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戦いのあと

 「終わった……、のか?」


 目の前で試算した狂信者を見て黒はそうつぶやく。

 辺りに満ちていた禍々しい気配はすでにない、その事が狂信者を倒したという証であった。

 そして終わったと感じた瞬間、黒はその場に尻もちをついてしまう。


 「はっはっはっ、安心したら力が抜けちゃったよ」


 今まで無理をして狂信者に相対していたが、その狂信者が居なくなった事で一気に力が抜けてしまう。


 「馬鹿が、無理するからだ」


 そんな尻もちをついて黒に、進化したヤードが近づいてくる。


 「やぁヤード、少しも目を離していなかったのに、いつの間にかそんなに大きくなって、成長期だったのかい?」

 「ふん、そんだけ無駄口を叩けるなら体の心配はいらないようだな」


 そう言いながらも尻もちをついた黒に手を差し伸べる。

 その手をしっかり握り黒は立ち上がる。


 「本当に、手もこんなに大きくなって……。

 そして大きくなったこの手が俺を、仲間を守ってくれたんだね」

 「あぁ、そうだな」

 「ありがとう」


 両手でヤードの手を包み込み、頭を下げる。


 この大きく優しい手が守ってくれたのだ。

 感謝しても感謝しきれない思いで一杯だった。


 「頭を上げろよ。

 これはお前との約束だろう?

 お前と仲間を守るって、俺はその約束を果たしただけだ」


 進化した事で顔が怖くなったヤードだが、そこに浮かんだ笑みは前と変わらずどこか温かみがある。


 「それよりも、俺はいいとして他の奴の傷の治療してやりな。

 アラーネアもクロコディルも重症だ」

 「そうだ!急いで二人を治療しないと。

 あぁ、あとスーさんの傷も治療しないと、かなり出血していたから増血がひつようかもしれないなぁ」


 ヤードの言葉に握っていた手を離し慌て始める黒。


 「主殿よ、そう心配しなさんな。

 確かに重傷を負ったが、狂信者が死んだ今傷口は治る。

 もう死ぬことは無いじゃろう」

 「そう…だ…な」


 慌てる黒を見て苦笑しながらアラーネアとクロコディルが答える。

 脚が全て無くなったアラーネアはその場から動く事ができず、クロコディルは口を傷つけられた事でしゃべることが難しそうだ。


 「脚は……、はぁ~、やはりくっつかんか」


 抉り取られた脚を手に取り、傷口に当てくっつくか試していたアラーネアが溜息を吐く。


 「回復薬を使っても、脚が生えそろって戦えるようになるのにはしばらく時間がかかりそうじゃな」

 「俺も……同じ…だ」

 「そうだな。

 俺も傷自体は進化した事で回復力が増したのか、すぐに傷口は塞がったが、狂信者につけられたこの傷痕は消えそうにないからな。

 お前らも覚悟しとけよ」

 「ふん、わかっておるわ。

 これはただの傷跡では無い。

 呪詛に近いもんじゃからな、死んでも消えんじゃろう」


 普通の傷なら傷ができた直後なら回復薬で傷跡を消すことができる。

 だが思いがこもった傷、呪詛と呼ばれる傷はどれだけ回復薬は治癒魔法を使っても消すことができない。

 たとえその傷を付けてものが死んだとしても、その思いは傷と言う形で刻み込まれるのだ。

 そう言う意味でいえば、狂信者ナティコスの自分を刻み込むという目的は達成できたのかもしれない。


 「それでも生きていてくれるだけでよかったよ」


 どれだけ傷跡が残ろうが黒にとって仲間が生きている事が何よりだった。

 そうしてそんな素直な気持ちを真っ直ぐ告げられると、照れてしまう。

 三人とも顔を真っ赤にして、照れを隠すようにそっぽを向く。


 「マスターご無事で何よりです」


 そこへ嬉しさに声を弾ませたムースが黒のもとに駆け寄ってくる。

 黒が出ていったと、モニターで様子を見ていたのだろう。

 そして無事狂信者を倒した事で安全だと思いこうして駆けつけてきたのだ。


 「マスター、本当に、本当に、ご無事で…、ご無事でよかったです」


 普段ならまったく変わらない無表情の顔を黒の胸に顔をうずめ、ボロボロと安堵の涙を流す。


 「心配かけたね」


 胸で泣くムースの頭を黒は優しく撫でる。

 無理やり部屋を出て行き、しかも万魔事典を託すという重い事まで託してしまった。

 本当にムースには心配ばかりかけたと思う。


 「マしゅター、私もすっごいすっごい心配したんだから」


 メーサもそう言い、黒の足にがしっとしがみつく。

 

 「そうだね、メーサにも心配かけたね」

 「そうなの、すっごい心配かけたの。

 だからもう二度とこんな真似しないでね」


 ギュッと足にしがみつきそう言ってくる。

 このしがみついてくる強さから、メーサもどれだけ心配かけてしまっていたかわかる。


 「アラーネア殿、クロコディル殿回復薬でござる」


 そして最後に片眼を布で覆ったスーさんが回復薬を持って現れる。


 「スーさん、目は治らなかったのか?」

 「えぇ、血は止まったでござるが、残念ながら傷跡が丁度目を塞ぐようにつけられたせいで、片眼はどれだけ回復薬をかけても元には戻りませんでした」


 苦笑した顔でそう告げるスーさん、だがそこに後悔の思いは一切見られない。


 「こんな傷はたいしたことないでござるよ。

 某は生きているんでござるのだから」


 スーさんは狂信者の飛び散った肉片に紛れ、地面の片隅に飛んでいった眷族の毛皮を手に取り胸に抱きしめる。


 「すまんな、本当にすまんな」


 残った片目から涙を流し、ただその言葉だけを繰り返す。

 毛皮を抱きしめ泣くその小さな背中を、誰も何も言わずに見ていることしかできなかった。

 あの勇敢なる仲間に俺達は助けられたのだ。

 誰から言うでもなく、自然にみんな目を閉じ心からの感謝の念を送る。



 無事狂信者を倒し、平穏が戻ったダンジョン。

 だが狂信者が残した爪あとは大きく、立て直すのにはしばらく時間がかかる。


最後までお読みいただきありがとうございます。

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