契鬼の拳
狂信者は振り向きざまにヤードに向かって爪を振るった。
だがその爪の攻撃をヤードはガードせずに、構わず拳を大きく振るう。
驚異成長により今狂信者の爪は街で普通に売っている鉄の剣よりも硬く鋭い、けれどそんな爪はヤードの体に当たった瞬間体を傷つけることなく、簡単に折れてしまう。
「えっ?」
傷がつかないことなど考えてもいなかったのだろう。
狂信者はまぬけな声を出して、腕を振るった姿勢で止まってしまう。
そしてそんな狂信者にヤードが大きく振りかぶった拳を叩き付ける。
ミシッやボキッなどと言った肉がひしゃげ骨が折れる音は聞こえなかった。
ヤードの拳が当たった瞬間聞こえたのは、バッン!!!と言うあたりの空気を無理やり震わせたかのような狂信者が吹き飛ばされた音。
何本もの木々に当たり、なぎ倒しながら狂信者は吹き飛んでいく。
やがて一本の木に背中から当たり吹き飛ぶのは止まるが、殴られた腕は無く、胴体も半分は千切れ、首も変な方に曲がりその口からは赤黒い血がこぼれ出ている。
それでもなお狂信者は生きており、瞳は爛々と輝き、口元はニヤニヤとした笑みが浮かんでいる。
「フゥゥゥゥゥ」
肺の空気を全て出すようにヤードが息を吐きだす。
寒くないはずなのに、吐き出した息は白くヤードの熱量を窺わせる。
その呼吸と進化した事により背が大きくなり額から一本の角が生えた姿と相まって、その姿はまさに地獄に住む鬼のように見えた。
「ヤード……」
そんな姿が変わったヤードに黒が恐る恐る声をかけるが、ヤードは黒の方を見ずただじっと自分が殴り飛ばした狂信者を睨み続ける。
狂信者の方は、傷ついた体が素早く回復していき無くなった腕はすでに生えゆっくりとした動作で起き上がる。
「いい!いい!実に良いですよこのクソ化け物がーーーー!!!!!
まったくなんて殺しがいがある化け物なんでしょうね~。
姿が変わって、まさに化け物。
実に殺しがいがあるというものですよ。
なんです、そんな姿になって力が増したから私を殺せるとでも思ってるんですか?
成長しても頭の方は発達しなかったようですね~。
クソ化け物の力なんて私の回復力の前では無駄なんですよ!!!!」
狂ったように叫び伸ばした爪を振るい、何度も何度もヤードの体を傷つけようとするが、爪はヤードの体に当たった瞬間折れていく。
「ガードじないなんて余裕ぶっこいてんじゃねぇよこのクソ化け物が!!
いいぞ、いくらでも余裕ぶっこいてろよ。
だがな私の爪は折れるたびに強くなるんだ。
じきにお前の体を斬り刻める強さを持つようになって来る!!
その時、その余裕を嘆き、涙ながらに命乞いをしながら死んでい―――」
最後まで言い終わる前にその口を無理やりヤードが閉じさせる。
片手で狂信者の頭を掴み、軽々と持ち上げる。
以前ならば加護の力かを使って、肉体を酷使してやっていたが、今は自力でそれをやってのける力がある。
「うるせぇ、ガタガタ狂言吐いてんじゃねぇよ!」
掴んでいた頭を思いっきり地面に叩き付ける。
地面が円形状に凹み、狂信者の頭はトマトの様につぶれて飛び散る。
だが、つぶれた頭もすごい速さで元に戻っていく。
「ひゃは!かっは!ぎゃはははははははははははあははは!!!!!
痛いー!!!!今のはものすごく痛かった!
でも私は死なない!!
こんな攻撃されても私は死なないんですよーーーーーー!!!!
ひゃはぎゃがっはははははははははあはははh!!!!!!!!!!!!!」
狂ったように笑いながら、先ほどと同じように爪を振るい斬り刻もうとする。
そして何十回と爪が折れたとき、ようやくうっすらとだがヤードの体を傷つけることができた。
「うひゃははははは!!!
