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それぞれの後日

 ヤード視点


 「今日は疲れたな……」


 深夜、誰もいなくなった第三密林エリアでヤードは一人つぶやく。

 ゴンラとスラりんが後始末をしているため、すでにここには狂信者の血や肉片などは残っていない。

 だがエリアにある木々が倒れ、地面の凹んでいる跡を見ると確かに狂信者と戦ったという実感を湧かせる。


 色々な事が一度に起きた。

 その代表的なのがこの進化した体だろう。

 進化して一回り大きくなった手をヤードはじっと見つめる。


 力は強くなったことは実感できる。

 回復力も、身体能力も大幅に上がっているのがわかる。

 だが、頭ではわかっていてもどうも心の方がついていかない。


 そんなモヤモヤとした中で、ただ二つだけ確実に実感できたことがある。


 この手には狂信者を殴り殺した感触。

 戦いの後主に握られ感謝の言葉を述べたときに伝わった温かさ。


 この二つがあるからこそ、何とか狂信者を倒したのが自分だという実感が持てる。



 心のモヤモヤを少しでも整理しようと一人で考えていたら、背後に誰かが近付いてくる気配を感じた。

 振り返ってみるとそこにはムースが立っていた。


 「こんなところで一人たそがれてどうしたのですか?」

 「少し頭を整理したくてな。

 それよりも、嬢ちゃんこそ珍しいな。自分から俺の所に来るなんて、主の世話はしなくていいのかい?」

 「マスターなら今日は疲れたようでもう寝ていますので心配いりません」

 「そうか…、主も頑張ってくれたからな」

 「えぇ、私達のために一生懸命でした」


 そう言って二人は沈黙する。

 狂信者から助けたのは確かにヤードかもしれないが、本当の意味で救ってくれたのは黒だということをムースもヤードも理解している。


 「それで?理由もなく俺のとこに来たわけじゃないんだろう」

 「もちろんです」


 ムースは何処から取り出したかはわからないが、その手に一升瓶を抱えている。


 「これはマスターが寝る前に買われた物です。

 「頑張ってくれたお礼」だそうです。」


 そう言って一升瓶をヤードに渡す。

 一升瓶のラベルを見ると『満月』という名が書かれている。


 「おいおい、『満月』って言ったらかなりの高級酒じゃねぇか、良いのか本当に飲んでも?」

 「マスターが渡したのですから、ご自由に飲んで下さい。

 それとまた後日になりますが、ダンジョンの仲間全員で慰労会という名の宴会を開くとおっしゃっていましたので覚えといて下さい」

 「あぁわかった」


 なかなかお目にかかれない高級酒を貰い、どことなくおざなりな返事になってしまう。


 「それと最後に一つ」


 ムースはそう言い、深々と頭を下げる。

 その姿を見てヤードはギョッとしてしまう。

 自分を嫌っているムースがここまで自分に頭を下げる姿など今まで見た事が無い。


 「マスターを、仲間を、ダンジョンを守っていただき本当にありがとうございます」


 心からの感謝の言葉をのべられて、どこか照れくさくなってしまう。


 「まぁ、なんだ、うん、俺は約束を守っただけだからな。

 これからも守っていくさ」

 「そうですか、期待しております」


 頭を上げたムースは無表情でさらに言葉を続ける。


 「たとえさっさと進化していればマスターをあんな危険な目にあわす事も無かったのにとは思いますが、まぁあの時はあれがあなたのせい一杯だったのでしょう。

 精々進化した今はそのでかくなった体を存分に生かして頑張っていただきたいものです」


 いうだけ言うとムースはくるりと背を向けて帰っていく。

 残されたヤードは一気にあそこまで言われた言葉に唖然としていた。

 ムースが去りしばらくして、ようやく頭が冷静になると思わず笑い声が出てきてしまった。


 「ハハハ、本当に面白い場所だよここは」


 まだ心はモヤモヤしているが、いずれそれもここにいれば無くなるだろう。

 そう思いながらヤードも自分の寝床に帰っていく。




 ◆◆◆◇◇◇◆◆◆



 スーラ視点


 「すまんでござる」


 某は戦死したウインドウルフの毛皮を彼の妻に渡した。


 「クゥ~ン」


 妻のウインドウルフは寂しそうに一鳴きすると、その毛皮に体をこすりつける。

 嫌な役目だ。

 正直に言うとこんなことはやりたくは無かった。

 だが某は彼等魔狼達のリーダーなのだ。

 亡くなったウインドウルフの最後を伝える責任がある。


