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戦準備 いざダンジョンへ!

 ホカリ視点


 「ファタン、どこ行くんだよ!!」

 「ひっ」


 隊舎の裏からこっそり逃げようとしていた同僚のファタンに大声で呼び止めると、ファタンは小さく悲鳴を上げ、その場に尻もちをつく。

 尻持ちをついたファタンは震えながら後ろを振り返り、呼びとめたのが俺だとわかると体を震わせながら懇願してきた。


 「た、頼むホカリ。

 み、み、見逃してくれ」

 「見逃せって、お前逃げるつもりなのかよ!」

 「そ、そうだよ。

 俺まだ死にたくねぇんだよ!」


 これから俺達がやろうとしている事を考えると、逃げ出したくなる気持ちもわかる。

 だが、


 「だからって、逃げていい訳ないだろう!」






 事の発端は、俺達がダンジョンから帰ってきてコウラさんがウーロンさんにいろいろ指示をして別れた時までさかのぼる。

 ウーロンさんはコウラさんに言われた通りドリンクの隊員達をすべて集め、すぐさまダンジョンに行くための準備をするように伝えた。

 突然の指示に、いろいろ聞きたい事がある隊員達だったが、ウーロンさんの有無を言わさない迫力に負けそれぞれ準備を始めた。

 俺も隊舎の倉庫から予備の剣や盾それに保存食などを準備していると、ウーロンさんに事情を聞けないとわかった隊員達が集まってきて色々聞いてきた。


 「ホカリ、一体何があったんだ?」

 「今朝お前らダンジョンに行ったばかりだろう?

 それなのに昼前に戻って来たと思ったら、いきなり隊員全員でダンジョンに行く準備なんて」

 「強力な魔物でも現れたか?」

 「強力かどうかはわからないけど、魔獣にはあったよ」


 俺の言葉に、話しかけてきた隊員の他に、黙々と準備をしながら耳を傾けていた隊員達も驚きの声を上げる。


 「マジかよ」

 「隊員の中で初めて魔物にあったんじゃねぇの」

 「どんなやつだった?」


 すぐさまどんな魔獣だったのか質問してくるが、隊長のコウラさんがすぐに撤退の指示を出したせいで姿までは見ていないため、答えることはできない。


 「俺は魔物の姿を見てないからよくわからない」

 「なんだよ、それぇ」

 「しかたないだろう。

 コウラさんがなんか気配感じた途端撤退の指示出したんだから。

 それに撤退するときにコウラさんがなんかすごい魔道具使ったせいで、後ろ振り返って確認しようとしても煙で見えなかったし……」


 魔物がいたと言っても、姿までは俺は見ていないせいでだんだんと声が小さくなっていく。

 だが俺の声が小さくなって言ってもすでに誰もそんなこと気にしてはいなかった。


 「コウラさんが戦わないですぐに撤退したのかよ」

 「それって、ダンジョンの魔物がすごい強いってことか」

 「そうなんじゃないか。

 隊長【直感】のスキル持ちだろう。

 その直感が勝てないって感じたんじゃないか」

 「なぁ、俺たちこれから隊長が撤退することを選んだ場所に行くんだよな?

 大丈夫なのか?」


 最後の一人の言葉に、その場にいた隊員が皆黙りこむ。

 隊長の実力を知っている分、何もしないで帰ってきた事実がこれからいくダンジョンの恐怖をさらに高めていた。


 「何を集まってのんびりしているんですか。

 まだ準備は終わっていませんよ。急いで準備して下さい」


 黙りこんでいる隊員達に、各種の伝達事項を行っていたウーロンさんが注意する。

 その言葉に隊員達は黙って必要な者の準備するために動き出す。

 だがその動きは明らかに俺の話を聞く前よりも、鈍重になっていた。


 やがて俺は必要な準備が終わり、他に忘れ物が無いか確認するために辺りを確認していると、こっそりみんなの視線から隠れるように隊舎の裏に行くファタンの姿を目撃し、冒頭の様に追いかけ呼び止めたる場面になったのだ。