見ました?感じましたか?このクソ化け物。
私の爪はあなたの体を傷つけられましたよ。
これであなたを切り刻めるぅぅぅぅぅ!!!!!!!!」
「やってみろよ」
笑いながら爪を振るう狂信者にそう言い、少しだけ体に力を入れる。
すると先程傷を付けられたはずの爪は、またしても簡単に折れてしまう。
「俺が力入れただけで簡単に折れるなんて、一体どれだけ爪を折れば俺を斬り刻める予定なんだ?」
「黙れーーーーーーーー!!!!!!!!」
ヤードの挑発に、先ほどまで笑っていた狂信者が憤怒の表情で爪を振ろうとする。
だがその腕を握り締めて振るうのを止める。
「黙ってもいいが、その前に説明しておこう。
じゃないともう二度と言う機会もないだろうからな」
ものすごい力で握られて解くのは無理と判断して、腕を千切り逃げようとするが、腕を千切った瞬間、新しくはえた腕を軽々と握られて逃げることもできない。
「まず俺は余裕ぶってガードしなかったわけじゃない。
まだ進化したばかりでこの体に慣れてなかったからな、頑丈なのは気付いていたからガードする意識をこの体を把握するのに使っていただけだ」
ゆっくりと狂信者にしみこませるように言葉を告げていく。
「次にお前の回復力に対して考えていた。
確かにお前の加護の力による回復力は脅威だ。
だがそれは別に殺せないって訳じゃない。
ただすぐに回復してしまうから、一回では足りないってことだ」
進化前、腹を抉られ動けない状態の時から必死に考えていた。
どうすれば狂信者を倒せるのかと。
そして一つの解答を導き出した。
「最後に、進化したからお前を倒せるって思ったわけじゃない。
お前は仲間を、俺の大切な仲間達を傷つけ過ぎた。
だからお前はここで死ぬことになる」
口を大きく開いて、掴んで逃げられない狂信者の頭の半分を齧り取る。
口に入ってきたソレを咀嚼する事も無く吐き出す。
狂信者の頭はすでに戻っている。
「言ったでしょう!私は死ないっ「死ぬよ」」
死なないと言おうとした狂信者の言葉にかぶせるように、ヤードは力強く宣言する。
「お前はただ回復力があり死ににくいだ。
殺し続ければお前は死ぬ」
再び大きな口を開き、頭を齧り取る。
「一回じゃ死なないだろう」
回復した頭をまた齧り取る。
「二回でも、三回でも死なないだろう」
齧り、齧り、齧り、回復するたび、元に戻るたびに齧って殺そうとする。
「だがお前の加護は人任せの有限なものだ。
どれだけ傷つけてきたのか知らない。
どれだけ回復力が続くのか知らない。
だが、殺し続ければお前は死ぬ」
それは単純な答え。
回復するのならば、回復ができなくなるほど殺せばいい。
ヤードの言葉に狂信者の体が震えだす。
「お前はさっき言ったな。
この爪はいずれ俺の体を傷つけることができるぐらい強くなると」
言いながらも、頭を齧り殺す。
「お前の回復力が尽きる前に、強くなればいいな」
「うわぁぁっぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁぁっぁぁぁっぁぁっぁぁぁぁぁっぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
自分の頭の良さを誇っていた狂信者は、すぐにそれが叶わない事だと気付く。
気付いた瞬間、死ぬ運命しか残されていない事に恐怖して涙を流して悲鳴を上げる。
その姿は今まで彼に命乞いをしてきた者たちと同じだった。
「悪いが仲間の命が心配だからな。
どんどん殺していくぞ」
頭を齧るって殺すだけでは時間がかかる。
それでは加護のせいで傷が治らない他の仲間の命が危ない。
なのでヤードは全力で殺し続ける。
齧り殺し、縊り殺し、殴り殺し、蹴り殺し、踏み殺し、引き裂き殺し、握り殺し、絞殺し、抉り殺し、破裂殺し。
逃げられないようにしながら、素手でできることは全てをやって殺していく。
「痛い、痛い、痛い、痛い!!!」
傷を負い殺されるたびに悲鳴を上げるがそんな言葉など無視をして傷つけ殺し続けていく。
一体どれくらい傷つけ殺したのだろう。
辺りが飛び散った血と肉片で真っ赤に染まったころ、両足を引き千切った時その足が生えなくなった。
「ようやく回復力が無くなったようだな」
「あっ、あっ、あぁぁっぁっぁぁっぁっぁっぁぁっぁぁぁぁぁ」
足が生えない事で、傷口が治らず痛みが治まらない。
だが痛み以上に次に襲ってくる死の恐怖で口から声が漏れる。
「これで最後だ」
右腕を振りかぶり力を込める。
筋肉が盛り上がり鋼のような迫力を持つ腕が、無慈悲に振り落とされる。
「死ね」
「うわぁっぁぁぁっぁっぁぁっぁぁぁっぁ―――――――――」
不様な悲鳴を上げながら、狂信者の体は四散する。
狂信者ナティコス
愛の神ラブより加護【愛ある傷に感謝を】を授かる。
殺害人数3217人。
村2つ壊滅、1つを半壊に追い込む。
傷害人数約8000人。
(殺害人数狂信者の歴史に置いて歴代二位の少なさ。
その理由として、ある程度の殺害した後ダンジョンに向かったためだと考えられる)
ダンジョン『ウワバミ』において、魔狼を一匹殺害し多数の魔族を傷つけるも、オーガ亜種により撲殺される。
死後地獄において拷問の神カオウェンと、絶望の神ディスペアにより終わりの無い苦痛と絶望が与えられることになる。
最後まで読みいただきありがとうございます。
評価やブックマーク、感想など頂けると嬉しいです。
あと2話ぐらいで狂信者編は終える予定です。
そのあとは閑話と幕間が少し入ります。




