や防具、魔術や戦術、そして戦闘を支える魔力の宿った道具『魔道具』。
その基礎を生み出した人物こそ目の前にいる34代目当主のスィデラス=ハンマードの祖先、初代ハンマード、魔道具職人≪メイジ・アーティザン≫ウィデラス=ハンマード。
そしてお茶を持ってきたのが、スィデラスの孫で35代目当主候補のシィデラス=ハンマードだ。
彼等は既存の魔道具を造るだけでは無く、日々新しい魔道具製作にも取り組んでおり、コウラがダンジョン内で使った『鑑定石』も『爆発石』もこの二人が造ったものだ。
「ふん、お主が今さらワシらをそんなにもちあげるんじゃ、よほどのことが起こるんじゃろうよ。
お主がワシの店から魔道具を買うのは別にいい、じゃがその前にお主が何をしようとしているのか話せ。
話を聞かんと、ワシも十全に力を貸せんじゃろう」
ハンマード爺さんはそう言って、シィデラスに視線を送る。
シィデラスはその視線を受け取ると、サッと動き店の入り口に向かい一枚の紙を扉に張り付ける。
「これ私が新しく造った『密談紙用』っていう魔道具なんですよ。
入り口に張るだけで短時間ですが、外に声が漏れないようになるんですよ。
だから安心して話していいですよ」
「ありがとう」
「さて、これで心おきなく話てもうらぞ」
外に声が漏れなくなった事で、俺は先程挑んだダンジョンでの出来事、そして先ほど領主にあった時に伝えた隊としての行動について話す。
鑑定石を消耗した事、爆発石でも倒せなかった敵がいる事、そしてそれらを踏まえた上で今のままの装備でダンジョンに潜ったら、部隊が全滅する事。
「ふむ、なるほどのう……」
「あなたに渡した爆発石、結構な威力のはずなのに、それが効かないなんて……」
「効かないって訳じゃないと思うぞ。
俺は逃げることを優先したから、しっかりと見ていないが追って来なかった所を見るとそれなりの傷は負わせたはずだ」
「じゃが、殺せはしなかったのじゃろう?」
「煙で見えなかったけど、動いていた影を見るとおそらくな」
瀕死の重傷で何とか動いたとも考えられるが、下手な希望的観測は危険を増やすだけだ、ここは効かなかったものとして考えておくのが一番だろう。
「さっき領主の所に行って予算を貰えることになった。
だからできる限りの隊のみんなを生存率を高めるためにも、魔道具を売ってくれ」
ここで魔道具を買うために、そのためだけに領主から予算を回してもらったのだ。
「わかった。
お前さんが必要とする魔道具をできる限り売ってやろう。
ただし、それだけの魔道具を売ってやるのじゃ、絶対に生きて帰ってこいよ」
「あぁ、生きて帰って爺の年老いた顔見ながら、ダンジョンでの俺の活躍を話してやるよ」
「ふん、期待せんで待っておるわ」
そう言って俺とハンマード爺は互いの顔を見た後に、二人して笑い合う。
そうとも、俺は死にに行くんじゃない。
宝を生きて持って帰ってくるんだ。
それから、ハンマード爺さんの指示で次々とシィデラスが店の奥から魔道具を持ってくる。
「お祖父ちゃん爆発石の予備どこでしたっけ?」
「それはワシの机の上じゃな。
威力をさらに上げようと工夫してた所じゃ、対して進歩は無かったがそれでも威力が上がっておる。
それとシィデラス、鑑定石は多めに入れておくのじゃよ。
まだまだダンジョンにはどんな生き物がいるか分からんからな、補助用の魔道具は赤字覚悟でいいから多めに入れてやれ」
「わかっているわよ。
倉庫が空になるくらい準備してあげたわ」
「さすがじゃ。
それからコウラよ、少し嵩張るが先日完成させた魔道具持っていくか?
名前は『 陣中御見舞 』。
一人がこれに魔力を送り続けている間、一定空間に強固な結界が張ることができるシロ物じゃ。
送り続ける魔力がかなり必要なことと、これを発動しておる間は中にいる者は外に向かって攻撃できんし、外にいる仲間も中にはいることができんと制限もかなりあるが、重宝すると思うぞ」
そう説明された魔道具は辞書ほどの大きさの鉄の箱で、表には十字架が描かれ十字架の中心には魔石が嵌められている。
手に持ってみたが見かけよりもかなり重く、これを持って移動するだけでかなりの体力を奪われるだろう。
だが、これは使える。
「ありがたく使わせてもらうよ。
他にも使えそうなのがあればどんどん持ってきてくれ」
「わかった。
確か試作品で使えそうなのがあったはずじゃ」
ハンマード爺が嬉しそうに奥の工房に魔道具を取りに行く。
「お祖父ちゃん、その魔道具使った人の腕が吹っ飛ぶから止めた奴じゃないの?」
「生きて帰れるのなら、腕を失うくらい安いもんじゃろう。
それに腕を失うにふさわしい威力をこれは持っておるぞ」
工房から出てきたハンマード爺さんの腕には色とりどりの腕輪を何十と繋げた物を持ってくる。
「どんじゃこれは?
かなりの攻撃力を持つ魔道具じゃぞ」
「いや……、声聞こえてたからよ。
さすがに腕が飛ぶ様な魔道具は止めてくれ」
生きて帰れるとしても、さすがに腕が吹き飛ぶ様な魔道具は使いたくないし、持っていきたくも無い。
「もっと安全に使える魔道具を頼む」
魔道具造りの名家であるハンマード家の店がなぜこんな所にあるのか?
それは彼等が客を選んで魔道具を打っているからである。
客を選ぶと言っても、それは魔道具を上手く使ってくれる人に渡すとかでは無く、死んでもよさそうな人間に、試作品を実験中の魔道具を渡してその性能を確かめるのだ。
そのため大通りでは無く、すねに傷を持つ者や後ろ暗い考えを持つ者が買いに来やすいこの場所に店を開いているのだ。
それからハンマード爺が大量に魔道具を持ってきて、一つ一つ説明を聞き買うか考えていたら、いつの間にか一人では持って帰る事ができない量の魔道具を購入していた。
「これは……、いつの間にかすごい量買っていたな」
「一度にこんなに売れたのは、戦争中だった初代の頃ぐらいじゃないかのう」
「倉庫もほぼ空になりましたからね。
今工房の人間に隊舎に行って人手を呼んできてもらっています。
それとはいこれ、購入金額です」
渡された紙に書かれた金額を見て、さすがに頬が引きつってしまう。
領主に追加予算を貰っていなかったら危なかっただろう。
いや多分だけど本来なら追加予算でも足りなかったかもしれない。
「大分おまけしましたよ」
ニコニコした笑顔でシィデラスがそう言う。
「帰ってきたら、お前の奢りで宴会を開くからな覚悟しておけ」
ハンマード爺が腕を組んでニヤリと笑う。
「あぁ、浴びるほど飲ましてやるから楽しみにしておけ」
それから隊の人間が来て大量の魔道具を持って隊舎に向かう。
さて次は隊のみんなの士気を上げるとするか。
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