 「俺達は今まで高い給料もらってきたんだぞ。

 それなのに何もしないで、逃げるって言うのかよ!」

 「あぁそうだよ。

 俺は逃げるんだよ!!」


 俺の言葉にファタンが顔を真っ赤にして開き直る。


 「死んだら何にもならないんだぞ。

 俺はまだ死にたくねぇんだよ。

 あんなひどい死にたくねぇんだよ!!」


 ダンジョンの情報を得るために、ダンジョンから帰還した者達から事情を聞きに行った事がある。

 その時会ったダンジョンの帰還者の姿は、今でも目に焼き付いている。

 両足の健は斬られ歩くことはできず、片腕は斬り落とされ、残りの腕の指は全て削り取られ、体のいたる所に噛まれ食いちぎられており、両目は無くなり、舌も歯も無い。

 そんな状態の人間がまともな状態のはずが無く、こちらから声をかけようとしたら怯え、しゃべれない口から盛大に声にならない悲鳴を上げ、暴れ出す。

 あんな姿の人間を見て、そんな状態にされる場所に生きたいと思う人間がいるはずがない。


 「なぁホカリ、お前も借金のため仕方なくこの隊に入ったんだろう。

 いいのかよ?お前死ぬかもしれないんだぞ。

 お前が死んだら、残った家族が借金を返していくことになるんだぞ」


 その言葉に、俺はダンジョンに行くと決めていた気持ちが揺らいでしまう。

 親父が事業に失敗したせいでできた莫大な借金を、どうにか俺がこの隊に入る事で返していけている状態なのだ。

 それなのに、それができなくなると病気がちになってしまった母が無理をして働きに出ることに、いや下手したらまだ幼い弟や妹を借金のかたとして奴隷にされるかもしれない。

 頭の中で次々と嫌な未来が浮かんできてしまう。

 そしてそんな俺の想像が顔に出ていたのだろう。


 「ホカリ、お前も俺と一緒に逃げようぜ」


 ファタンの言葉が悪魔の誘惑の様に聞こえてくる。

 俺はその誘惑に負けふらりと足を踏み出そうとしたとき、背後から冷たい声が届く。


 「逃げるのは別に止めはしませんよ」


 聞こえた声に、ハッとして後ろを振り向くと冷たい目で俺達を見つめるウーロンさんがそこに立っていた。


 「隊長から逃げる者は止めなくていいと言われておりますので、逃げ出したいならどうぞ好きになさい。

 ただし、関係各所に連絡しましたので、ここで逃げ出したものはそれ何の処分を覚悟しておくことですね」

 「なっ!」


 処分と聞いて驚くファタン。


 「何を驚いているんですかファタン。

 私達はこれまで、必要な事態になった時に命を懸けるという約束があったからこそ高額な給料をもらっていたのですよ。

 それなのに約束を破るのですから、それなりの処分があって当たり前でしょう」


 ウーロンさんは冷たい目を細めて、まるで汚物を見るような眼でファタンを見下ろす。


 「ギャンブルのせいで多額の借金をして、奴隷になりたくないためにこの隊に入隊したあなたです。

 逃げ出した先は奴隷よりも酷い未来しか待っていませんよ?

 それでも逃げますか?」


 不吉な未来を聞かされて、口をパクパクと開け閉めしてしまうファタンだが、やがて泣きそうな顔で叫ぶ。


 「ふ、ふざけるなよ!