 毛皮に体をこすりつける妻に、某は戦いで起こった事を全て話す。

 某の話を全て聞き終わった妻は、某に恨み言を言うでもなく、ただ黙って頭を下げると毛皮を大事そうに咥え自分の巣に戻っていく。

 ゆっくりゆっくりと進んでいく足取りは遅い。

 それは夫の死で元気が無いというのもあるが、一番は膨れたお腹だろう。

 彼女のお腹には彼等夫婦の子供が宿っている。

 もうすぐ出産だったというのに、某の力が足りなかったせいで新しく生まれる子達は父無しの子となってしまった。


 悔やんでも悔やみきらない。


 悔しさを噛みしめると狂信者につけられた左目の傷口がズキリと痛む。

 呪詛に近いこの傷は回復薬を使っても、治すことがほとんどできない。

 だがもし傷を治せたとしても某は治すことは無かっただろう。


 これは罪の証なのだ。


 大切な眷族を守ることができなかった自分への戒め。


 そして弱かった自分との決別。


 もっと強くなろうという覚悟の証。


 目をつむり後悔の気持ちを噛みしめ、これからの事を考えていれば、いつの間にか他の魔狼達が心配そうに某に体をこすりつける。

 眷族達も仲間が減り弱気になっているのだろう。


 「大丈夫、もうお前達を失わせぬでござるよ」


 一匹一匹愛情を込めながらその気を優しく撫でてあげる。


 そうもう失うわけにはいかないのだ。

 こんな気持ちは一度で十分。

 強くなろう。

 もっともっと強くなり大切なものを守れるようになろう。




 ◆◆◆◇◇◇◆◆◆




 アラーネア視点


 「痛いのう、ほんに痛いのう」


 ワシは痛い痛いと涙を流しながらある作業を続ける。


 「アラーネ、ア…、うる……さい」

 「そう思うならば、自分の巣に戻ればよかろう」


 口をやられたクロコディルは、傷口が治ってもその傷跡のせいで言葉がとぎれとぎれになってしまう。

 まぁ、本人は食事が普通にできるから問題ないと言っておるから、ワシも別に気にしておらん。


 「お…れの、エリアは…、ボ、ロボロ……」

 「あ~、そう言えばお主のエリアは狂信者の体力を削るために掘り返したんじゃったな」


 第二密林エリアは泥地で、今はさらにその泥地が酷いことになっている。

 時間をかければ直すこともできるだろうが、さすがに戦い傷ついたばかりの今日は治す気も起きず、こうして一のエリアで体を休めているのだろう。

 それならそうと早く言えばよいのに。

 こやつは本当に死文が必要と思ったこと以外は聞かれんと答えん。


 「そ、それで…、アラー…ネア何、して…る」

 「脚の治療じゃよ」


 ワシはそう答えて、狂信者に抉られた脚の付け根に自らの爪を突き立ててさらに抉り取る。


 「いたたたた。

 本当に痛いのう。じゃがこれをせんことには脚は生えんからのう」

 「生える…のか、脚が?」

 「もちろんじゃとも。

 生えもせんのに、自らの体を傷つけるような真似をするなど、ワシはそんな趣味は無いからのう」


 アラーネアやアラクネ族のような下半身が蜘蛛の魔族は、その見かけから昆虫系の魔族と思われているが、実はそれ一単体の力だけを持っているわけでは無い。

 主に戦闘などで使う脚は、欠ける事、無くなることを前提として考えられているため、無くなった時のためにすぐに新しい脚が生えるように、その血にトカゲやカニなどの再生力を持った種族の血を取り入れている。


 「じゃがら普通ならば脚が無くなっても平気なのじゃが、今回はあのイカレた狂信者の呪詛のせいで脚が生えてこん。

 生やすためにはこうして呪詛を付けられた肉周辺を、また抉り取ることが必要というわけじゃ、イタタタタ」


 説明しながら、削っていくがこう多いいと嫌になってくるのう。


 「どれ…くらい、で、生える……だ?」

 「体力さえあれば、すぐに生えるぞ。ほれ」


 ためしにすでに抉り呪詛を削った場所から、白くヌメヌメした脚が生える。


 「気持……悪い」

 「うるさいわ!

 まだ生えたばかりじゃから仕方なかろう!!

 時間が立てば前みたいになるから、しばらく我慢せい!!」


 生えたばかりの足は弱く、力も上手くはいらん。

 しかももう今日は体力が無いから新しい脚を生やすこともできんじゃろう。

 全力で戦えるようになるまでかなり時間がいりそうじゃ。


 痛みに耐え、亜多楽は安足の調整の事を思うと深いため息が出てきてしまう。

  


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