 逃げ出さなくても、どっちみち俺は死ぬしかないじゃないか!」


 そう叫んだファタンは背中を見せその場から去って行った。


 「……馬鹿な事を、逃げ出した方が死ぬ以外の未来が無いというのに」


 小さくそうつぶやいたウーロンさんは、今度は俺に視線を向ける。


 「それでホカリ、あなたはどうしますか?」

 「お、俺は……」


 俺も正直言ってファタンの言葉を聞いて、逃げ出したい気持ちを持ってしまった。

 だが、それを何とか心の奥底に押し込めまっすぐウーロンさンの目を見て言う。


 「こ、怖いけど、俺ダンジョンに行きます」

 「良い判断です」


 それまで冷たく光っていた目が、優しくなる。


 「怖いのは当たり前です。

 でも、その先生き延びようと努力すればきっと何とかなるはずですよ」

 「はい!」


 ダンジョンに行くのは怖いけど、今は家族のために頑張って生き延びることに専念しよう。





 ◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇


 コウラ視点


 魔道具屋から大量の魔道具を買い込み隊舎に戻ると、そこにはわずかに数が減った隊員たちが整列して待っていた。


 「お帰りなさい隊長。

 準備の方はできていますよ」


 ウーロンが敬礼しながら出迎える。


 「準備ごくろうさん。

 それで隊からは何人離れた?」

 「逃げ出したのは12人です。

 すでに逃げ出した者達の情報は関係各所に連絡しているので、逃げ出した連中にはそれなりの殊遇が待っているでしょう」

 「……そうか」


 誰だって死ぬのは怖い。

 だから逃げた者達を笑うことなどできなかったので、あえて逃げたでは無く「離れた」と聞いたのだか、ウーロンにとっては臆病風に吹かれたとしか思えない行動を取った隊員達に気を使う必要など感じていなかったので、離れたと答えずあえて「逃げ出した」と返してきた。

 現在残っている隊員は21人。

 もっと逃げる者がいてもおかしくない、下手をしたら隊員全員逃げるのではと考えていたので、これほどの人間が残ってくれた事に心から感謝する。


 「準備ができているなら、早速出発しよう」

 「今から出発すると、ダンジョンにたどり着くのは夕方になりますが?」

 「あぁ、だから今夜はダンジョン前で一晩明かすことにする。

 それぐらいの準備はしているのだろう?」

 「えぇダンジョン内で野営する可能性もありましたので、準備はあります」

 「なら行くぞ」


 ダンジョンには朝早く街を出ても、たどり着くのは昼前になる。

 いつもならそこで一度休憩とともに昼食を取ってからダンジョンに挑むことになる。

 ならば今から出て、ダンジョン前で一夜過ごしてから朝食を取り万全の体調でダンジョンに挑んだ方がいいだろう。


 「ダンジョンの前で一夜ですか?

 大丈夫なのでしょうか、もしダンジョンから魔族など出てきたら……」

 「それは心配ないだろう。

 今の所ダンジョンから魔物が外に出たという報告も無いし、現在までダンジョンの情報からたとえ外に出てくる魔物がいても、対処できない相手では無い」


 そう説明するとウーロンは納得し、隊員達に進軍の命令を出す。

 整列して街から出ていく俺達の姿に、街の住人達は何事かと俺達の方に視線を向ける。

 そして進軍しているのがドリンクの隊員達と気づくと、声をかけるでもなくヒソヒソと声をひそめ囁き合い、ジメットとした嫌な眼でこちらを見てくるのだ。


 (言いたい事があれば、声に出して言えばいいものを。

 これから命懸けの戦いに挑むというのに、士気が落ちてしまう)


 街の住人達の態度の原因は、高い給料をもらっているのにこれまで何も成果を上げていないせいとはわかっている。

 だが、せめて今だけはそんな目で見て欲しくは無かった。

 俺達は決して勇者になるためでも、英雄になるためになるためにダンジョンに挑むわけでは無い。

 ただ命令で、金をもらうためにダンジョンに挑む。

 だからと言って、命懸けで戦う部下達を、大切な仲間達をそんな目にさらさせ戦場に向かわせたくなかった。

 だから俺は、やましい事など無いと胸を張って街の外に出る。

 帰って来た時に、街の住人の歓声で迎え入れられることを夢見て。


 そんな思いを胸にコウラ達『ドリンク』は、誰の声援も無いままダンジョンに向かうのだった。


最後までお読みいただきありがとうございます。

評価やブックマーク、感想など頂けると嬉しいです。


次の投稿予定は来週の日曜日。

その時番外編を一度消して、改訂して移動させる可能性があります。

(番外編が話の流れ上、おかしいと感じたためです)

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